6/1 「鬼ヶ島」

 昔々あるところに、犬さんと猿さんが暮らしておりました。

 ふたりはそのとおり犬猿の仲で事あるごとに口喧嘩をしておりましたが、利害関係の一致から同じ屋根の下に住んでおりました。


 ある日犬さんは山へ桃太郎狩りに、猿さんは川へ洗濯に向かいました。

 猿さんが川で洗濯をしていますと、なにやら川の上流からどんぶらこどんぶらこと大きなものが流れてきます。なんだろうかとそれが近付いてくるのを待ってみますと、なんとそれは大きな大きな鬼でした。


「これを持って行けば、犬のやつも驚くに違いない」


 そういって猿さんは鬼を引きずって家まで帰りました。後からやって来た犬さんも、大きな鬼にたいそう驚きました。

 さて、この鬼はいったいどうしたものか。


「とりあえず割ってみよう」


 猿さんの提案に犬さんは賛同します。そしてすぐに、猿さんは鉈で鬼を半分に割りました。


 するとなんということでしょう! 鬼の中から、玉のように可愛らしい島が出てきたではありませんか! これには犬さんも猿さんも腰を抜かしました。


 それから二人はその鬼から生まれた島に「鬼ヶ島」と名付け、たいそう可愛がって育てました。

 鬼ヶ島の成長はものすごいものでした。質量保存の法則どおり、土嚢を与えれば土嚢ひとつぶん、丘を与えれば丘ひとつぶんすくすくと大きくなっていきます。


 数ヶ月も経つ頃には、鬼ヶ島は東京ドーム三つ分の体積をもつ大きな島になっておりました。


「犬さん、猿さん。巷では最近、桃からやってくるおじいさん達による略奪が横行していると聞きます。僕はそれを見過ごせません。どうか、僕をおじいさん退治に行かせてください」


 自分たちで育てた島がそんなことを言うようになったのかと、二人は感激しました。


「なら、これを装備していくといい。きっとおじいさんを退治するのに役に立つさ」


 そう言って、犬さんは鬼ヶ島に3連装46センチ砲を上下の前後左右、計24門付けてあげました。


「その大きな体じゃ、桃のところまで行くのは大変だろう。これも付けていきなさい」


 そう言って、猿さんは鬼ヶ島に反重力エンジンをこさえてあげました。今まで地面を抉って移動していた鬼ヶ島は、この時初めて宙に浮かびました。


「最後に、二人で作ったこれをあげよう。道ながらにでも食べなさいな」


 二人が笹の葉に包んで渡したのは、雉の肉団子でした。串に刺してタレを絡めて炭火で焼き上げたそれは、もう単純につくね棒でした。


「ありがとう、犬さん、猿さん」


 これで準備は万端です。

 反重力エンジンを唸らせ、鬼ヶ島は海に浮かぶ桃へと向かいました。


「おぅい、鬼ヶ島さん」


 地上からの呼び声に鬼ヶ島が見下ろすと、それは柴でした。


 ちなみに世の中には桃太郎の「しば刈り」の「しば」を「芝」だと思っている方が少なからずいますが、実際は薪に用いるための小さな雑木をさす「柴」の方なのでこの際覚えておきましょう。


「どうしましたか、柴さん」

「おじいさん退治に行くんだろう? 僕も連れて行ってよ。君の土はよく肥えてるし、君の上にいた方が僕には利があるんだ」

「なるほど、別にいいですよ」


 そうして柴が仲間に加わりました。

 それからもうしばらく空を飛んでおりますと、また別の声がしてきます。


「おーい、鬼ヶ島」

「あ、きび団子さん」


 それはきび団子さんでした。


「おじいさん退治だろ? 俺も連れて行ってよ」

「ええ、ぜひともよろしくお願いします」


 そうしてきび団子が仲間に加わります。

 それから海に出ようかというところまで飛んだところで、また別の声がしました。


「やぁやぁ、鬼ヶ島」

「あ、おばあさん」


 それはおばあさんでした。


「じじいのところへ行くんだろう? アタシも連れてってくれないかね」

「ええ、もちろん」


 おばあさんが仲間に加わりました。

 かくして鬼ヶ島、柴、きび団子、おばあさんの一行は、空を飛んで桃へと向かいました。


「あっ、あれが桃か」


 おばあさんがきび団子とつくね棒を平らげて仲間が三人になった頃、鬼ヶ島達の視界に大きな大きな桃が捉えられました。いつしか桃源郷から落ちてきたとも伝えられるその桃は、鬼ヶ島とほとんど変わらない大きさを持っていました。


「よーし、いくぞ」


 鬼ヶ島の46センチ砲の砲台が回り、その射線に桃を収めます。


「うちーーかたーーはじめ!!!」


 砲雷長に着任した柴の合図により、一方向上下、計6門の主砲が爆音と共に徹甲弾を放ちました。圧倒的質量と圧倒的運動エネルギー。武器の威力というものを単純に追い求めたとき、その二つの組み合わせに勝るものはありません。

 砲撃と同時、鬼ヶ島は回転運動を開始します。外周に向けて砲身を構えていた隣の46センチ砲が、桃を射線に捉えた瞬間に爆炎を吹きます。90度ごとに6門の大砲が砲撃し、一周する間に装填を行う――この射撃ルーティーンにより、何百発という鉄塊が桃に撃ち込まれました。


 山のように大きい桃ですが、結局はみずみずしい果実。すさまじい速度で穿たれる徹甲弾の雨に、ボロボロに砕けながら果汁をまき散らして崩壊していきます。

 おじいさん達もそれなりに戦闘準備はしていたのですが、相手が反重力エンジンを有する化け物火力の空中要塞ではその全てが無意味でした。

 一時間も経った頃には、桃の浮かんでいた大海原には散り散りに砕けた桃の果肉が浮かぶだけでした。その後鬼ヶ島は柴と共に製作したお手製のサルベージ機械によって、おじいさんが人々から奪っていた金目のものを粗方回収しました。


 かくして当初の目的を果たした鬼ヶ島でしたが、そこでとあることに気がつきました。


「僕たち、もうこの世に敵う相手がいないくらい強いんじゃないかな」

「もしかすると、そうかもしれないね」

「でもせっかくだから、もっと高みを目指したいよね」

「確かに、そういう方向性もありだよね」


 それから鬼ヶ島はおばあさんを家に帰し、柴と共に大陸へと飛び立っていきました。まずは武装を強化するための、金属資源とそれを扱える技術者の確保を目標に。


 後に天空城として人々に恐れられる存在になった鬼ヶ島は人類と世界を焼き尽くすほどの大戦を繰り広げ、その後ほとぼりが治まるまでの数百年間、大きな積乱雲の中で身を隠すことになります。


 そして伝説となった鬼ヶ島を追い求める少年と、おばあさんの子孫である少女が出会い鬼ヶ島を目指す冒険譚が始まるのですが、それはまた別の話なのでした。


 めでたしめでたし。

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