5/24 「ショタコンの休日-2」

(あらすじ)

 ショタコンと怪しげな男の目の前で、ショタ二人が攫われました。


  *  *  *


 住宅街の隙間を縫う狭い路地を、一台のハイエースが疾走する。

 時に他の車とぶつかりそうになりクラクションを鳴らされながら、誘拐犯達は十キロ程離れた場所にあるアジトへと向かっていた。目的はまぁ、おおかた身代金とかそういうのである。彼らが犯行に及ぶまでの動機はそれはもう涙無しには語れない不幸なエピソードだらけなのだが、文字数の無駄なので割愛する。


 さてさてそんな誘拐犯達の車から少し遅れて、住宅街にけたたましいエンジン音を響かせるものがあった。


「今のクラクション、あっちだよジェイ!」

「うっせぇ分かってる!」


 草薙とジェイと呼ばれた黒コートの男が、大型バイクでその後ろを追っていた。誘拐犯達は入念にルートを計画していたのに対し、二人は草薙がショタを求めるがままに隣町まで徘徊してきただけである。地理的な情報ソースの差が、その間の距離を中々縮められない要因となっていた。


「どうすんのさ! このままじゃ逃げられちゃうよ! ショタに傷を付ける悪を見逃そうってのあんたは!」


 焦る草薙。その背には、ジェイのものである楽器ケースが背負われている。

 フルフェイスの中で不安げな表情をする草薙に、ジェイは背を向けたまま、冷静に路地を駆け抜けていく。


「いや、このままでいい。もうすぐ開けたところに出るはずだ。そこで奴らを仕留める……ナギ、運転代われ!」

「えぇ!? 私原付しか運転したことないよ!?」

「大して変わらん! お前のその揺るぎねぇ愛でどうにかしろ!」


 そして、それはさながら曲芸のように。ジェイがハンドルを離し大きく横に体を反らした瞬間、草薙がハンドルを握り、腕の力でぐっと体を前に引き寄せる。ジェイは傾いた車体のバランスを取りつつ、ぐるりと草薙の後部に回った。


「あ、いけた」

「よし、そこ右だ」


 二回ほど一車線の十字路を曲がると、二人の乗ったバイクは開けた河川敷沿いの道路に出た。するとその視界のはるか向こう、二百メートルほど先を例のハイエースが走っていた。


「ナギ、百メートルまで縮めろ!」

「分かった!」


 加速するバイク。

 その後部で、ジェイは草薙の背負った楽器ケースを開けた。

 そこに入っているのは、ギターではない。

 分解されていたパーツが、走るバイクの上という悪条件下で瞬く間に組み上げられていく。十秒後には、ジェイの手にはスナイパーライフルが握られていた。


 寺門定次じもん さだつぐ――コードネーム「 J 」と呼ばれるその男の存在を、世界の裏社会で知らないものはいない。依頼された相手をどこまでも追い、仕留め、喰らう……最強の殺し屋であり、稀代の腕前を持つスナイパー。それこそが彼の正体なのだ。


「速度合わせろ、三秒でいく」

「オーケイ」

「3、2、1――」


 そして休日の河川敷に、銃声が鳴り響く――。


 どこからか聞こえてきた銃声に、傷心し川を眺めていた高橋くんは「はは、またか……」と力のない声で笑った。



  *  *  *



 警察がやって来る前に誘拐犯達を拘束し少年達を元の公園に帰した二人は、ウィニングランのようにバイクで草薙の自宅へと帰還していた。その頃には日は暮れ始め、街灯がぽつぽつと灯り出している。


「あんがと、送ってくれて。スリリングな一日だったよ」

「あぁ、全くだ」


 そう言い合う二人の表情は、過激な出来事とは対照的に晴れやかだった。草薙に関してその理由を述べれば、ショタにお礼を言われ、頼み込んで自分の頭を撫でて貰ったからである。


「で、それ結局持ってくの?」


 草薙が指差したのは、バイクの後部座席に縛り付けられる、破裂したハイエースのタイヤだった。それはジェイがバイクの上から狙撃し、百メートル先の走る車のタイヤを撃ち抜いた何よりの証拠である。


「? 当たり前だろう、思ってもない戦利品だ」

「あんたもその……大概よね」

「お前にだけは言われたくないが、今日のところは機嫌がいいから許してやろう」


 ジェイは上機嫌に笑う。そして再びヘルメットを被って、ジェイはバイクに乗って夕日の沈む向こうへ走り去っていった。

 その男の背中を、草薙は手を振って見送る。



「今夜はきっと……あのタイヤで抜くんだろうなぁ」



 コードネーム「J」・寺門定次。

 自分の狙撃した相手でしか興奮しないかわりに狙撃したものであれば人だろうが無機物だろうが構わない男のオカズが、今日一つ増えたのだった。




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