第138話
「『鳥』は副隊長が王妃派です。それから上級騎士の殆ども。はっきりと王妃派と解るのは、隊の中でもおよそ半分でしょうか」
「『風』は知っての通り、王妃派のアールヴァリンの隊だ。恐らく殆どが王妃派。『月』は一割程度は王妃派だな。『花』は七割が王妃派……もとい、王妃派の副隊長派だと、ソルは嘆いていた」
二人が話し始めた隊の内情は、アルギンが思っていたよりも悪いものだった。
ざっと計算しても半分以上が王妃派。長いことあまり加減の宜しくなかった国王より、求心力もあり実務をこなしていた王妃派が増えるのも無理のない話だ。
「ですが、もしダーリャ様がこちらに付いてくださるなら、ダーリャ様を知る面々はもしかしたらこちらに付くかも知れません」
「このような老骨に、そんな大それたことは出来ませんよ」
と、言いつつ満更でもない様子のダーリャ。『騎士の良心』『皆のおじちゃん』と言われていた昔を思い出して、アルギンの口が緩む。自隊の者のみならず、他隊の者からも慕われた彼は、アルギンの代でも語り草になっていた。……次の代の隊長が、人との関わりを殆ど持たない男だったから余計に。
ダーリャの立ち位置をはっきりさせることで、こちら側、それが無理でも中立になるものはいるかも知れない。それを願うしかない今の状況は、アルギンを含む城の内情を知る者達の頭を抱えるもの。
「……それでなくても、向こうにはプロフェス・ヒュムネがいるんだろ? 奴隷から解放したりして、保護してるとかってヤツ」
「そう、ですね」
「そいつらって、今何してんのさ」
「それが、私達にも解らないのだ」
フュンフの苦々しげな呟きは、アルギンにとって意外なものだった。
プロフェス・ヒュムネの保護数は、アルギンの知っている限りそんなに多くない。奴隷として出回り、アルセン国内に入って来たものはそれなりの数保護している筈だが、確かにアルギンも市民として暮らし始めてから、裏ギルドとしての依頼以外ではプロフェス・ヒュムネの事なんて殆ど聞かない。いつぞやのアルカネットの妹の件は、滅多に聞かない野良プロフェス・ヒュムネだ。
「……騎士様も知らないって、どういうこと」
「プロフェス・ヒュムネは、保護が決定した者の居住区は王家しか知らない場所。……それは私にも知らされていないんですよ」
カリオンが口にした言葉に、アルギンの血の気が更に引いていく。
「……それって、なにか? もしかして、プロフェス・ヒュムネの保護区域って、カリオンも知らないの? え? フュンフも?」
「知らんな」
「ナニソレ!!!」
アルギンが絶叫した。テーブルを平手で叩いて立ち上がる、その瞬間テーブルの上のカップが大きく揺れた。
「……人数は?」
「解らん」
「何で解んないの!! 情報共有は基本だろ!? これじゃ勝算とかそんな話出来なくない!!?」
「共有はなるべく最小に努めろ、とのお達しだった。それ故、暁とて人形にプロフェス・ヒュムネの情報だけは登録しなかった。見るだけで種族が解る人形だ、不自然だと思っていたが、まさかこんな事態になるとはな」
「………。そーかい」
言われて見れば、確かに。アルギンが腑に落ちたようで、しかしそれさえ不愉快な様子で吐き捨てて座る。
国を挙げての保護を優先しているのに、一番便利な道具(と言ったら暁は怒るが)に、その種族の情報を与えない。『簡単に見つかったら困る』のだ。だから必ず、保護は王家を通す。そして、保護した先の居住区は王家以外には解らないようにする。……手間は掛かるが、今の国はそうやってプロフェス・ヒュムネを保護してきた。
アルギンはぼんやり暁の姿を思い浮かべていた。あの腹黒狐男はアルギンの無気力をいいことに、このギルドさえも欺いていたようだ。勿論、そうだとは知っていた。しかし、こうしてその『隠していた事』が明るみになると、彼への怒りを抑えることは難しい。
「……本当にあの時、奴の足先からすりおろしてやれば良かったなぁ」
狐に化かされる、とはどこの国のおとぎ話だったろうか。そんな事を考えながらアルギンが自分のカップに残っている茶を口に含む。今現在の情報からでは、こちらに勝ち目なんて全く見えない。
「……因みに、それぞれ把握しているプロフェス・ヒュムネの数は?」
「把握? 私が把握しているのは十数名だな。王妃の妹君も含むが」
「私の方は……、……五十名程度ですか」
「五十!?」
「かつてファルミアで戦ったプロフェス・ヒュムネ三十名、その半数以上は我が軍門に下りました。どういう方法を取ったか解りませんが、王妃は彼らを帝国の手から―――」
「……ファルミア、……。」
アルギンの表情が途端に苦々しいものになる。アルギンの中で、その町の名前自体がトラウマになっているようなものだ。最愛の人を喪った場所。
あの時の記憶を探り出す。もう思い出したくない、けれど、思い出さないといけない。
「……あの時、ダークエルフと獣人は、奴隷として魔法具を付けられていたな」
「ええ。結果的に、その魔法具を付けられたものはほぼ全員が死亡している筈です」
「……それなのに、プロフェス・ヒュムネの方は半数生きてるんだ?」
途端、それまで話していたカリオンが無言になる。それはまるで、アルギンがこれから問い掛けようとした言葉に対する答えのようだった。
ああ、やっぱりね。アルギンが声に出さず、肩を竦めた。
「魔法具は、プロフェス・ヒュムネには付けられていなかったんだね?」
「………。私が確認したわけでは無いですが、恐らくは」
「それなのに、暴走状態になってアルセンと敵対してきた。……答えは一つしかないね。知ってたんだ、そいつら。アルセンが女王を殺した国だって」
フュンフの顔が強張った。暴走状態、と聞いてアクエリアも眉を顰める。
「……あの時のプロフェス・ヒュムネは、アルセン憎しで動いていた。でも、王妃が……プロフェス・ヒュムネが、それを纏めて国に迎え入れた。それから何年も経って、今アルセンはこの状態だ。陛下も崩御されたと言うのに、王妃達は大規模粛清とやらを考えている。……それをして、今更どうする?」
それは誰に対してでもない、アルギンの呟き。
それに応えたのは、ダーリャだった。
「まるで『方舟』のようですな」
「方舟?」
「アルギンへ十番街に来るように言った事といい、二番街から粛清している状況といい。選りすぐりを王家の手元に置き安全を確立させ、残り全てを粛清―――。そして生き残った者達で、新しい国を作る。そういう神話の一節があるのですよ。その時に使われたのが方舟、という訳ですな」
神話を掻い摘んで説明するダーリャ。フュンフがちらりとスカイを見ると、スカイはその視線に気付いて頷いた。これは孤児院でも教えている内容だ。スカイの頭の中に入っている様子なので、フュンフは教育者然とした顔で頷く。
「さしずめ、『アルセンの方舟』とでも言いましょうか」
「………笑えませんね」
ダーリャは髭を撫でながら、現在の状況をそう評した。フュンフは神話を知っているからこそ、視線を逸らしながら呟いた。
フュンフのその様子から、アルギンは神話の内容が只事でないものだと察した。そして、それに準えられる今の状況も。
「新しい国を作るって……、それこそ、ファルビィティスの再興、みたいな」
アルギンは自分で言って、その言葉がさしずめ的外れでも無いと気付く。
そう願っているのだ。プロフェス・ヒュムネ達は。アルセンに滅ぼされた国を、もう一度、と。
ミュゼが言っていた。『一番街の者たちを『養分』に、遠い昔に滅んだ国の再興を目論んでいる』。
「……アルセンをそのままファルビィティスにしようってか……」
その呟きに言葉を返す者はいなかった。そして、これ以上『もしかして』の話をする者もいなかった。
これは予想の話だ。しかし、それを笑い話にする者もいない。今ここにいる誰もが、そんな最悪な状況を考えている。
全員の表情が固い事に気付いた。アルギンは、両手をパンパンと打ち付けて、全員の気を逸らす。
「……話が逸れた、うん。それで、皆。もしもの時を考えたい」
「もしも、って」
「目下、本当に王家がこの事をそのまんま考えてたら、間違いなくヤバい訳だ。十番街に来いってお誘いは蹴った訳だしな。だから、本当は国捨ててでも逃げなきゃいけない訳だけど」
アルギンが、順にギルドメンバーの顔を見る。
「アルカネット。お前さんは、もしもの時城下の混乱に備えろ。さっきアタシらが言った事、絶対にどこにも漏らすな。でもそれを念頭に置いて行動しろ」
「……当たり前だろ」
「ミュゼ。お前さんとこの孤児院は四番街に近いな。四番街の様子がおかしくなったら、子供とシスター達連れて酒場に逃げて来い。酒場の椅子とテーブル全部寄せて、避難所にしよう」
「そんな事していいのか? ……いや、有難い話だけどさ」
「ジャス、イル。お前さん達は―――」
そこまで言って、アルギンの声が出なくなった。本当に出ない訳ではない。ただ、その瞬間だけ、喉が押し潰されたようになってしまった。
逃げろ、と。本当はそう言いたかった。この国を、城下を、酒場を、アルギンを、捨てて。二人が、非力だから。
でも、それを言ったら、またユイルアルトは怒るだろう。ジャスミンは悲しむだろう。今度こそ、二人に用無しだと言っているようなものになる。二人が自らの非力を解っているから。
だから、アルギンは声が出せなくなった。……一旦アルカネットの方に視線を向ける。
「アルカネット。お前さんたちの所に、医者は入り用じゃないか」
「医者? ……そりゃ、医者の手は有った方がいいが」
「ジャス、イル、お前さんたちは、もしもの時があったらクプラ連れて自警団の所に行け。何かあっても、アルカネットがいるなら安心だ」
「え……」
「そ、それは良いですけど」
「頼んだぞ」
微笑むアルギンの顔に、二人が承諾する。二人はその笑顔に、アルギンが本当に言いたかったことを感じ取ってしまった。けれど、それを言わずに別の提案をするアルギンに、感謝の意が浮かぶ。
次に視線を向けたのは、アクエリアにだった。最後に回された意味をうっすらと感じるアクエリア。
「アクエリア、……お前さんは、どうする?」
「………どうする、とは?」
「アタシに付いて来て、くれる?」
それはアルギンの中でも、今一番大事な質問だった。
これまで、アクエリアがアルギンを支えてくれた。それは愛でもなく、ただの友情でもない。死ぬほど辛くて押し潰されそうだった時は、アクエリアがそっと支え続けてくれた。
アクエリアがいない世界では、アルギンはどうなっていたか解らない。彼には、彼の目的があった筈なのに、それを横に置いてでも近くにいてくれた。それは、育ての親である死んだ兄に抱いていた感情に近いもの。
アクエリアの出方次第で、アルギンの選択は変わる。『付いて来ない』なんて言われたら、どうしようか。
「……乗りかかった船、でしょう。方舟だけに」
不敵に笑ったアクエリアは、なんてことないように答えた。渾身のジョークも混ざっていたが、それには誰も反応しない。
アルギンは、その返答を受けて安心したように微笑んだ。
「良かった」
ただ安心した。
アクエリアはジョークが滑った事にも、アルギンがそんな反応した事にも、その両方に戸惑って口を閉ざす。
「陛下も崩御されたし、もう猶予はあまりないと思う。……一週間以内には行動したいところだけど、どう?」
「三日も待っていたら、何が起こるか解らぬぞ」
「マジ? ……うーん、じゃあ……どうすっかなぁ……」
再びアルギンが頭を抱える。フュンフの言葉は時期を急かすものだ。確かに、猶予が無いと言ったのはアルギンの口なのだが。
髪を弄びながら考えるアルギン。……唸りながら考えていると、その声に合わさるように誰かの唸り声が聞こえた。誰かが茶化しているのか、と思いながら顔を上げる。
「……クプラ?」
その唸り声は、クプラからだった。
腹を押さえて、痛みを逃がす様に唸っている。その様子に気付いた医者二人が側まで駆け寄った。
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