第131話


 五番街はアルセン城下で一番人の出入りが激しい場所でもある。それは城下をぐるりと覆う、外界との出入りを拒む壁があるからだ。数か所だけ設けられた外界とを繋ぐ門は、五番街と七番街、九番街にある。しかし余所からアルセンの城下に踏み入れる者は、殆どが五番街を目指すという。

 それは、冒険者ギルドが五番街にあるからだ。七番街は澄んだ水と綺麗な景観で、観光客がよく来る。九番街の門は殆ど貴族用で、一般の者は専用の通行証が必要になる。

 今日も冒険者ギルドは混雑していた。


「はい、アルギン様、ですね。まずはご希望をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「口が固くて腕っぷしにそこそこの覚えがあって、意思疎通が出来れば性別種族問わない。あ、前科無しなら更に良い」


 太陽も上り切ったその時間、混雑を掻い潜って、アルギンは専用の相談窓口で仕事の相談をしていた。それは受注側でなく依頼側で。カウンターを少し奥に行った所で対応してくれた係の男性は、アルギンの顔を見るなり珍しいものを見たような顔をしてきた。仕事を頼みたい、と言ったら更に驚かれた。何を驚くことがある、と憮然としたアルギンだったが、今の今までどんな面倒事があっても自分達で何とかしてきたことを思い出す。一番最近の事件としてはスカイを狙った襲撃事件か。

 簡単に希望を並べると、係の者はそれを紙に書きつけていく。そういえばこの男にはアルギンも見覚えがある。月に何回か、テーブル席で恋人らしい人物と酒を楽しんでいた。名前までは知らない。


「それで、依頼内容は……」

「……そうだな、『酒場の用心棒』って事にしといてくれ」


 『って事に』。『しといてくれ』。

 係の男性は笑顔のまま固まった。何か裏を感じさせるような言葉に、第六感で胡散臭さを感じたらしい。探りを入れるような視線で、ペンを置いた彼は恐る恐る尋ねた。


「……何か、酒場に問題が発生したのですか」

「問題ってか……なぁ」


 あまり込み入った話はしたくない。けれど情報が詳細でない依頼は受けられないという事も解る。アルギンはその二つを頭の中で天秤に掛けた。


「……酒場、貸し部屋もしてるって知ってるか」

「ええ、存じています。……しかし、貸し部屋を名乗ってる割には酔客には貸さないとか?」

「泊まりだけは基本遠慮してもらってる。毎日掃除してたんじゃ人手も足りてないしな、うちは月契約だよ。……んで、そこに、こないだから臨月の妊婦がいてな」

「妊婦」

「ほれ、最近は治安も悪いし、うちには非力な医者が二人もいるだろう。店は暫く閉めるがよ、何かあってからじゃ遅いだろ」

「……それで、用心棒を? そんな。アルギン様のお店を襲うような奴なんていませんよ」

「いなくても、だ。もしアタシや誰かがいない状態で妊婦が産気づいたらどうなる。貸し部屋の奴等は自警団や医者だ、出払ってる時の方が多いんだぞ」

「……留守番係も兼ねてるって訳、ですか」

「基本は住み込みで頼みたい。アタシがいる時なら短時間の外出だって認めるし、長期って訳じゃない。ずっと酒場にいろって訳でも無いし、有料だがメシも出す。」


 係の者が頭を掻いた。留守番係にするにしては、冒険者は割高だ。確かに用心棒として雇うケースは増えている。しかしアルギンが報酬として提示した金額は、これまで他の依頼に出された報酬金額よりも頭一つ分飛びぬけて多かった。


「……この金額でその内容じゃ、受注希望が殺到しますよ」

「アタシの望みはさっき言った通りだ。ある程度こっちで足切りしてくんねぇ?」

「そんな、無茶な!! 何か他に無いんですか、条件。これじゃピンからキリまで押し寄せますよ」

「んー………。」


 言われて頭を悩ませる。冒険者ギルドこれまで殆ど縁がなかったので、こういう時どういう依頼を出せば良いのか解らなくなる。勝手の解るジャスミンでも連れてきた方が良かっただろうか。彼女は普通の薬剤師に擬態するため、ギルドの調薬依頼を定期的に受けていたりする。……これは王妃の言い出した医師免許化により、今ではジャスミンたち正規医師の仕事になっていたりもするが。

 条件。条件。曲者揃いのあの酒場で、意思疎通さえ出来ればそれでいいとも思っていたが。


「………んじゃ、こういうのはどうだ」


 ふと思いついた項目を係の者に投げる。彼は目を丸くしたが、それも必要事項だろうと納得して条件に書きつける。一通りの依頼書が出来上がり、アルギンはひと心地付いた様子で冒険者ギルドを出て行く。もし合わなそうな奴が来たって、契約解除してまた別の奴を雇いなおせばいい。アルギンはその時、そんな風にしか思ってなかった。

 最初から満点の奴が来るなんて思っていない。冒険者ギルドを初めて使ったアルギンはそう高を括った。




 ギルドに依頼を出して一日が経った。昨日は特に来客も無く、スカイも二度目の酒場暮らしにすんなりと順応した。

 アルカネットから聞く三番街と四番街の様子は変わりなく、しかし植物の勢いがずいぶん減ったらしい。冒険者や自警団がそれぞれ刈りまわっているからかも知れないが、新たに芽を出した件数は減った、と。

 それを聞いている今は、昨日冒険者ギルドに行った時間と同じ正午だった。


「そう、これは良い兆候なのかね?」


 クプラは自室で休んでいるが、それ以外のメンバーは一階に揃っている。アルギンもミュゼも遠慮なく煙草を吸いながらアルカネットの話を聞いていた。連日夜勤続きで疲れている表情が丸わかりだ。

 スカイの表情は暗い。ギルドメンバーから今の街の混乱がプロフェス・ヒュムネの仕業かも知れないと聞いているからだ。その隣に座る保護者のアクエリアは、そんなスカイを心配そうに見ている。

 医者二人はいつもの席に座って、アルカネットの報告に耳を傾けていた。


「良い兆候かどうかは知らんが、久し振りに八百屋が開いてたぞ」

「マジ!? しまった、出遅れた。後から見に行ってみる」


 食料品の備蓄はまだそこそこあるが、店の物をかなり使い込んだ今の酒場は開店するには心許ない。葉物野菜や生肉はガンガン使ってしまって、心なしかギルドメンバーの肌艶が前より良くなった気がする。

 アルギンが煙草を消した。躙られて消された先から紫煙の終わりが見える。灰皿に吸殻を残して。


「んじゃ、今日も進展なしって事でいいのかねぇ。フュンフん所が良い情報持ってきてくれればいいが」

「フュンフさん、今日来るんですか?」

「知らん。何かあれば誰か来るだろ」


 簡潔な、それでいて適当な返事。アルギンとあの騎士達の間には約束も取り決めも無い。それは普通であれば頼りなく思うかもしれない。けれど、ギルドメンバーの全員はそれがアルギンの常だと知っていた。状況次第で柔軟に変化し対応する、それはアルギンの長所だ。……変化と対応を指示されるのはギルドメンバーなのだが。


「ま、来るとしても夜だろうし、それまでゆっくりするか。八百屋開いてんなら突撃するぞ、外行きたい奴付いてこい」

「はーい」

「はーい」


 ミュゼが煙草を消して挙手する。それに続いてジャスミンも手を挙げた。女性三人はもう外に出る気満々だ。三人は防寒具や財布を取りに、一斉に散開する。

 残されたアクエリアやスカイ、アルカネット、ユイルアルトは話し合いが終わってもまだ椅子に座っていた。急いで動く理由が無いからかも知れない。


「……先生、来てくれますかねぇ」


 呟いたのはスカイの声変わり中の掠れた声。栄養状態の向上で一気に成長を始める体は本人にダメージを与えているらしく、喋るたびに顔を顰めている。健全な成長の仕方ではない。しかし成長する事自体は喜ばしいものでもある。


「来るときは来るでしょうし、来ない時は来ませんよ。こちらで気を揉んでたって仕方ない。……さ、スカイ。部屋に戻りましょうか」

「はい……。」


 スカイにそう言うと、アクエリアは席を立つ。スカイに笑顔でひらりとユイルアルトが手を振り、それに笑顔で返すスカイ。二人は階段を昇っていった。

 平穏な時間だった。その時、アルカネットがノックの音に気付くまで。


「……ん?」


 誰だ、と思った。再びノックの音がする。それは酒場外からの音だった。

 ユイルアルトも気付いたようで、アルカネットを見ている。疲れと寝不足から来る幻聴では無いらしい。どうする、と指示を仰ぎたくても、アルギンは部屋に戻ってしまっている。

 まさかこんな時間に荒事起こしに来た訳じゃ無いだろう。そう考えたアルカネットが扉まで足を進める。


「誰だ」


 開ける前に先に問う。扉の向こうのその誰かは、間を開けて答えた。


「冒険者ギルドからの紹介で参りました。アルギン様はいらっしゃいますか?」


 冒険者ギルド、と聞いてしまえば開けない訳にはいかない。アルギンが昨日出向いて依頼を出したのを知っているからだ。

 アルカネットが閂を外して扉を開ける。扉の向こうにいた人物は、扉の向こうで行儀よく直立したまま動かなかった。


「アルギンは今外している。入って待っていてくれ」

「ありがとうございます」


 そう畏まって頭を下げるその人物は、アルカネットが想像していた依頼受注者とは違っていた。

 用心棒と聞けば、まだ血気盛んな男が来るものではないかと想像していたのだ。しかし、アルカネットの前を通り過ぎて酒場に入るその人物は、初老と思わしきヒューマンのようだった。

 金髪を撫で付け、髪の色と同じ髭を蓄えている。服装はどこかしらのオーダーメイドで仕立てたような、上下揃いの質の良い服だ。身長は、高い部類に入るアルカネットと同じくらい。


「待ってれば、来ると思う」


 アルカネットは眠さが限界に近付いていた。何とか明日は休みを勝ち取れたが、またいつ呼び出しが来るかも解らない。その初老の人物を視線だけでユイルアルトに任せると、アルカネットは階段を昇っていく。


「えええええええええええええええ!!!?」


 階段を途中まで上ったところで、背中にアルギンの絶叫が届いた。しかしアルカネットにはもう振り返る余裕すらない。


「お知合いですか、アルギン?」


 ユイルアルトの声がする。


「知り合いもなにも! 先々代の『月』隊長だよ!!」


 つき。つきってなんだ。たべられるのか。

 アルカネットの思考が歩きながら微睡みに落ちていく。なんとか部屋まで辿り着き、ベッドに体を横たえた所で、アルカネットの意識は深みに沈んでいった。


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