第125話

「……じゃあ、俺から話すぞ」


 十という人数が集まった酒場内で、アルカネットが緊張しながらも立ち上がり、最初に話し始めた。

 全員がアルカネットを見る。これまでも大人数の前で発言することはあるにはあったが、国の騎士隊長三人から見られての発言は今までしたことがない。三人が本人達無意識の圧が感じ取れるのも、緊張の原因となっている。


「俺が見て来た訳じゃない話も、含まれてる。深く突っ込まれても答えられない部分がある事を、先に了承願おう」

「構わぬ。こちらが収集した情報と差異が無いか確認したいだけだ。早く始めて貰おうか」

「………解ってる」


 フュンフは意識的にアルカネットに圧を掛けている。それが不愉快でアルカネットは眉を寄せた。


「まず、昨日の地震だな」


 アルカネットの声は低く、しかし聞き取りやすい声だった。全員の顔を見渡しながら堂々と話し始めるその姿は、普段の仕事風景を思わせる程度には凛々しかった。元から不細工ではない顔をしているから、それだけで落ちる女性がいるかもしれない。


「皆も知っている通り、夜に起きた地震は街の混乱を招いてる。震源地は二番街、落盤を起こして街は沈んだ。噂が独り歩きして、他の街まで同じように沈むとか言われ始めている。食料品、日用品の類は買い占めが起きていて売るものが無くなった店が早々に閉めた。冒険者ギルドには冒険者達が殺到して、今の状況と次々舞い込む護衛や討伐の依頼でバタバタしている」

「討伐依頼?」

「それが……、三番街と四番街に、謎の植物が生え始めているらしい。それも、急に成長するし、人も襲うものだ」


 カリオンの問い掛けに答えたアルカネットの顔は浮かない。自分で見て来た植物であるから、その凶悪さも解っていた。しかし、それをどう説明したものか考えあぐねている顔で。

 医者二人は互いに顔を見合わせた。二人も見て、記憶にあるものだ。あれの存在は、なかなか忘れられそうにない。ジャスミンの手と腕に、未だ完全には癒えていない傷を残しているように。


「今の所、切り離したらすぐに萎れて動かなくなる……というのが報告に上がっている。急に生えて来たそれらのせいで、そこいらの住民が怯えている。今は緊急事態だから、冒険者と自警団が連携を取って見回りをしているな」

「草むしりっすか。小遣い稼ぎ程度の仕事っすねー」

「……それ、実物見ても同じことが言えるのか」


 ソルビットの揶揄するような口調に、アルカネットが不快を前面に出して反論する。ソルビットも実物を見ているから、実際からかう為に言ったようなものだ。ソルビットは意地の悪い笑みを浮かべている。


「実物見ても見なくても一緒っすよ、自警団の仕事って平和っすねぇ。すぐに死にゃしない市民の為に毎日毎日あくせく草むしってりゃいいんっすから」

「騎士様の言う台詞にしては品も矜持も無いな。市民の為に存在してないってのがありありと解る」

「ソルビット」


 最初にソルビットが口を挟んでの二人が剣呑なやり取りが崩れたのは、アルギンが名前を呼んだから。

 ただそれだけで、ソルビットは姿勢を正してアルギンに向き直る。


「あまり、アタシの弟にちょっかい出すな。……口も挟むな、お前さんの悪い癖だ」

「……はぁい」


 それを聞いたフュンフとカリオンが『いったいどの口が言っているのか』と驚き目を瞠った。二人とも騎士隊長時代のアルギンを知っているだけに、話の腰を折るわ要らない茶々は入れるわの姿を思い出して内心ツッコミを入れているものの、実際ツッコミを入れるとそれもまた話を中断させることになるので何も言わなかった。

 フュンフが若干睨むようにアルギンを見るが、当のアルギンはそんな視線を受けて憮然としていた。自分は悪くない、とでも言いたいようだった。


「……話を戻すぞ。それから今日、いつからかは解らんが二番街跡に溶岩が噴き出してきている」


 その言葉に、騎士の四人は表情を強張らせる。

 アクエリアは自然な様子で目を逸らした。


「だからか、三番街から避難者が殺到した。四番街の人間も逃げ出し始めたな。そのせいで、集会所や教会に人が溢れ始めてる。普段神を信じない割に、いざ自分が危険になると何かに縋り始めるのは生き物の悪い癖だな。……俺が今報告するのはこのくらいか」


 その言葉には今度はアルギンが目を逸らした。心当りは痛いほどある。

 アルカネットが締めの言葉と共に椅子に座った。少し間が空いたが、誰も発言しないのを確認してから口を開いたのはカリオンだった。


「………、では次は、こちらの話をしましょうか」


 カリオンが、テーブルの下で長い足を組みなおす。少し強張った顔で、全員の顔を見渡した。

 それは指揮官という地位に短くない期間存在する男の顔。普段は人に圧をかけないよう柔らかな表情を浮かべている彼が、今は騎士隊長の表情でそこに在る。

 

「二番街の落盤、三番街と四番街の植物については、城に報告が上がってきている。王家としては『現状の確認』、『混乱の抑制』を重点的に行え、という話だ。植物については自警団やギルドに任せて構わない、状況確認が優先順位第一位、……と」

「状況確認だぁ?」


 アルギンが苦々しげに呟いた。王家がのらりくらり対応を躱そうとしているようにしか聞こえない。実際そうなのだろう。それを解っているからこそ、アルギンはそれ以上追及するようなことを言わなかった。

 カリオンはまるで自分が責められているような表情で続きを言う。普段と口調を変えるのも、その地位に見合った威厳を付ける為なのかも知れない。


「……騎士としては、市民の混乱を抑えたい所ではある。しかし、王家からは何も命令が出ていない。今は八番街と九番街に城の関係者の家族が多く移り住んで来ていて、そちらに混乱が及ばないように努めろ、と」

「七番街以下は見捨てられましたか」


 今度口を開いたのはアクエリアだった。カリオンの言葉から予想できるそれを言った瞬間、騎士の四人が顔を僅か下に向けた。それが答えのようなものだった。アルギンは盛大に溜息を吐き、アルカネットは苦々しげに四人を睨む。ユイルアルトとジャスミンは不安げな顔のまま互いに顔を見合わせ、ミュゼは頬杖をついてそこにいる全員を面倒くさそうに見る。


「………で、どうすんのさ」


 ミュゼが口を開いた。


「アルギン。どうする? 皆で逃げる? どっか住みやすそうな国にでも逃げちゃう? 今なら間に合うかもよ」

「……逃げるったって」


 一体どこへ。

 小さな呟きは、誰かの耳に届いただろうか。

 アルギンは、この国以外で暮らしたことがない。ハーフエルフという種は他国では迫害対象になっていると聞く。酒場を経営して、一時期は騎士でもあって、しっかりとこの国に根付いてしまったアルギンは、今更何処へ行けるというのか。―――愛する人の首を残して。

 この国を愛しているか、と聞かれても、アルギンにとっては『特には』と答えるしかない。しかし、そこに住む人達は気に入っていた。それだけで。


「ただ、王妃は酷く狼狽えていることがある」


 カリオンが前置きをしてから口を開いた。


「二番街に噴き出した溶岩。……あれには驚いていた」

「溶岩………」


 アクエリアがその単語を反芻する。そんな彼を横目で見るアルギンの視線は、ちょっとだけ冷たい。


「この国に火山と言ったら数えるくらいしかなく、城下にはないはずだったものだ。あれが地下より噴き出したものであるなら、計画を変更せねばならない、と。……そう言っていた」

「………。」


 アルギンが横目でちょいちょい、とアクエリアを手招きする。嫌そうな顔をしながらも、アクエリアはその傍に寄った。


「な、アクエリア。お前さんのあの魔法って、使える奴どれくらいいんの」

「契約した精霊次第ですが、兄は使えましたよ」

「マジで?」

「他にダークエルフを殆ど知りませんからね、俺は」


 アルギンの記憶の中のダークエルフは、育ての親のエイスであり、ここにいるアクエリアであり、戦争の時に無理矢理戦場に出されていた奴隷ダークエルフだ。しかし、記憶にある戦場で出会ったダークエルフはそんな魔法を使ってきた記憶がない。もしかすると、他の隊が交戦したものの中には居たかも知れないが。

 二人が話している姿を、他の全員が見ている。それに気付いたアルギンは、バツの悪い顔でアクエリアを席に戻らせた。


「……その、計画ってどういう意味だ」


 全員の視線に晒されて少し困り顔のアルギンだったが、話自体は聞けている。その質問に答えたのも、やはりカリオンだった。


「そこまでは、聞かされていない。フュンフから話を聞いたが、舞踏会の直後にアルギン達は二番街に行ったそうだな?」

「………ああ」

「そこで巨大な蔦のような植物を見た、と」

「そうだ」

「それが本当にプロフェス・ヒュムネならば、王家は落盤と関係しているかもしれない。……まだ予想の範囲を超えない話で、落盤させるにしてもどうやったのか解らない話だが、これが王家による『大粛清』ならば、もう時間は無い」

「解ってるよ。陛下が崩御されるまでだろ? まだもう少し陛下も保ってくれれば―――」

「いや」


 カリオンの瞳が伏せられる。


「陛下は、崩御された」

「―――え、?」

「昨日の夜だ。……長い間患っていらっしゃったが、漸く楽になれたようだ。発表は、明日行う。それに伴い、次期国王の即位は国葬が終わった後に行う事になっている」

「ちょ、……待って、昨日の夜って、アタシ、陛下に」


 会った。

 だから、まだ大丈夫だろうと思った。

 アルギンの言葉は声になって出てこない。

 それが嘘でない事は、騎士四人の顔を見れば解る。そんな顔でこんな嘘を吐くなんて、この四人には有り得ない事だった。


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