第85話
酷い夢を見た。
今までの事が殆ど夢に出て来た。
これが噂に聞く走馬灯かと思ったぐらいだ。
アルギンは朝起きて、憂鬱な顔を隠さず酒場のホールに出て来た。
もうマゼンタが掃除に来ている。スカイの件で荒れた酒場は昨日も開店していないと言うのに、丹念に床をモップ掛けしてくれていて、有難いと同時少し寝過ごしてしまった自分に嫌悪。
「おはようございます、マスター」
変わらないマゼンタの挨拶。
「おはよ、マゼンタ」
今日も変わらない一日が始まる。
「あー!! ままだー!!!」
「ままー!!」
今日は時間が出来たので、孤児院に足を運んだ。
施設内に入ると、ウィスタリアとコバルトがアルギンの姿を見付けて駆け寄ってくれる。
「ウィリア、バルト! 逢いたかったよー!!」
夢に見てしまった嫌な過去を振り払うように、駆け寄ってくれる二人を抱き締めた。
二人は「えへへ」と言いながらされるがままになっている。
「まま、今日はどうしたの?」
「あいにきてくれて嬉しいな!」
「二人に逢いに来たくて来ちゃった。どう、楽しい?」
「たのしいよ! きょうもいっぱい遊んだよ!!」
「きのうね、りんごをたくさん食べたの!」
「そーかそーか。いっぱい遊んでたくさん食べて、嬉しい事がいっぱいだねぇ」
二人がそれぞれ話す内容を、うんうんと笑顔で聞くアルギン。
暫く双子と話して、それから施設長の所に行った。今日はこっちにいるらしく、扉を乱雑にノックしたら不機嫌そうな声が返って来た。
扉の向こうには、声と同じくらい不機嫌そうな男の顔。
「フュンフ」
「……また来たのか」
「そう邪険にすんじゃねぇよ。……スカイの様子を聞きに来た」
「変わらぬよ。いつも通りだ」
「そうかい」
フュンフとの仲は良いとは言えない。けれど、悪い訳でもない。
顔を合わせれば近況を話し合えるくらいには、関係は保たれ続けていた。
「なんかさー。今日、あの人の夢を見ちゃったんだよね」
「………先代の話か。全く、いつまで経っても春色だな」
「いいだろー。アタシ達常春で羨ましいだろ? ん? ん?」
「『達』かは知らないがな。全く、少し落ち着いて来たかと思えばまた先代の話とは」
「ちゃんと用事は有って来たぜ。スカイの経過を聞くのも仕事の内だ」
「スカイなら」
フュンフが棚から何か紙の束を出した。それを応接用のテーブルに置く。
「昨日のテストだ。この通り」
「なになに……おおう、テスト満点」
「学力も年相応に追いつこうと努力はしているようだ。このまま行けば、こちらも安心して送り出せる。……送り出した先に不安があるが」
「いやー、スカイって優秀。……因みに、ウィリアとバルトは?」
「字の読み書きの練習中だ。コバルトは落ち着きがない、ウィリアは内気過ぎる。どうしてこうも極端なのかね」
「さーてなぁ。そんな二人も可愛いって思わない?」
「親馬鹿め」
ニコニコのアルギンを放って、フュンフは自分の仕事であるらしい書類を執務机に並べた。
アルギンはそれを眺めつつ、出て行く素振りを見せない。ソファにどっかりと座って、フュンフが仕事に取り掛かる様子を眺めている。
「……マスター・アルギン。ご覧の通り私も忙しい身だ」
「知ってる。お構いなく」
「…………。」
まだ何か言おうとしたフュンフだが、もう構わないことにした。
アルギンは自分の気が済むまでそこにいた。互いに何か話すでもなく、ただ無言で。
酷い夢を見た。
多分魘されもした。
嫌だったのは、それが夢に現れた『現実』だったから。
良い事も沢山あった。
でも別れは悲しすぎた。
それでもアルギンにとって、双子を産んだことは決して後悔できない幸せな事だった。
アルギンは酒場に帰る。
今の居場所はそこだけになってしまったから。
扉を開くと、ギルドメンバー達は起きてきていて、それぞれ食事を摂っていた。今日は非番らしいアルカネットやミュゼ、暁の姿もある。
「おかえりなさい、マスター」
声を掛けてくれたのはオルキデだ。酒場に来た頃より、随分と料理が上手くなった。
「早かったですね、おかえりなさい」
次に声を掛けてくれたのはマゼンタ。年を重ねてホールに立つようになってからは、マゼンタ目当ての酒場の客が増えた。
「ん」
「おかえりなさい」
「おかえり」
アルカネットは食事をしながら軽く手を挙げる。
ユイルアルトとジャスミンの二人は、食事の手を止めてアルギンを見ていた。
「おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
「何処だと思う? 孤児院行ってた」
「………何で俺を誘わなかったんです」
アクエリアが質問を投げて来たので返事をすると、若干恨めしそうな顔で見られた。
そんなアクエリアの横を通り過ぎ、カウンターに座る。
「おかえり。何、孤児院行ったの? スカイの様子聞きに?」
「まーな、テスト満点だったそうだ。ミュゼが勉強教えてくれてただろ、ありがとな」
「おー、凄いなスカイ」
自分の指定席に座っていたミュゼは感心した様子だ。
二人が話していると、ミュゼが座っているのとは逆側のアルギンの隣に暁が座って来て、ミュゼが露骨に嫌そうな顔をする。
「おかえりなさーい、お疲れさまでしたぁ」
「別に疲れてねぇよ。……オルキデ、悪いんだけどサンドイッチくれない?」
「はい、只今」
オルキデがキッチンに入っていく。暫く待つと、作り置きのサンドイッチが運ばれてきた。
いつもと何も変わらない日常だった。
アルギンはいつもと変わらない食事の後、何も変わらない調子でコーヒーを要求する。
そのコーヒーの味も、いつもと同じだった。
今の状態を日常だと思っている、それにアルギンは恐怖した。
彼がいない生活が、これからもずっと続いていく。それに慣れつつある自分も。
この恐怖は、彼の首を取り返した時になくなるのだろうか。
アルギンには、まだ答えが出せないでいる。
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