第54話

「んでっさー、聞いてくれますー? 貴方の妹さん、それでお礼だけ言って終わったらしいっすよおー?」


 酒飲み、の、管巻き。

 奢れ奢れとしつこいソルビットに負けたアルギンは、結局今日も酒場に来ていた。明日は休みではないので、今日は早めに帰らなければいけないが。

 カウンター席に座り最初の一杯を煽るように飲んで、二杯目も半分を空にしたソルビットは絡み酒。それも、酒場のマスターであるエイスにだ。しかしアルギンには分かっている。これはソルビットの『酔っている振り』。


「確かにたいちょーは色気も無ぇし胸も無ぇ、面白い事は言えねぇし、だからって何なんすかこの十代のクソガキがやってるような御飯事は!」

「煩いもっと静かに飲めソルビット」

「あー! ほらあたしをそうやってまた無碍にする! あたしがたいちょーならあんな奴二秒でぱっくんちょっすよ!!」


 女二人のやり取りを、苦笑を浮かべて見ながらグラスを拭いているエイス。店内は丁度書き入れ時で、二人への対応は片手間だが、アルギンに対しての愚痴を言えるエイスをソルビットは逃がさなかった。

 こう見えてソルビットは誰彼構わず文句を言うような女ではなかった。ちゃんと人と場所は弁えている。弁えていて今日はこれなのだ。


「はぁーあ……。早く結婚して隊長辞めてくださいよたいちょー……。後つっかえてんすから……。なんであたしが隊長じゃないの……。なんなのこの人達……」

「言ってろ。結婚しようが何しようがアタシはまだ騎士辞めないからな」

「げぇ、結婚しても隊長格に居座る気っすか」

「分かんねぇだろ、結婚できるかも不明なんだし」


 二人の無駄話の最中、エイスは時間稼ぎの為に、二人の前に新しいグラスを置いた。そのままエイスは奥に引っ込んで、暫くしたら料理の皿を持って出てきた。配膳に手が足りなくなったらしい。

 エイスの後ろを、二十代と思われる女性がついて料理を運ぶ。遠目から見ていても不慣れな手つきのその女性は、黒髪で緑がかった色の瞳をしていた。


「……。あー、たいちょ。もしかしてあの女」

「ああ、そういやソルビットは聞いてたっけか」


 ソルビットが不躾に、その女性を指差した。


 アルセンでは、十数年前に滅んだ友好国の生き残り『プロフェス・ヒュムネ』を保護していた。それが引き金となり、その国を滅ぼした帝国と戦争状態になったのだが。

 受け入れた生き残りは王城で一時保護をすることになり、住民登録の後に仕事に従事させる―――というのが国王の考えだ。しかしプロフェス・ヒュムネは奴隷市場で高額で取引される種族。種族を公にして働くことは出来なかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、エイスが経営している酒場『J'A DORE』。事情を知っており、様々な種族が集まる酒場で働くのが最適だと王は考えたのだ。


 先日、酒場にプロフェス・ヒュムネの二人の姉妹が働き始めたとエイスから手紙が届いていた。

 昨日は夜も遅かったから、先に休ませたらしいのでアルギンも顔を見るのは初めてだった。


「はーい、マスターさーん」


 ソルビットが手を挙げて、料理の配膳を終えたエイスに声を掛ける。手にはメニュー表を持っているので、なにかしら注文するという意思を見せている。

 エイスが近くにやって来た。もう一人の女性はまた奥に引っ込んでいく。


「はいはい、お決まりでしょうか」

「ハムステーキ。あとラム酒も追加で」

「承知しました。お待ちください」


 ソルビットはメニューを持っていたものの、それを開くことなく注文を終わらせた。そして、その目はずっと新入りの女性を追っているようだった。

 そんな様子に気付いていたエイスが、ソルビットに笑って言う。


「……オルキデが気になるのかい」

「オルキデって言うの、あの女?」

「……まぁ、この店ではね。詳しい話は彼女の事を考えて、聞くのはよしてくれ」

「あたしもそんな面倒事に首突っ込む気はありませんよーん」


 わざとおどけてみせるソルビット。こんな風にしか言わないが、ソルビットは皆が思っているより職務や秘密に対して真面目なのはアルギンが良く知っている。だから、その態度を怒りながらも彼女を副隊長に任命しているのだ。

 ソルビットは新しい方のグラスを空にしながら、話を切り替えてきた。その頃にはもうエイスも自分の仕事に戻っている。


「そーいや、あと一か月しか無いけどドレスとかどーします?」

「ドレス?」

「一応『妃候補』に入っているんですから、隊服って訳にも行かないでしょうよ」

「……あー」


 そこまで考えてなかったアルギンはグラスを傾けながら目を泳がせた。

 パーティーやドレスなんてものに縁が無かった時間を生きてきて、そんなもの一着も持っていない。正直、そんなもの買う金が勿体ないとさえ思っている。


「たいちょ、持ってないんでしょ」

「……持ってない。買う気もない」

「駄目ですって! 一応たいちょーは見た目だけは良いんですから、この際用意しましょ!」

「一応ってなんだよお前はよ」


 買うのが勿体無いというのも本心だけど、買わずにいたのはもう一つ、理由があった。


「……ソルビット」

「はぁい?」

「アタシ……、ドレスとか、そういうのって、分かんないから。

 ……一緒に選んで、くれるか?」


 別に嫌いなわけじゃない。

 でも、自分とは違う世界のもののような気がして手が出せなかった。

 一緒に選んで欲しい旨を伝えると、ソルビットは何かしら呻きながらカウンターに突っ伏した。


「んおおおおおおお……。たいちょ……今の顔でどうして『月』に迫らないんっすか……」

「へ? あ、アタシなんか変な顔した?」

「アタシだってたいちょーくらいの顔してればもっと帝国の男咥え込んで骨抜いてこんな戦争止めさせるってのに……」


 アルギンは褒められているのかけなされているのか分からない微妙な気分になりながら、取り敢えずソルビットを一発殴っておくことにした。




 そして、次の日。


「………なぁに、これぇ……」


 アルギンの執務室には、布生地見本の束と三人のメイドと一人の仕立て屋。メイドは城仕えの者を引っ張って来たらしい。

 仕立て屋の顔は見たことがある。王族が新しい服を仕立てる際によく城に入っている城下一の腕前の持ち主だ。


「……既製品って訳にゃいかなかったんかい、ソルビット……?」

「ドレスに既製品ってあると思ってたんすか、たいちょ」


 布生地はその全てがとても美しく、アルギンがおいそれと触ってはいけないもののような気がした。

 次の瞬間、アルギンがメイド三人に囲まれる。


「!? うわ、ちょっと! ちょ、やめっ……どこ触って、!!」


 あれよあれよという間に下着を残して脱がされたアルギン。下着は全く色気がない白で、胸なんて膨らみを作るどころか潰して動きやすくするような機能性最優先のもの。それを見たソルビットが酷く憐れみを浮かべた表情をしていた。


「……たいちょー……。胸が平たいのは知ってたっすが……まさか脱がしても面白みがない下着だなんて……」

「下着に面白みって必要なの!?」

「……あー、下着も追加で仕立ててみましょうかね」

「宜しくっす!」

「ちょっと待て、これってそんなに酷いの!?」


 仕立て屋も薄い笑顔で下着を仕立てると言った、それがアルギンにはショックだった。

 その間にもメイドはアルギンを取り囲んで、上から下までサイズを測っていく。その手つきはアルギンから見ても鮮やかだった。

 ある程度測り終えたところで、仕立て屋は布地を持って来た。それをひとつひとつ、アルギンの肌に当てていく。


「んー……。綺麗な白い肌してますし、御髪も目立つ銀色でいらっしゃるから……大抵の色はお似合いですが、如何致しますか?」

「え、えと、その、あの」

「紫色以外でお願いしたいっす。来客の中に紫色着てきそうな王女がいるっすから、被りは避けたいっす」


 場違いな状況過ぎて思考が固まるアルギンを見かねて、ソルビットが助け舟を出す。


「でしたら……こちらの若草色か、真紅は如何でしょうか」

「あー……。若草色はあっちの王女が着てきそうっすねー。真紅いいっすね、たいちょーの肌によく映える」


 ソルビットが仕立て屋と話している最中、アルギンは布地の山を見ていた。

 それらはどれも美しく、仕立てられればそれはもう息を飲むようなドレスに変わるのだろう。その中で、アルギンは一つの布地に目を奪われてしまった。


「―――」

「真紅かぁ……うん、あたしは真紅が一番オススメっすけど、たいちょ……、たいちょー?」


 透けて見える薄手の生地に、そっと色づいた薄青。

 白とも見間違えそうな、自己主張しない青色の生地。

 そっと手を伸ばした。それが一目で気に入ってしまったが、ソルビットは苦い顔をする。


「んー……、それも綺麗っすけど、たいちょーが着るとぼやけた印象になるかもっすよ?」


 それはアルギンの色素が薄いせい。アルギンだって解っている、こんな色、平時でも選ばない。

 けれど気に入ってしまった。アルギンはその布地をそっと握る。


「いえ、差し色で濃い青色を持ってくれば、映えて大層美しくなるでしょう」

「それ、差し色が主役になったりしないっすか?」

「大丈夫ですよ、この美貌をお持ちなら」

「……結局顔っすねー」


 仕立て屋とソルビットが話し込んでいる間、アルギンはぼんやりと『月』の顔を思い浮かべていた。

 彼はどんな服を着るのだろう。どんな格好で、結婚候補が集まる場所に来るんだろう。


「……仕立て屋」

「はい?」


 それを思うと、聞かずにはいられなかった。


「『月』隊長の服の仕立てには行くのか?」

「はい。アルギン様の次にお約束が入っております。……少々お待ちを」


 仕立て屋はその場でざっくりとしたドレスの完成図を描いてみせた。どうやら、何種類かは脳内にデザインを用意してきていたらしい。

 それは淡い布地で作られた、裾が広がるドレス。胸元に濃い色で模様が描かれ、腰にも濃い色の帯が巻かれていて、これがどうやら差し色というものらしい。


「こちらのような形で如何でしょう。今回は一月前のご注文になりますので、あまり凝り過ぎた物はご用意できないのですが……」

「悪くないっすね、時間も無いのはこっちも承知っす。恥かかない程度なら大丈夫っすよ」


 とんとん拍子で話が決まった。

 それでもアルギンは服を着ることも許されず、その体を仕立て屋にじろじろと見られている。


「筋肉の付き方がそこらのお嬢様とは違われますもので、型紙の修正もしなければいけないでしょうね……ふむふむ」

「……アタシそろそろ寒いんだけど」

「もう少しお待ちを。……ふむふむ、下半身はいいとしても、この腰回りと腕回り……ふむふむ、興味深いです」


 駄目出しされた下着のままで、視線にさらされるというのはアルギンにとって本意ではない。仕立て屋が体を凝視してはデザイン画に何やら書き足している。いつまで続くかと思った矢先―――執務室の扉が乱暴に叩かれた。


「入るぞ」


 その声はフュンフのものだ。


「仕立て屋はまだいるか。約束の時間に遅―――」


 ノックだけで不躾に扉が開かれる。

 そして現れたのは―――『月』の隊長と副隊長。


「っひ」


 二人が見たのは、下着姿のアルギン。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」


 色気のない、と散々な駄目出しを食らった下着を隠すようにアルギンが腕で覆って出した叫び声は、城中に響くほどの大声だった。


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