第43話

「驚きましたか」


 アクエリアの問いかけに、スカイが縦に首を振る。その瞳には戸惑いしか見えなくて、アクエリアが苦笑した。


「……いつかは話そうと思っていたんですよ」

「……なん、で、黙っ……?」


 まだ息が切れているスカイは、問いかけするのも精一杯な様子だ。

 その姿を見ながら、アクエリアはまた笑みを浮かべた。スカイの知らない顔で。


「俺は、面倒だったんです。ダークエルフとして生きることが。他の国では迫害同然の扱いを受けて、珍しい種族だからと奇異の目で見られる。そんな俺でも、彼女は受け入れてくれた。彼女と共に生きていたかった」

「……迫、害……」

「生まれて初めて、ダークエルフの俺を受け入れてくれたのが彼女でした。ダークエルフとして、生きていけると思った。……けれど、彼女はいなくなって、俺はまた一人になった」


 スカイに胸の内を明かすその声も、いつもと違う気がしていた。何も変わりはしないのに。

 アクエリアがスカイに何か言う度に、スカイが痛々しい顔をする。それに気づいていながら、アクエリアは話すことを止めない。


「俺は彼女を失ったのだと、認めることが怖かったんです。……でも、スカイ」


 暗がりの中のアクエリアの指から、僅かに雷のようなものが走る。


「貴方が俺を慕ってくれて、一緒に付いてきてくれると言ってくれて、今まで生きてきて良かったとさえ思った」


 その雷がふっと消えて、近くから何かしら声が聞こえた。


「おい! こっちだ!!」

「居たか!!」


 それが追手の声だと気付いたスカイが更に顔色を変える。急いで立とうとするが足が動かないようで、すぐその場に尻餅をついて倒れ込んだ。

 アクエリアは動かない。


「よう兄ちゃん、ちょっとそっちの嬢ちゃん貸し―――!!?」


 雷撃。

 追手が走り寄ってきて手を伸ばした瞬間、その追手が雷に打たれて倒れた。

 アクエリアはまだ動かない。


「……スカイ、動かないように」

「へっ……は、はい」

「精霊を使役する手段は三種類あります。『詠唱』『命令』、そして『思念』」


 また一人。

 スカイ達に近寄った影が、また雷撃によって倒れた。


「『命令』は『詠唱』より時間が短く、威力は低い状態で魔法が発現します。『思念』は『詠唱』より時間が長く、『命令』より威力が低い。今、ちょっとでも俺達に近付こうとすると、雷が襲います」


 スカイがその倒れた人影を見る。息をしているかも分からないが、アクエリアの制止によって確かめることも出来ない。


「いつぞやの貴方に見舞ったものより弱いので、死ぬことは無いでしょうが……、自業自得です。放っておきなさい」

「……はい」

「出られませんね」


 狭い小道ということもあり、出入り口には追手が溜まっていた。向こうは近付けもせず、しかしこちらも出ることが出来ない状態で、アクエリアが溜息を吐いた。見える範囲で三人以上はいる。そしてその周りを野次馬が囲んでいる状態だ。


「スカイ、俺が怖いですか?」


 アクエリアが直球で聞いた。


「……こわく……なんて、ないです」


 息切れではない、別の何かで言葉を切れさせながら言う。

 それが無理しているように聞こえて、アクエリアが俯いた。


「……無理、しなくて良いんですよ」

「無理なんて、してません!!」


 スカイの声は小道に響く。


「僕は、いつだってアクエリアさんが好きです! 大好きです!!」


 それはやはり雛鳥への刷り込みのように。

 しかし、確実な想いが確かにあった。


「どんな種族だったとしても、僕に優しくしてくれたアクエリアさんに付いていきます!!」

「……やっぱり、貴方って人は」


 アクエリアが、観念したように笑う。照れたような笑い方で、スカイを見ている。

 そしてアクエリアが立ち、スカイを抱き上げた。横抱きにして、まるで女の子にするような抱き方。スカイは驚いて、しかし少し嬉しそうにして。


「しっかり、掴まっていて下さいね」

「は、はい!? アクエリアさん、今度は何を」

「あと一つ知っておいてくださいね。いつもは外見変化に魔力を結構使っていて、精霊使役は全力じゃないんですが」

 

 二人を中心にして、風が巻き起こる。


「今の状態なら、全力が出せます」

「アクエリアさん!? 一体何を」

「静かに。舌噛みますよ」


 二人が何かをしようとしているのを、追手が察知してまた小道に入ってくる。その追手もまた、半自動的に落ちる雷に倒れた。

 それを横目で見ているアクエリア。その口では何かを呟いているが、スカイには聞き取れなかった。


「アクエリアさん……」


 その瞳が真剣なのに気づいて、スカイが今度こそ黙る。喋る代わりに、その体に抱き着いた。

 スカイの耳に、アクエリアの呟きの言葉が届いた。しかし、やはり何を言っているか分からない。


「―――。」


 アクエリアが詠唱の最後の一節を呟いた瞬間、強い風が小道に吹いた。それはアクエリアとスカイを攫うように、二人を空に向かって浮き上がらせて吹き上げる。それは恐らく殆ど誰も経験したことのない、中空へ飛び立つ鳥のような動き。一定の高さを保って、風に乗るようにその場から逃げる。

 小道が足下に見えてきた。追手が、指を差してこっちを見ている。野次馬も。誰も彼もが、アクエリアとスカイを見ていた。出来るだけの速度を出しつつその一角から離れ、アクエリアが溜息を吐いた。


「……目立つのは、好きでは無いのですがね」

「……す………」

「す?」


 スカイが言葉に詰まりながら目をぱちぱちと瞬かせている。怖がらせてしまったか、と今更なことを思ったアクエリア。

 しかし、当のスカイは


「……すっごいです!!」


 やや興奮した笑顔で、そう叫んだ。


「……。喜んでくれるなら、何よりです」


 呆気にとられたアクエリアだったが、そう笑顔で返して。

 追手の目から逃げられそうな場所を見つけると同時、酒場の方の様子を窺い、悶着が終了しているのを確認してから酒場に向かった。

 酒場の外には、縄で縛られた闖入者が丸太のように積まれていた。




「ああああああああああああああああああああああああ苛々する! 苛々する!!」


 その夜、営業停止状態になっている酒場の一階で絶叫しているのはアルギンだった。


「落ち着いてくださいよオーナー。スカイ君が助かったんですから良いじゃないですか」

「暁! お前さん、この状態見てそんな事言える!?」


 一階には、自警団として動いているアルカネットと負傷したミュゼ以外のギルドメンバーが揃っていた。

 アルギンを始めとして、ユイルアルト、ジャスミン、暁、いつもの姿に戻っているアクエリア、そしてスカイ。

 それぞれの指定席は、テーブル席は殆ど壊されていた。カウンターは辛うじて残っていたが、椅子は大体がボロボロだ。元からガタが来ていたのに加え、今日の招かれざる客たちによって破壊されたのだった。


「それにしても、ユイルアルトさんとジャスミンさんも無事で良かったです」

「今日は所用で外に出ていたので……。でも、私達が酒場に残っていたら死人が出ていたかも知れませんよ」


 笑顔を浮かべたユイルアルトの物腰は柔らかいが、その言葉の裏にうすら寒いものを感じたアクエリア。


「ユイルアルト達は自家製の毒瓶備えてるもんな」

「ええ。私達に触れようものなら皮膚が爛れて死にますよ」

「……洒落になりませんね」


 毒草を扱う二人は、致死性の毒瓶を護身用として隠し持っている。飲めば命の危険があり、触れるだけで皮膚が爛れる特製品だ。

 その出番が無くて良かったと思いながら、スカイが無事な二人の姿に安堵した。


「ミュゼさんの容態は?」

「あー、素手でヤツらをぶちのめしてたら取っ組み合いになって階段から落ちたんだよ。打ち身がちょっとひどいだけだから、まぁ大丈夫だ」

「……良かった」


 ミュゼの事を一番案じていたのはスカイだった。それを聞いて胸を撫で下ろす。


「ねぇ皆。イラつかない?」


 語気荒く、カウンターを叩きながら言ったのはアルギンだ。


「アタシはイラついてる。最近ここまでキレたことは無いってくらいにイラついてる!! アタシの大事な城をここまで壊されたのって最近は無かった!!」

「最近ってことは、以前はあったのですね」


 どうしてもスルー出来ない言葉をユイルアルトが復唱した。


「なのに!!! なのにだよ!? 主犯は捕まってないってどういうこと!? 主犯はこの襲撃に来て

ないってよ!!」

「……まぁ……主犯は高見の見物って奴でしょうね……。スカイを捕まえて、引き渡すまでが今日の襲撃者たちの目的っていうか……」

「そんなんは分かってんだよ! でも納得が行かねぇって話だよこっちはよ!!」


 血走った目のアルギン。それもその筈、『自分の城』と言い切るほどには大事にしている酒場が、テーブルも椅子も壊されて、大切にしていた酒瓶も割られている。いつも以上のアルコール臭が漂っていて、スカイは臭いだけで酔ってしまいそうだった。

 イラつきを前面に押し出したような態度で、壊れた椅子をガンガンと蹴っているアルギン。暫くすると、カウンターの奥からマゼンタとオルキデが料理を運んで来た。


「マスター、そうイライラしないでください」

「うう……、だってよ、マゼンタ……。アタシと兄さんの大事な酒場がさぁ……」

「エイスさんだって、酒場壊されたときそんなに怒ったりはしませんでしたよ。ほら、元気出して。ごはん食べましょう」


 マゼンタの慰めの言葉に、力なく頷くアルギン。カウンターに料理が並べられて、ちょっとした立食パーティー状態になっている。座るべき椅子は大体が壊されてしまっただけなのだが。


「……エイスさんって」


 二人の会話で出てきた名前に、スカイが反応した。


「俺の兄ですね」


 アクエリアが答えた。その言葉に、ジャスミンが反応した。


「そういえば、アクエリアさんって先代さんの弟さんでしたっけ」

「ええ。まぁ、久々に顔を合わせることもなく兄は鬼籍に入ってましたが」

「どんな人だったんですか?」

「……そうですねぇ」


 ジャスミンの問いかけは、きっと自然に浮かんでくる疑問なのだろう。アクエリアが顎に手を当てて考えるも、浮かんでくるのは遥か昔の苔生したような記憶。既に兄の姿さえ、殆ど思い出せなくなってきている。


「……犬猫をよく拾ってくるような人でした」

「………犬」

「猫……」

「……あぁ」


 殆ど擦り切れて思い出せなくなっている記憶の中で、脳裏に浮かぶその思い出を口にした。途端、全員がアルギンを見た。なるほど、と納得した者もいる。


「……んだよ」


 アルギンが察した時点で全員が目を逸らした。アルギンは孤児だったが、先代に引き取られて育ったというのは全員が知っていたからだ。


「何!? 何か言いたい事あんだろお前ら!!?」

「まぁまぁ落ち着いてくださいアルギン。美味しいですよこのトマトサンド」

「……食べる」


 アクエリアが不満そうなアルギンをいなして落ち着かせ、アルギンは大人しくトマトサンドを食べる。

 全員に食べ物が行き渡った時点で、アルギンが全員の顔を見渡して口を開いた。


「―――てな訳で、アタシは相当イラついています」


 また始まった。全員が思った。そして、同時に何を言いたいかは分かった。スカイ以外。スカイはハムサンドを食べながら、アクエリアとアルギンの顔を交互に見比べていた。


「誰か、アタシと一緒に夜襲かける奴居ない?」


 アルギンが発したその一言に、スカイは手に持っていたハムサンドを床に落とす。

 その場にいた全員が、緊迫した表情で固まってしまった。

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