第38話 最後の内乱



 戦いが始まったのは5月6日。

 先に仕掛けたのは謀反軍。ファビアーニ卿アルドの手勢1,800騎が、ジュリアーノの本隊に討ち掛かった。アルド卿は大将のジュリアーノを討てば勝ちだ――とばかりに、がむしゃらに突っ込んだのである。

 これをきっかけにして、各部隊で戦いが始まった。


「敵の総大将を討てば、我らの勝ちだっ!! 掛かれ!!」


 アルド卿は兵を鼓舞し、乾坤一擲の策に掛けた。


「殿下を護れ!! 本陣に近付けさせるなっ!! 敵は少数だ! 2番隊、3番隊!! 両翼より囲んで押し潰せいっ!!」


 ジュリアーノの側近のロドルフォが、野太い声をさらに張り上げた。

 機先を制して大将を討つことで一発大逆点を狙ったアルド卿だったが、当然ながら、周りを取り囲まれて身動きが取れず、次第に兵を減らされて壊滅寸前となり、結局彼は大慌てで敗走した。形振り構わず何とか逃げおおせたものの、周りに残っていたのは僅か数騎のみ――という有様であった。

 彼の狙いが良策であったかどうかはともかく、これが戦を動かしたのは確かである。

 ただ、謀反軍はそれぞれが功を焦り、我先にと攻め掛かったため、各部隊同士での連携が上手く取れず、次第に押されてはアルド卿と同じく各個撃破の憂き目を見ることとなった。念入りな手筈の確認などを行わなかったツケが、ここで出たのである。


「陣を前へ」


 謀反軍の後退を見て、ジュリアーノは陣をさらに前へと動かした。謀反軍を威圧し、かつ、自軍を鼓舞する狙いもあったようだ。

 じりじりと後退する謀反軍の中から、逃げ出す兵が出始めた。こうしたことは伝播する。謀反軍の兵たちは、主君の改易や減封などで禄を失った浪人が多かった。とにかく兵を集めるため、パウロ候らは彼らに高額の報酬を約束したが、そもそも貴族たちの半数は領地を失っていたため、報酬は失地回復した後に、後払いで支払うことになっていた。

 貴族たちはヴァゼーレの財を当てにして、それを兵たちの給金にする腹であったが、実際のところ、ヴァゼーレの財政はアンジェラが領主として赴任して来た時には、すでに逼迫していた。パウロ候が贅沢の限りを尽くしていたのみならず、これといった政策を執って来なかったからである。

 報酬が実際に支払われる保証もなく、貴族たちの心証も良くなかったため、兵たちは忠義心に乏しく、戦況が不利になるとあっさりと逃げだしたのである。

 兵の逃亡により、わずか半日あまりで4万余に減った謀反軍は、サディナ平野奥のウバルド原へと後退、軍を立て直さざるを得なかった。

 それに対して、有利な状況となりつつあったジュリアーノだが、ロドルフォたち側近の主張する「性急な追撃を禁止し、じっくりと進軍するべきです」――との意見を聞き入れ、同様の命を下した。

 リキ軍は、謀反軍を追い詰めるため、進軍を開始した。



 その頃、ヴァゼーレ城に留守居として残っていたアンジェラは突如、城に僅か2,000のみを守備に残し、1万3,000の兵を率いて出陣した。

 同じ頃、ジュリアーノに総大将を任せたはずのリキも、僅か5,000騎を伴ってスクーディ城を出発した。出発に際し、リキはクレアと会っていた。


「姫様をお願いします」

「ああ。それじゃあ、行ってくる」


 クレアは、リキのすることに間違いはない――と信じている気持ちと、アンジェラを心配する気持ちとが入り混じった、複雑な表情でリキの出立を見送った。リキもそれ以上は何も言わず、ただクレアの頭を優しく撫で、それから出発した。



 挑発やそれに応じる小競り合いはあったものの、ウバルド原で対峙するリキ軍と謀反軍との間で大きな動きはなく、再び膠着状態となった。そんな最中アンジェラは、夜営する謀反軍までおよそ2キロメートルというところまで軍を進め、行軍を止めた。それを認めた左翼のガラムは、パウロ候ら謀反軍の主力と現れた増援軍との間まで進出、どちらにも対応できる位置で待機した。


「敵の後方2キロに現れた増援軍に、前国王陛下の旗印が見えます。ガラム卿がこれと謀反軍との境に兵を入れて牽制しておられます」

「わかった。監視を怠るな」

「はっ」


 兵の報告に、ジュリアーノは内心の動揺を堪え、努めて冷静に指示を出した。

 姉と本当に戦わねばならないのか――と自問自答するジュリアーノに、次の兵が報告に現れた。


「殿下。リキ陛下がお見えであります」

「何? 陛下が?」


 ジュリアーノが問う間もなく、リキが現れた。手を挙げ、近所の住人に挨拶でも交わすように、


「ああ、構わん、構わん。楽にしてくれ」


と、笑顔で言った。それから、


「すまんが、ジュリアーノと2人にしてくれんか」


と、護衛の者たちには、表で待つように促した。


「陛下。いかがなさいました? 此度の戦は、私に委任されたのでは……」

「ああ、督軍に来ただけだ。戦は任せる」

「はあ……」

「それと、これを見せに……な」


と、リキはアンジェラから送られた親書を手渡した。


「何です?」

「アンジェラの覚悟だ」

「覚悟?」


 怪訝な顔で親書を受け取り、読み進めたジュリアーノは、次第に顔が強張っていくのを自覚した。


「これは……」

「アンジェラが謀反軍の盟主として起ったのは、不満分子の一掃を狙ってのことだ」

「しかし、それでは……」

「すべてが上手くいっても、アンジェラは不義の者、裏切り者――と誹られよう」

「しかし、姉上はこの国を思って……」

「そうだな」


 リキは、ジュリアーノとアンジェラの心情を慮って、優しい表情と声音でそう言った。


「しかし、表面だけを見て、その奥に隠された事情なんかを量らない者もいるのさ。そこで……」


 リキはジュリアーノに真剣な表情を向け、


「アンジェラには、歴史の表舞台から消えてもらう」


と、告げた。


「!! 陛下!!」

「まあ、話を聞け。一領主となれば、静かに隠棲出来るかと思ったが、そうもいかんらしい。一度、国王となったら、どうしても彼女を担ぎ出そうとする輩が現れる」

「はい……」


 アンジェラには、政に煩わされることもなく、静かに暮らしてほしい――というリキの言葉。それについては、ジュリアーノも異論はないらしい。


「そこで、だ。表向き、今回の戦で、彼女には死んでもらう。乱戦の中で討ち死に……ってのが、いいと思う。遺体を確認し辛いだろうからね」

「はあ……」

「先ほど、ガラムの陣に出向き、手筈を伝えてある。謀反軍との戦いの最中に狼煙を上げたら、それを合図に、アンジェラが謀反軍の背後から攻め掛かる算段だ」

「はい」

「形勢があらかた決したところで、アンジェラには戦線から離脱してもらう」

「上手くいくでしょうか?」

「そのあたりのことは、ガラムに説明して任せてある。ガラムなら上手くやるだろう」

「はい」

「まあ、最後までやってみなければ、上手くいった――となるかはわからんがね」

「はあ……」


 変に、確約しないのがリキなのだと、ジュリアーノはリキの下で働きながら知った。しかし、言ったことには全力で向かうのもリキなのだ、ということも知っていた。

 それでも、彼は聞いてみたくなったのだろう。


「陛下」

「ん?」

「なぜ、あなたは本来、関わりの無い国や姉上に、これほど親身になって尽くそうとなさるのです?」

「ん……そうだな。たぶん、頑張った人が割を食ったり、報われない――ってのが嫌なんだろう。努力したり、頑張った分なりに、その人が報われたら嬉しいじゃないか。理想論でしかないかもしれないけどね。世の中、そんな簡単なもんじゃないのも、分かってるんだけどさ」

「……」


 ジュリアーノは黙って聞いていた。


「アンジェラはこれまで、この国のために――って頑張ったんだ。常々、国王の重責から解放してやりたいと考えてたし、ゆっくりとしてほしいと思って、王位を退いてもらったんだが、それだけじゃダメだった。周りがね、放っておいてくれない。やっぱり、もうアンジェラはいない――ってことにしないとダメなんだろうな」

「はい」

「それで、この戦が終わったら、その後はジュリアーノに任せる」

「はい……えっ!? へ、陛下!?」

「後はジュリアーノに任せる――って言ったんだ。大丈夫さ。旧勢力の大半は、今回の件で一掃される。これからのまつりごとはし易くなるよ」

「いえ、そう言うことではなく……」

「俺か? 俺は退位するよ。この国をジュリアーノに返して、クレアとアンジェリーノとで旅に出るよ」

「旅……って、そんな……。若君はまだ赤子。危険でございましょう」

「まあ、何とかなるだろう」

「何とか……って」

「そんなことより、先ずはこの戦だよ。ここで旧勢力に止めを刺さなくちゃ、この戦自体が無意味になってしまうからね」

「それはそうですが……」


 呆れ気味のジュリアーノに、リキはそう言って微笑んだ。そして、こう続けた。


「さあ、仕上げに掛かろうか」



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