第6話 検証



「どうだ、陽菜。落ち着いたか?」

「はい。ありがとうございます」


 クレアに案内されて現れた陽菜の顔を見たリキが、声を掛けた。先ほどまでゆっくりと眠れた陽菜は、礼を述べた。リキは頷き、


「気が張ってたろうからな。ゆっくり出来たのなら何よりだ。うん。こちらの服を着てても違和感はないな。似合ってる」

「えっ……あ……!」


 陽菜が自分の格好を思い出して、照れて紅くなった。そう言えば、パジャマは汚れたから、こちらの服に着替えたのだ。選んだのは、少し地味だったが着易そうなシャツとズボンだった。眠たくなったのは、その所為であったかも知れない。


「待たせてすまん。討伐の報告の後で、陛下と話をする機会があってな。それが長引いてしまった」


 そう言いながら、陽菜に、自分の傍に置かれた椅子を指し示した。

 椅子に座りながら、陽菜が言った。


「あ、いえ……。あたしも寝てしまってたので……」

「疲れてたんだろ? それも当然だ。いきなり、見知らぬ世界に放り込まれたんだから」


とリキは陽菜を慮った。それから、


「これまでに見聞きしたこと以外にも、色々と知りたいこともあるだろ? 俺も聞きたいことがあるし、それらの情報の摺り合わせをしよう」

「はい」


 陽菜も真摯な顔で頷いた。これからの自分の身の振り方に関わることだ。


「リキ様。私はこれで……」


 クレアが気を遣って、退室すると申し出てきた。しかし、リキは、


「いや、クレアにはここに居てもらいたい。俺たちでは気付かんこともある。第三者の意見もあった方がいい」


と、クレアを押しとどめた。客観的な視点も必要だというのだ。


「分かりました。それでは」


と、クレアも了承して、2人の近くに丸椅子を運び、ちょこんと座った。何事にも控えめな性格なのだ。リキは、そんなクレアを見詰め、頷いた。


「気になることがあったら、遠慮なく言ってくれよ。さて……」


 リキは陽菜に向き直り、


「先ずは、俺から話そうか。俺は2010年の日本から来た。陽菜は?」

「あたしは、2020年です」

「そうか。この世界でも1年は365日で、うるう年もある。実感としては、日本と同じだ。で、俺はここへ来て4年が過ぎた。それなのに、陽菜と俺が来る前の日本での年にがある。つまり、ここと地球は〝並行世界〟じゃない――ということだ。で、だ。考えられる理由は2つ。1つは、同じ1年でも日本とこの世界での時間の進み方に違いがある場合。もう1つは、向こうの年や時間に関係なく、こっちに来ちまう場合だ」

「えっと……?」

「2つ目の場合、2020年から来た陽菜が、2010年から俺がここに来た年より、もっと前の年代に来ることもあり得るってことさ」

「来る年と、到着した年が交差して、前後しちゃう?」

「そう。けど、まあ、この問題はこれ以上考えても仕方がないだろうな。俺たちじゃあ、どうしようもない」

「はあ……」


 両手を広げて、お手上げだ――と言わんばかりのリキに、陽菜ががっかりとして肩を落とした。


「これは俺の私見だがな? 昔から、俺たちの世界で言う〝神隠し〟ってのは、案外、こうして俺たちのように、こっちとか、他の世界に紛れ込んじまった状態じゃないのかな――って思うんだ。何がきっかけかは分からん。俺はこんな性格なんでな。〝天命〟や〝運命〟なんてのは、これっぽっちも信じちゃいないが、それこそ〝神様の気紛れ〟――ってぐらいに思ってなきゃ、やっとれんかも知れんな」


 そうとでも思わなきゃ、気が参っちまうだろ?――とリキは言った。もっとも、リキがこの世界のことで、気が参っているようには見えなかった。陽菜を慮って、そう言っているようだった。


「それから、これもどうなってるのか、さっぱりなんだが、俺たちが話してる言葉……これは日本語じゃないらしい。ここの人間と同じ言葉のようなんだ」

「え?」

「俺はここに来た当初から、クレアたちと普通に話せた。ここの言葉を覚えていないのに――だ。吹き替えの映画のように都合がいいが、理由は不明だ。クレアたちに聞けば、ちゃんと、ここの言葉を話しているとのことだ」


 説明を聞いた陽菜が、そう言えば、確かにそうだ――とクレアを見た。クレアは優しく微笑んでくれた。


「ただ、文字は別だ。これは覚えるしかない。それでも、言葉自体の意味は分かるので、覚えるのは楽だったがな。暇を見て、クレアに教えてもらうといい」

「はい」

「あと、言っとくことは……何があったかな? まあ、いいか。必要なら思い出すだろ。それで、陽菜は何が聞きたい?」

「えっと……元の世界に戻る方法はないんですか?」

「断定は出来ん。だが、俺が知る限り……今のところ、戻れそうな兆候や事象なんてものは1度もなかった。方法――なんてものもだ」

「そう……ですか」


 リキの言葉に、陽菜はまたしても落胆した。リキは陽菜に、以前と同様に、


「すまんな」


とだけ、言った。



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