第6話 ピアノコンクール
フッと暗闇の中に流れる光が見えたかと思うと、サラは全く違う景色の中にいる事に気づいた。
約7年後のロシアである。
「ここで生まれたらしい…」
トキはそういうと、建物の中に入っていこうとしたが…
「生まれた年に来て、産まれたばかりの人に、どうやってピアノを習うのよ?」
「・・・」
「そ…それくらい知ってたさ、たまたま生まれたトコを見たかっただけだ!」
トキは言われなくても分かっているんだ!と言わんばかりに強がって答えた。
「何歳くらいが一番良いんだろうな…」
と困惑していると、
「またウィキ君に調べて貰ったら良いんじゃない?」
とサラが思い出したように言った。
「ウィキ君だってよ…ケケケ…バーカ」
トキの心の中で小悪魔がまた笑った。
「調べた感じでは、1931年頃が良いみたいだな。よしその年にしよう」
そういうと、サラの手を取り、また「タイムトラベラー」の呪文を唱えた。
サラたちは1931年の、スイスのルツェルン湖畔の脇の別荘にたどり着く。
「ここにいるらしいな…」
完成したばかりのような建物の中に、勝手に無言で入っていくトキ…
「ちょっとあなた…何勝手に入って行ってるのよ!!」
慌てたサラが
「すみませーん、誰か居ませんか~」
と声を張り上げた。
「お前たちは誰かね?」
奥から老人と呼ぶには少し若いような男が出迎えた。
「私、オーストラリアから来ました、サラ・コルトレインと言います」
「ちょっとお話がありまして…」
「オーストラリアから、わざわざ話をするために来たのかね…?」
ラフマニノフは遠くから来た事に敬意を表し、家の中へと招き入れた。
暖炉のある部屋のテーブルに案内されたサラたちは、簡単に今までの経緯を伝える。
もちろん、タイムトラベルして来た事は秘密である。
そしてラフマニノフに課題曲の楽譜を差し出した。
「ほう、これがかの有名な超絶技巧練習曲、ラ・カンパネラか…」
「さすがにわしも、この曲を弾けるようになるには1年はかかりそうじゃの~」
「1年後にまた来なさい」
ワクワクした目で楽譜を見ながらラフマニノフは言った。
「1年後ってそれじゃ、間に合わ…」
と言いかけたところでトキが
「1年後にタイムトラベルすれば良いだけの話だろ」
「それにな、タイムトラベルしている間は、こっちの1年が元の世界ではたったの1日なんだぜ…」
「3か月が6時間なんだから、4時間なら2か月…その間に1度帰れば、誰も夜中に部屋からいなくなってる事には気づかないだろう」
「とりあえず、1年後に行くぞ」
別荘を出たサラたちは、すぐに1年後に飛んだ。
「ラフマニノフさ~ん、約束してたサラです。いますか~?」
と声を上げると、待っていたかのように優しい笑顔でラフマニノフさんは迎えてくれた。
「しかし…エラく早く感じたのはわしの気のせいかのぉ~…?」
部屋に入りながら、ラフマニノフさんは首をかしげた。
それはそうである…
毎日深夜2時からタイムトラベルして、向こうの世界で2か月過ごし、朝6時に戻る生活を続け6日が過ぎた。
そんなある日…
トキは言った…
「もはや次の1撃が我ら最後の別れとなるだろう…」
トキはケンシロウの真似をしながらサラに告げた。
しかし…サラにそんなギャグが通じるわけなかった…
「今日の4時間が最後になりそうだな…」
慌ててトキはサラにそう言い直す。
丘の桜も殆どが散り、何輪かが僅かに咲いている状態である
トキを呼べるのは、最初の1輪が咲いて、最後の1輪が散るまでなのだ。
7日間、向こうの世界で1年2ヵ月の練習を経て、サラたちは最後の練習を終え戻ってきた。
「トキさん、ありがとう…」
「今日で1年間お別れね」
寂しそうな表情をするサラに対し、面倒な事から解放された清々しい表情のトキ…
「俺が居ない間は、こいつがお前を守ってくれるだろう」
と言うと、杖を天にかざす。
光の柱のようなものが噴き出すと、サラの肩に集まり鳥へと変化した。
鳩より少し大きめの、尾の羽がスラっと長い、真っ白な鳥である。
「こいつはなあ~時雨(シグレ)と言うんだ。ま、言ってみれば俺の鍵のようなもんだ!」
「勿論、普通に話すことも出来るだぜ。 可愛がってやるんだな」
そう言い残すとトキは去っていった。
そして月日は過ぎ…
【1865年】1月のコンクール当日…
タイムトラベルの世界で14か月、こっちの残り3か月で計1年5ヶ月間の猛練習をしたサラ…
しかし…その表情は浮かないものだった。
世界で1番上手いと言われる人に習えば…というトキの安易な考えに乗って旅立ったが…
だからと言って、自分も世界一になれるとは限らない。
しかも…ラフマニノフさん…
人にものを教えるのが、めちゃくちゃ下手だった…
そしてコンクール…
結果が散々だったのは言うまでもない…
マリーの高笑いがコンクール会場に響き渡り…
「なによーーーみんなのバカーーーーー!!」
サラの断末魔が聞こえた気がした。
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