リベンジ(下)

「頭が……え、だと……!?」

 大剣を油断なく構えながら、戦士のグランツが言葉を漏らす。


 厳密にはあと半分ほど残っているが……頭がパンでできている子供向けヒーローではあるまいし、普通なら半分欠けていれば人間の頭部は機能を失うだろう。


 そして残った半分は、銀髪碧眼で意外とイケメンだ。

 俺は現実逃避気味にそんなことを思った。


 一方で黒騎士は、驚愕きょうがくする俺たちを前にして動く様子を見せない。

 奴は何を思っているのか、黒い炎を揺らめかせながら俺たちを幽鬼おにの形相でにらみつけている。


「……毒は効果なし。鎧越しとはいえ掌底であごを打ち抜かれても、まったくの平気。あまりにもタフすぎると思っていましたが……ええ、これなら納得ですよ」

 魔術師のジーノがメガネを押さえながらこれまでの戦闘を振り返り考察する。

 毒なんていつの間に使っていたのだろう。抜け目ないな。


 また、屋根の上ではアレックスが静かに氷でできた矢をつがえて、さらけ出された黒騎士の頭――もとい髑髏しゃれこうべを狙っている。

 ちなみに“しゃれこうべ”の語源は“さらされこうべ”だから、文字通りの意味だ……だからどうした? ちっとも笑えないぞ。


 てか、すでに肉体が損傷しているってレベルの話じゃないんだが。

 こんな状態で問題なく動けている黒騎士を見ると、物理的な攻撃を続ける意義すら怪しく思えてくる。


 骨だけになっても動けるようなら、こいつを倒すのは実質不可能なんじゃ――いや、それとも逆なのか?


 裏を返せば、黒騎士は今までの戦いで顔の半分を代償とするほどに消耗しているということだ。

 なら、あと一押しもすれば、黒騎士はその存在ごと燃え尽きてしまうのではないだろうか。

 少なくとも、破壊困難な金剛鉄アダマンタイト製の鎧を相手にするより、黒騎士本人が燃え尽きるのを待つほうが賢明な気がした。


 むしろ、地面の下にでも埋めて、放置しておけば後は勝手に……。


「そう言えばあいつ、妙に下を警戒してないか?」

 常に黒騎士の足元を波紋のように広がる黒炎を見ながら、俺は周囲にたずねる。すると、ジーノがその質問に答えてくれた。

「おそらくそれは、さっき流砂に落として埋めてやったことが原因でしょう」

 ……なるほどね。地面に埋まるのは一度経験済みか。だから足元に黒い炎を這わせて、下からの攻撃を封じているわけだ。

 そのせいで地味に俺も、一部の攻撃手段が使えないというとばっちりを受けていた。


 だが、奴が地面を警戒している事実は、考えようによって悲報であると同時に朗報である。

 少なくとも奴は、再び地面に埋められることを嫌がっているのだから。

 ならば、やるしかないだろ?


 人の嫌がることを進んでしましょう――俺はその金言に従うまでである。


「なあ……それ、なんとかしてもう一回できないか?」

 今度は俺が、無限の氷でふたをしてやろうと意気込む。しかし、返ってきた答えはしぶいものであった。


「すみません。魔石でもあれば、もっと深いところから干渉する手もあったのですが……生憎あいにく、手元にあった分は全部障壁のほうに使っちゃいまして……」

 ジーノは申し訳なさそうな表情だ。

「せめて、ソフィア姫が障壁を立て直してくだされば、あるいは……」

「……要するに、今はできないってことだな」


 訂正。やっぱり悲報だった。

 どうやら俺たちは、この身をって、どちらの命が先に尽きるか競い合う必要があるらしい。


 そして今、最後の秘薬エリクシルを使い切って治療を完了させたディオン司祭がすっくと立ち上がった。


「……クロード・フォン・ニブルバーグ卿。なぜ貴方は、その身を犠牲にしてまで、殺戮さつりくすのです?」

 ディオン司祭は、文字通り命を燃やす黒騎士に対して、静かな調子で問いかける。

 ふと見れば、ディオン司祭がもぎ取ったかぶといまだに燃えていた。

「私には理解できません。貴方は、自分自身のおこないに、何一つ疑問も持ってないのですか――」


「背信者ディオン。その問いは、そっくりそのまま返させてもらおう。貴様こそ、メアリ様に仕える身でありながら、何故なぜ私の邪魔をする?」

 黒騎士は質問に答えず、逆にディオン司祭へ問いかける。

 そして、さらに続く彼の演説は、狂信の騎士として相応ふさわしいものであった。

「亜人とは、邪神の眷属として、あるいはたわむれれによって創造つくられた、罪深き種族。そして女神をあがめぬ異教徒もまた、我らが威光をって教国に隷属させるべき存在――」


「いいえ、違います。そんなもの、近年の教皇派によって捏造ねつぞうされた、彼らに都合の良い解釈です。少し調べたらわかるでしょう……」

 黒騎士が言い終わる前に、その言葉をさえぎるディオン司祭。話は完全に平行線である。

「……なるほど。時間の無駄だったな」

 言葉を交わすだけ無駄だ。

 互いに相手を説得できないと理解したところで、再び奴は剣を構えた。


「背信者よ、私は惑わされない。私は裏切りの騎士、ニブルバーグの末裔まつえい。我に流れる血は、すでに一度過ちを犯しているのだ! 再び女神を裏切るなど、許されない! 下らない問答は終わりだ――このくらき炎が燃える限り、我が魂はメアリ様と共に!」


 聞く耳をもたない黒騎士が叫ぶ。

 すると、彼をおおう黒い炎が膨れ上がって勢いを増した。


「そもそも、正しいの歴史など、なんの意味がある? 私が消えたところで、炎は次なる継承者を見つけ燃え続けるだろう! つまり、この小国はもう終わりなのだ。ならば……せめて――!」


 ――魂すらも焼き尽くす、完全な死による救済を。


 奴は確かにそう言った。


 まるで自分が絶対の正義であるかのように。

 このレヴィオール王国に対する凶行が、本気で彼なりの誠意であるかのように。


 ふざけるな。この狂信者め。


 だが、冷静に考えれば奴は俺と同じだ。奴が言っていることを突き詰めれば、俺が辿り着いた“チカラこそ正義”という真理にほかならないのだから。

 そして、このまま戦い続ければ、俺以外の連中が先に力尽きるだろう……これもまた事実である。


 俺にとっても、この黒い炎を常時まとった黒騎士最終形態は予想外に強かった。正直に言えば、今の状況から一対一タイマンに持ち込まれたら勝てる自信がない。


 一触即発の空気。誰も犠牲にせず勝利する未来が見えなかった。

 骸骨をさらけ出す黒い騎士が、彼にとっての善をそうとする。なんという執念だろう――その有様はまるで、黒い炎に操られるむくろのように。


 せめて、あの黒い炎さえ無ければ――状況に変化が起こったのは、俺がそう考えた瞬間だった。


 突然何かが全身を包み込む感覚。心なしか、黒騎士から噴き出す炎が弱くなる。

 原因は分からない。だが、俺はそこからなんとなくソフィアの存在を感じ取った。


「おっと、これは……ソフィア姫に感謝ですね!」


 俺たちの周囲に魔力が集う。

 魔術師のジーノはそのチャンスを逃すことなく、大規模な魔術の詠唱を開始した。


 * * *


 ――それは、未来を手に入れる代償としてはあまりにも軽く、しかし個人が支払うには、あまりにも重すぎる対価。

 でも、たった一人の少女じぶんの命で、あの日見捨てて逃げた全てを、今度は守り抜くことが出来るなら――だから、彼女は願った。


 生まれ持った優しさというのは、ある種ののろいだ。


 自分で独り占めすれば余ってしまうが、全ての人に分け与えることができるほどには多くない。

 それでも分け与えることを優先すれば……最終的に自分の取り分がなくなってしまう。


 しかし彼女は、それでもなお周囲の人々に優しくする生き方を選んだ。


 そんな彼女が皆を救うため、最後に選んだ方法。

 それが『みずからの命と引き換えにして、憎むべき敵の呪いを解く』というものだったのは……運命の皮肉なのかもしれない。


 だが黒騎士がチカラを失えば、この戦争は終わる。

 これ以上の犠牲を出す必要もない。


 彼女がそう思ったのはほとんど無意識だった。相変わらずその優しさは、敵対する相手にも分け隔てなく向けられていた。


 レヴィオールの王城の、高い塔の上。

 彼女は祈るように両手を組む。


 あの黒い炎の気配はよく覚えている。

 まるで祈りを捧げるように彼女が解呪の魔術を構築すると、その術式は自然と組み上がった。

 そして、自分の命を乗せるための天秤の皿も、問題なく仕上がってしまった。


「これで……誓約ゲッシュの魔術は成立するはず……」


 少女がその身を犠牲に魔術を展開しようとする。しかし、それを止める者は誰もいない。

 いや、そもそも彼女が皆の未来のために自分の命を捧げようとしていることなど、誰にも気が付けるはずがなかった。


 なにせソフィア姫を間近で見守るリップでさえも、彼女が今何をしているか理解できなかったのだ。

 ネコミミ娘は相変わらず、ソフィア姫が魔術障壁を修復していると思っていた。


 自己犠牲という名の悲劇が、静かにソフィア姫に絡みついていく。

 星空の語る運命が、現実のものになろうとしていた……。




 ――ところが、術式は中断されることになる。

 その切っ掛けとなったのは、リップが感じ取った気配だった。


「誰だッ!?」


 ピクッと猫耳を動かしたリップが即座に警戒する体勢をとり、油断なくナイフを構える。

 その声に驚いたソフィア姫も、リップにつられて背後を見てしまう。


 振り返ったソフィア姫。その瞳に映ったのは――彼女にとって懐かしい、見覚えのある女性だった。



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