幕間 成立する予言(上)

 その物語を語る切り口は色々とある。


 例えば、故郷を失ったお姫様が、素敵な王子様と結ばれて幸せに暮らす――そんなハッピーエンドなお伽噺とぎばなしだったり。

 あるいは、王子様が冬に呪われた世界から、お姫様を救い出す――そんなロマンチックなお伽噺とぎばなしだったり。


 そして、悪の教国――その象徴たる黒の騎士を撃ち滅ぼした、太陽の王子の英雄譚だったり。


 この物語が太陽の王子の英雄譚として語られる場合、大抵そのシーンから始まるのが一般的だった。


 時をさかのぼること約半月。

 場所は再び戦禍せんかの近付く湖の王国。

 運命に呪われし姫君は、黒の鎧に身を包んだ裏切りの騎士の末裔まつえいと再び相見あいまみえる。


 翡翠の瞳バフォメット・アイをもつ有角の姫君。

 彼女を守護するは、太陽の国の王子。


 彼の放つ光の矢は、ツバメのようにひるがえり、ハヤブサのように獲物をつらぬく。

 しかし、その輝きだけでは、星の導く運命を変えることができないと、彼はまだ知らない。

 運命を壊すためには、運命に縛られない怪物のチカラが必要なのだ。


 ゆえに――その魔女は、いつの間にか其処そこに居た。

 その目的は、彼に導きを授けるため。


 それは、未来永劫語り継がれる英雄譚の幕開け。

 星の導きを告げる美しき狂気の魔女。彼女がもたらすは、予言と試練。


 その場面は何時いつだって、星空の描写と共に語られる。

 冷たくんだ冬の空、降ってきそうな星空の下。

 闇の中で輝く無数のきらめきを背景に、彼女は燐光りんこうまとって現れた。


「あなたは……“星詠み”の魔女、さま?」


 太陽の国の王子にして、光の弓使い。アレックス王子はその魔女の二つ名を呼んだ。


 * * *


 その日の会議は、分かり切っていた事実の再確認に終わった。


 メアリス教国はレヴィオール王国に執着している。

 厳密に言えば、バフォメット族のひたいに輝く宝石、悪魔の瞳バフォメット・アイの軍事的価値に魅入られている。

 そしてあわよくば、より貴重で高い魔力量を誇る王家の悪魔の瞳バフォメット・アイを彼らは狙っていた。


 その方針こそが黒騎士のソフィア姫に対する異常な執着を再燃させている原因なのだが……黒騎士の内情なんか、連合国の面々が知るはずもない。

 彼らにとって重要なのは、レヴィオール王国の攻略に、黒騎士がほぼ確実に参戦するという事実のみ。


 どうして南部平原やディオン派による内乱ではなく、こんな小さな国に黒騎士という戦略兵器が出張ってくるのか。

 メアリス教国はバフォメット族のひたいの宝石に、どれほどの価値を見出しているのか。

 いずれにせよ、悪夢のような現実であった。


 存在するだけで戦術はおろか、戦略すらもひっくり返す最強の騎士、クロード・フォン・ニブルバーグ。

 邪神を封じた英雄の末裔まつえいにして、裏切りの騎士の黒炎を引き継ぐ者。

 異教徒どころか彼の同胞すら含めて、誰もが恐れる狂信の黒い騎士――異端審問官にして、メアリス教国神殿騎士団の将軍だ。


 命を対価に燃える呪いの炎。

 あらゆる魔術を焼き払い、精霊すらも黒く染め上げる憎悪の炎。

 噂によれば、全身鎧の中は呪詛と火傷やけどただれたおぞましい姿をしているらしい。


 それでも彼は戦うことをやめない。

 亜人や異教徒を殺すことだけが彼の存在意義。

 その姿を戦場で見てしまった異教徒は、決して生きて帰れない……まさに戦うために生まれてきた狂信の怪物だ。

 そして、唯一その黒騎士に対抗できそうなのがヘーリオス王国の第三王子、アレックス・ミトラ・ヘーリオスであった。


「オレが……ソフィア姉ちゃんを守るんだ」


 その場所はレヴィオール王国の王城。会議の終わった夜の中庭。

 太陽の国の王子にして贔屓目ひいきめなしに一流の弓使いである少年、アレックスは星空に誓った。


 援軍は期待できない。距離的にも、戦力的にも。

 南部平原での戦いだって、押されているのは連合国側だから。


 そして唯一、黒騎士に対抗できるのは自分だけ。

 大丈夫だ、きっとやれる。

 少なくとも、一度は毒矢で奴を退しりぞけることができたのだから。


「――ですが、今のままだと、ソフィア姫を救うことは叶いませんよ?」


 弓使いの王子アレックスが振り返る。

 いつの間にか踊り子か祭司のような衣装を身にまとった少女がそこに居た。


 踊り子が身に付けるような装飾品から、シャランと音が鳴る。

 蒼い衣装にキラキラ輝く装飾品。紺色から明け方の空の色に染まる髪。まさしく星空の化身のような少女だ。


「あなたは……“星詠み”の魔女、さま?」

 どうしてここに? 言葉にはしなかったが、弓使いの王子は疑問に思った。


「お久しぶりですね♪ 無事にソフィア姫を見つけ出すことができたようで、なによりです」

 星空のような瞳をもつ少女は、王子の前に降り立ちながら愛想よく微笑んだ。


 弓使いの王子アレックスが彼女に会うのは、これで三度目である。

 以前アレックスが星詠みの魔女に会った時は、冬の城にソフィア姫が囚われていることを教えられ、助けに行くよううながされた。

 そしてその結果は――もはや誰もが知るとおりだ。


 今のところアレックスが星詠みの魔女を疑う理由は無い。彼女の語る予言は全て的中しているのだから。

 まだまだ幼さの残る王子は、あっさりと魔女を信用してしまった。


 しかも、これから彼女が語る妄言よげんは、のちに限りなく真実となる。

 あからさまな嘘でないだけましかもしれないが――見方によっては、なお性質が悪いと言えだろう。


「いったい、どういうことですか、魔女様?」

「そのままの意味です。非常に残念なことですが……このままでは、ソフィア姫は助からないでしょう。もっと端的に言えば、この戦争の結末がどうなろうと、彼女は命を落とす羽目になります」

「え……!?」

 驚愕するアレックス王子。取り乱しながら星詠みの魔女に詰め寄る。

「なぜ!? どうして!?」

「さあ? 星のめぐりが告げているから、としか言えません」

 その口振りは軽く、まるで日常会話をたしなむ少女のようだ。

 しかし無慈悲に、そして冷酷に、星詠みの魔女は確定した運命を告げた。


「……オレじゃあ、あいつに……黒騎士には勝てないってことですか?」

 告げられた未来に納得ができない。

 アレックス少年は無力な悔しさを声ににじませる。


「どちらが劣っているかなんて、星詠みでは知りえないことです。それに、単なる実力の優劣で勝敗が決まるものでもありませんでしょ?」

 星詠みの魔女は軽い調子で答えた。


「ただ、運命を変えないと……少なくともソフィア姫を守ることはできません。これはのがれようのない未来です」

「ならオレは、どうすればいいの?」

 感情的になったアレックスは敬語も忘れてたずねた。


 その様子を見て、星詠みの魔女はうっすらと笑みを深める。

 見る者によっては獲物を罠にかけた猟師のような印象を受けたかもしれないが……王子にとってはさいわいなことに、敵意だけは介在していなかった。


「運命を変えたいのなら、運命に縛られない怪物の協力を得る必要があります――王子にはもう、心当たりがありますよね?」


 星詠みの魔女が誘導する。

 怪物と聞いて少年の脳裏に浮かんだのは、雪原でえる漆黒の魔獣だ。


「魔獣さん……!」

 ちなみにその魔獣が冬の王へと姿を変えた事実を、彼はまだ知らない。


「あくまで星詠みの結果を伝えたまでです。信じるも信じないも自由ですが……考えている時間はありませんよ。今夜のうちにたなければ、間に合わなくなってしまいますから♪」


 残された時間は少ない。

 未来なんて確かめようもない情報によって、迫られる選択。

 しかし、最悪の未来は想像にかたくない……むしろ最もありえる未来。

「オレは――……」


 冷静じゃない自覚はあった。それでも少年は、急いで決断を下した。




 数分後、弓使いの少年は慌ただしく旅立ちの準備をしていた。

 目指すはメアリス教国の最北端、冬に呪われた地にそびえる白亜の城だ。


 そんなアレックスの横で、赤毛のネコミミ少女がふわふわの白い毛玉を撫でる。

「まさかこっちで会えるとは思わなかったよ」

「クゥ、クゥッ!」


 鳴いているのは、なぜかここに居る白ウサギ。冬の城で飼われていたペトラが急かすように床をタンピングする。

 トントントントン……と床を蹴って催促する彼女の仕草は、アレックスをあせらせた。


「ご、ごめん、もうちょっとだけ待って……」

 ウサギのペトラは星詠みの魔女に紹介された、冬の世界の案内兎あんないにんだ。


 冬に呪われた地に限らず、異界に侵入するためには適正とか条件とか、あとはタイミングとか……総じて色々と運が必要になる。

 前回は“星の巡り合わせが良かった”ため、難なく入ることができた。だが、あれは特別運が良かった――いや、魔女の助言があったからこそだというのは説明するまでもないだろう。

 しかし、中の住兎じゅうにんである彼女から手引きしてもらえば、いかに冬に呪われた地であれども簡単に侵入できるのだ……星詠みの魔女からはそう教わった。


 妙に張り切っている彼女は一秒でも早くアレックスを冬の城へと届けたいらしい。

 理由は分からないが、少年にとっては頼もしい話である。


「まったく、そういうことは私たちに相談してから決めてほしかったですねえ」

 魔術師のジーノが小分けした秘薬エリクシルを手渡しながら言った。

「まあ、ジーノもそう言うなって。アレックス、心配は要らねえぜ。おめえが間に合わないときは、俺が黒騎士の相手をしてやる――引退前に最強の座を奪っておくのも悪くねえからな」

「はいはい、引退間際のお爺ちゃんは無理しないでね~」

 戦士グランツなりの激励と、それを茶化すネコミミ斥候少女のリップ。

 ただ、それが彼女なりの気遣いだと理解しているグランツは、「するわけねーだろ」と適当に流した。


「て言うかよう、そもそもアレックスが行く必要あるのか? 代わりに適当な奴を向かわせてもいいんじゃねえの?」

「いえ、それはどうでしょう? 直々に指名されているわけですからねえ。予言に勝手な解釈をはさむのは得策でないと思います」

「でも実際さ、あの人ってどこまで信用できるの?」

 あの人とは、当然星詠みの魔女のことである。ネコミミの少女リップはくりんと耳を動かした。


「フム、そうですね……とりあえずは、信用していいと思いますよ」

 リップの質問にざっくり答えるジーノ。

「ほう、言い切るな。その根拠は?」

 戦士のグランツは意外そうにたずねる。

「彼女は私たちに意味もなく優しくしたり、逆にいじめてたのしむほど暇人ではないってことです……あの魔女は、おそらく何か大きな目的を持って動いている」

「目的?」

「さあ、流石にそこまでなると、私には理解しかねます」

 今度はアレックスがたずねたが、肩をすくめておどけたポーズで魔術師のジーノはお茶をにごした。


 しかし、実際は憶測の域を出ていないだけで、彼の優秀な頭脳は真実の一歩手前まで辿たどり着いている。

 誤魔化したのは単に、不確定情報を得意げに説明する趣味が無かっただけだ。


(現状で不利なのは連合国側。この戦争の行方は、アレックス君が黒騎士を討てるか否かにかっている)


 ここでアレックスを排除すれば、連合国側の希望は消えて無くなるだろう。

 だがそもそもの話、アレックスが弓を扱うようになったのは彼女の予言が切っ掛けである。

 さらに言えば、このタイミングが良すぎるソフィア姫の帰還がなければ――つまり、そこから連鎖して起こったディオン派の内乱がなければ、連合国側はメアリス教国のを前にすべなく占領されていたはずだ。

 星詠みの魔女の予言は、ことごとくメアリス教国にとって不利に働いていた。


(つまり、星詠みの魔女はメアリス教国の味方ではない。ですが、おそらく今回の予言は、万が一にもアレックス君に黒騎士を討たせないため……)


 彼女の予言は冬に呪われた地を中心にしている。確証は持てないが魔術師のジーノはその事実になんとなく気が付いていた。


(となると真の目的は、あの魔獣と黒騎士を戦わせることでしょうか?)


 仮にそうだったとして、はたして其処そこにどういった意味があるのだろうか……。


(……いえ、これ以上の考察は無駄ですね。私たちの視点では情報が足りなすぎます)

 第一、魔獣関連の憶測が、すでに根拠のない直観にすぎない。


 何にせよ、彼女の予言に従っておけば、自分たちが有利なのは変わりない。上手くいけば黒騎士は、あの不死の魔獣が倒してくれるのだから。

 そこまで考えた時点で、星詠みの魔女はとりあえず信用りようできる。ジーノはそう判断したのである。


(それに、アレックス君の危険リスクが減るのなら、私にとっても歓迎すべきことですし)

 なんだかんだ言って、彼も結構な仲間思いだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る