灰と砂と花弁と(上)
その日、放浪の魔女は鎖の魔女の下を訪れた。
山奥の洞窟のように偽装された魔女の家。
その奥に隠された
「……いらっしゃい。待っていた、わよ」
その部屋には、いつも通りに鎖の魔女が。
しかし、彼女はいつもより神妙な
部屋の中には二人の魔女。しかし、その見た目から受ける印象は対照的だ。
片や、外見は十歳にも満たない童女にも見える放浪の魔女。彼女は黄金の絹糸のような髪をサイドテールにまとめている。
そして、今日も着ているのは萌木色のドレス。その上にはローブを
美少女と
その姿は童話なんかに登場する“魔女”のイメージとはかけ離れていて……どちらかといえば“魔法少女”といった呼称のほうが、まだピッタリなのかもしれない。
対して、鎖の魔女は
褐色の肌に、束ねられた白くて長い髪。黄金の瞳に、横向きの瞳孔。
全身に刻まれた
その姿はまさに、神話や童話に登場する“
鎖の魔女は
「要件は……まあ、やっぱり、その話よね?」
彼女の視線の先には、小さな腕に抱えられている細長いドーム状のガラスのケース。
その中に飾られているのは、一本の植物の
ただ
その先端から散った花弁も、ドームの底で
しかし、放浪の魔女はそんな無価値なゴミを、まるで大切なものであるかのように――例えるなら、幼子が大切な人形を抱えるように、あるいは母親が愛する我が子にするのと同じように、これ以上傷付けてしまわないよう優しく抱きかかえていた。
「……仕方ないわ。貴女にとっては、残念な結末だったかもしれない……けれど、ね? 彼にとって必要だったのは、『愛』よりも、『強さ』だった。それだけの事なの」
鎖の魔女は放浪の魔女を
「理不尽に
「下手な気休めは要らん。
放浪の魔女は散ったバラのケースを鎖の魔女に差し出す。
だが、鎖の魔女はそれを受け取らず、静かに首を横に振った。
「……じゃあ、結論から、言わせてもらうわね――無理、よ」
それは回答を
「貴女も、知っているはずでしょう?
鎖の魔女は優しく
「そんなこと、分かっておる」
「結末が気に入らないから、都合が悪いから。そんな理由で、魔法をやり直したい……なんて、そんなことを思うような覚悟じゃ、何も成し
「だから! そんなこと、儂だって、分かっておる!」
駄々っ子のように声を荒げる放浪の魔女。そんな彼女に、鎖の魔女は
「それなら、貴女は契約を
「――無論、
スミレ色の瞳に確かな覚悟を宿して、放浪の魔女はその言葉を口にした。
「…………却下、ね」
鎖の魔女はにべも無く答える。そして、
「これはね、別に意地悪で言っている……そんな
「ほう。それなら、どういった
放浪の魔女は鎖の魔女をジッと
「もう、そんなに怖い顔しないで……“足りない”のよ。単純に」
彼女は伝える言葉を、慎重に選びながらゆっくりと口にする。
「彼にとって貴女は……そう、ただのお節介な魔女。貴女と彼との間には……差し出せるほどの
これらこそが、
それは、誰もが
現実には、努力が結果に
それなのに、万人が感覚的に誤解してしまう。そうであってほしいと無意識に願ってしまう。
そんな幻想に
そして、この“幻想を具現化する”過程は全ての魔術の基礎となり、それ
しかし逆に言えば、原始的な
そして痛みとは、困難を享受すること。
あるいは、価値がある物か行為を捧げること。
「要するに、ね? 簡単に差し出せる命に、重みは無いの。簡単に捨てられる軽い命では、天秤は動かせないわ……」
――だが、そんな当たり前の事実を、放浪の魔女が知らないはずがなかった。
「
幼い見た目の魔女はなにかを確信した表情で、
「……なによ。嘘は、言っていない、でしょ?」
なぜか
「
放浪の魔女は、鎖の魔女が意図的に条件を限定していると気が付いた。
そして、鎖の魔女がこうやって誤魔化そうとしているということは――散ったバラをどうにか救う手だてが、まだ存在するということだ。
つまり、希望はまだ、
もちろん、鎖の魔女の不自然な様子からしても、それなり以上の犠牲を支払う必要があるのだろう。
とはいえ、これはもともと自分が
しかも生まれてしまったのは、憎悪に染まった不死の怪物。もはや自分とあの男だけの問題ではない。このまま放って置いて良いわけが無いのだ。
放浪の魔女には自分で責任を取る覚悟があった。
そもそも、
誓いの内容は、“真実の愛を知る”こと。
その際に捧げられた代償は、かつて男が望んでいたもの――『故郷』と『ぬくもり』と、そして『死』の三つ。
彼にとっては身に覚えのない、ひたすら理不尽な誓いと奪われた対価。それによって、彼の身に起こった奇跡は……存在の書き換えと固定による完全なる魔獣化。
一見すると、魔獣の側に一切の恩恵は無い。これは
複数の
「理不尽な奇跡……凄い言われ
だが、先ほどの彼女は、あくまで“足りない”と言っただけ。そして、その事実はすでに見破られている。
「分かっておる。じゃからこそ、この生まれ持った
放浪の魔女がそう言うと、鎖の魔女は置いていた
「そうね……ごめんなさい。私、やっぱり、嘘を
何を言っても目の前の少女をはぐらかすことはできないだろう。それを理解した鎖の魔女はもう、完全に降参した様子だった。
「まあ、そうじゃろうな」
放浪の魔女は別段気にした様子も無く返す。
「もう一度、バラの花を咲かせること。それ自体は、対価さえ支払えばできるの。でも……本当は、私がやりたくないだけよ。だって、こうなることは……貴女が自分を対価にって言い出すことは、目に見えていたから……」
そう言って、鎖の魔女は目を伏せたのだった。
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