星詠みの魔女(上)

 突如として、冬の城に襲来した星詠ほしよみの魔女。

 彼女の正体を知ってから改めて観察してみると……なるほど、放浪の魔女が言う通りの人物かもしれない。


 その姿を一言で表すならば、“ヒラヒラした痴女ちじょ”だ。

 布面積自体は割と広いのだが、「その布はもっと他に回すべき場所があったのでは?」と思わざるを得ない服装である。

 真夏のビーチならともかく、この真冬の世界でそんな格好をしているなんて、確かにちょっと頭が可哀そうであると言わざるを得ない。


「あれ? あれあれ~? もしかして、この下、気になっちゃいます? もう~仕方ないですねぇ。貴方アナタになら、特別ですよ?」

 頬を染めながら体をくねらせる星詠みの魔女。恥ずかしそうに、胸の布を少しだけずらす。


 違う、そうじゃない。

 俺は決して、そういった視線で彼女を見ていないと断言しよう。


「ちなみにスリーサイズは上から、87・59・89のDカップです。あっ、もちろん単位は……センチメートル、ですっけ? とにかく、貴方の故郷せかいに合わせていますからご安心ください♪」

「知るか。そんなこと、聞いてない」


 駄目だ。会話が成立しない。

 これは本格的に頭の病気を心配すべきかもしれない。


 ……いや、ちょっと待て。

 この女の言葉に、引っかかるところが。

 今、こいつはなんて言った? だと?

「お前……!」

「キャハッ♪ やーっとステラちゃんに、興味を持ってくださいましたね?」

 彼女はここに来て、今までで一番嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。


「ではでは、可愛いステラちゃんの秘密をもっともっと教えてあげちゃいます! 好きなものは甘~いお菓子。趣味は天体観測。そして、特技は星占いっ! 貴方アナタの未来もバッチリの幸せ家族計画です!」

 だから! そんなこと聞いてねえよ!

「お前のことなんてどうでもいい。なぜ俺の事情を知っている? 放浪の魔女から聞いたか? それとも、それが“予言”の力か? お前の目的はなんだ?」


 見ず知らずの相手に俺の情報が知られていることが、なんとも気持悪く思える。

 それら怒涛どとうの疑問符に対し、ムスッとした彼女が返してきたのはたったの一言だった。


「……ス・テ・ラ」

「はぁ?」


 意味が分からない。俺にはその単語が、質問に対する回答だとは思えなかった。

 そして実際に、それは回答のつもりではなかったらしい。


「だーかーらぁ、ちゃんとステラって呼んでくださいっ! もしくはダーリン、あるいはハニー呼びでも可ですよ♪」

「……分かった。お前、ふざけているんだな?」

「あっ! でもでもぉ、愛情を込めてくだされば、“お前”呼びでも大変結構です! ステラちゃんも、貴方アナタって呼んでますし♪」

 翻訳魔法のおかげで言葉は通じているのに、会話が成り立たないという稀有な体験。ストレスで頭がどうにかなってしまいそうな気分だった。


 ああ。なんて不毛なやり取りなんだ。

 そういえば、ここ最近、放浪の魔女の姿を見ていないな。

 結局、この頭おかしい星詠ほしよみの魔女がヘーリオス王国に現れたことも伝えられなかったし、下手をすればアレックスたちがソフィアを連れて行ったことすらも彼女は知らないはずだ。


 クソが。全くこんな時に何をしてやがる。

 この痴女はあんたの知り合いだろ? 早くどうにかしろよ。


 もういっそのこと、無視を決め込もうかと思った。

 実際それができれば一番楽だ。

 しかし、次に星詠ほしよみの魔女が放った言葉が、俺にそうすることを許さない。

「いいんですか? ステラちゃんのご機嫌を損ねちゃって。予言をちゃーんと聞いておかないないと――なっちゃいますよ~?」

「……ソフィアが? どういうことだ、それは」

 突然に彼女の名前が出てきて、俺の内心は穏やかではなかった。


「えー、どうしよっかな~? 教えてほしいですか~? ステラちゃんの力が必要ですか~? いやー、人気者は辛いですね~困っちゃいます~♪ キャハッ♪」

「そういうのはもういいから。さっさと話せ!」

「うーん、そうですね……まあ、今日は初めてですし? 特別に対価なしで教えてあげちゃおっかなーって♪ 心の広ーいステラちゃんに感謝してください♪」

「……いい加減にしないと、今の俺は、気が短いぞ」

「もーう、せっかちさんなんですから。では、単刀直入に――」

 星詠みの魔女はたっぷりともったいぶったあと、ようやくその予言とやらを語り始めた。



「――この冬、戦争が始まります。

 戦場になるのは霊峰れいほうに守られし湖の国、レヴィオール王国。

 その地にて二人の英雄の末裔まつえい雌雄しゆうを決すでしょう。

 一人は黒い炎を引き継いだ黒騎士、クロード・フォン・ニブルバーグ。

 もう一人は守護と癒しの奇跡を引き継ぐ聖女、ソフィア・エリファス・レヴィオール。

 ちなみにこのままだと……もちろん勝つのは黒騎士、殺されちゃうのはソフィア姫のほうですよ♪」



 黒騎士。その名を聞いて俺の身体は凍りつく。

 再生の力すら焼き払う呪いの黒い炎。延髄えんずいに突きたてられた剣。敗北の嫌な記憶が次々とよみがえった。


 あの黒騎士とソフィアが戦う。

 それを聞いて、俺の脳裏にはあまりにも残酷な結末が描写される。

 そしてなにより、ソフィアの死を茶化すような星詠みの魔女の言い方は、俺の神経を逆撫さかなでした。


「テメェ……!!」

「まあまあ、落ち着いてください♪ そんな貴方アナタに耳寄り情報!

 なんと! 今なら運命が簡単に変えられちゃうのです♪

 他の誰でもない、貴方アナタがレヴィオール王国へ向かえば、ソフィア姫は救われます――なかなかロマンチックで、素敵な展開だと思いません?」

 星詠みの魔女は笑顔で俺に同意を求めた。




 ソフィア・エリファス・レヴィオールが世界の表舞台に返り咲いた影響は大きかった。

 その影響の一つは、連合国軍とレヴィオール王国を取り戻そうとする反乱軍の足並みがそろったことだろう。


 八年前の侵略戦争で、結果的に見捨てられた形となった元レヴィオール王国民。

 そのため彼らは連合国を心から信用しておらず、不和の種を抱えた両者間のやり取りは本当に最低限だったらしい。

 戦力的に仕方がなかったとはいえ、同盟を結んでいたはずの味方に見捨てられたのだ。感情的に考えれば当然である。


 しかし今回、ヘーリオス王国を始めとする連合国側が正式にソフィアを、ひいてはレヴィオール王国の奪還と復興を支援すると声明を出した。

 さらに言えば、全てを投げ打ってソフィア姫を救い出した太陽の国の王子、アレックスの美談もなかなか効果的だった。

 そのおかげで最終的に、ソフィアという旗印を切っ掛けとして、連合国側の戦力が一つにまとまることができたのだ。


 また、ソフィアの育ての親とも言うべきディオン司祭の存在も大きかった。

 俺はこの時初めて知ったのだが、ディオン司祭は放浪の魔女が約束通り救出し、すでに連合国側に保護させていたらしい。

 連合国とメアリス教国内の反乱分子が手を組む布石はそろっていた。


 ソフィアの生存が公表されると同時に、メアリス教国内のディオン派がソフィア姫を正式に聖女として表明。

 その結果、聖女の正体が亜人のバフォメット族であったにもかかわらず、メアリス教国内の約三分の一が現教皇に反旗をひるがえしたのだそうだ。


 これは現教皇派が亜人を始めとして、多くの人間から恨みを買い過ぎたことも原因だろう。

 しかしそれ以上に、聖女として活動したソフィアとディオン派の面々の頑張りが実を結んだ瞬間であった。


「いわゆる嘘から出たまことってやつですね。実はソフィア姫、なんと本当に英雄の末裔まつえいだったのですっ!」

 星詠みの魔女が、ソフィアの血筋について語る。

「彼女に引き継がれているのは、守りと癒しの英雄の血。名前は確か……タカナシ・シロウ。貴方アナタの故郷で“小鳥が舞う”、いえ、“遊ぶ”と描く家名ですよね?」


 小鳥遊タカナシシロウさん、か。

 メアリス教で英雄としてまつられる、召喚された異世界人。

 彼は間違いなく地球人、それも日本人だろう。

 そして彼と、バフォメット族の“鎖の魔女”との間に生まれた子が、今のレヴィオール王家に繋がっていたのだそうだ。


「ちなみに、この事実を現教皇派は間違いなく知っているはずです。だからこそ、あの黒騎士、結界魔術を焼き払えるニブルバーグの末裔に王族の抹殺を命じたわけでしょうし」

 星詠みの魔女によって、次々と明かされる真実。


 聞けば前レヴィオール国王であったソフィアの父親も一流の結界術師で、八年前の最後の戦いでも勇敢にたみを守ろうとしたそうだ。

 そして、彼も黒い炎――クロード・フォン・ニブルバーグに殺されたのである。

 ソフィアにとってあの黒騎士は、大切な人たちを奪い去っていく忌まわしき死神のような存在だったのだ。


「さてさて、直接は無関係な国々からしても、えんを結びたいのはどちらでしょうか? 当然、裏切りと悪逆非道の黒騎士・教皇ペアよりも、癒しの英雄の末裔まつえいであるソフィア姫と、寛容なディオン司祭の陣営ですよね♪

 さらに、少なくとも三人の魔女――“放浪”、“鎖”、そして“星詠み”の魔女たちが、連合国側に肩入れしているとの噂が広がっています。

 こうして広がっていく戦力差! もはや両陣営の格差は圧倒的!

 、春が訪れ雪が解けると同時に両陣営の全面対決! その結果、教皇の首が処刑台にさらされることになるでしょう♪」

 笑顔でさらりと恐ろしいことを言う星詠みの魔女。ちゃっかり自分の二つ名を他人事のように白々しく語る。


「ならば、それで終わりだろうが。なぜソフィアとあの黒騎士が直接戦う理由がある?」

 俺はまだ、星詠みの魔女の予言に納得がいっていなかった。



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