黒い炎

 暖炉の前で微睡まどろんでいたソフィアが目を覚ました。

 どうやら編み物の途中で眠ってしまったらしい。

「あっ! いけない! いつの間にか眠って……」

 ソフィアの視界には、隣で寝そべっていたはずの魔獣の姿は映らなかった。

「あれ、魔獣さん?」

 呼びかけても返事はない。


 その声に膝の上で丸くなっているウサギも目を覚ます。

 彼女にもソフィアは尋ねてみた。

「ウサちゃんは、魔獣さんがどこに行ったかご存知ですか?」

 ウサギはフルフルと首を横に振った。


 気が付けば、いつもせわしなく働いている仮面ゴーレムたちも居なかった。そのせいか、暖炉の火も消えかけている。

 ソフィアは嫌な予感がした。

 急いで外に出る用意をしてエントランスへと向かう。

 そして扉を開くと――彼女が想像したとおり、まだ新しい足跡が森に向かって伸びていた。


 こんな雪の中。外へ出かける用事なんて、あるはずがない。

 それなのに、どこか遠くへ続いていく足跡。きっと、何か良くないことが起こったに違いないと確信する。

「そんな……もしかして……!」

 彼女の体は震えていた。


 ソフィアの不安を感じ取ったのか、ウサギも耳を立てる。

 すると何かを聞きつけたのだろう、一声鳴いてソフィアの腕から飛び降りた。

 そして彼女に向かってクゥクゥと何かを訴えかけるように鳴いた後、ウサギは森の方角へと駆けだした。

「案内してくれるんですね!」

 ソフィアは外套がいとうを着こむと、ウサギを追って走り出した。


 もし本当に何か良くないことが起きていたとして、自分が役に立つとは思えなかった。

 しかし少女はもう、じっと待っているだけなんて嫌だったのである。

 このまま魔獣が――一緒に過ごした誰かが居なってしまうことが、なによりも怖かった。


 少女の脳裏にフラッシュバックするは、悪夢の記憶。

 レヴィオール王国が炎に沈んだあの日。

 ディオン司祭を残して逃げ出したあの日。


 また何もできずに失うのは、もう嫌だったのだ。


 * * *


 俺は雪の降る中、黒い鎧を着た騎士と――おそらくクロード将軍と思わしき人物と対峙たいじしていた。


 無傷の騎士と、傷の修復をほとんど終えた俺。

 状況だけを見ればイーブンだが、実情は俺が一回死亡したところである。

 もちろん、ある程度の負傷は覚悟していた上での特攻である。しかし、ここまで一方的にしのがれるとは思っていなかった。


 そして、何より気になるのが、あの黒い炎だ。

 あの炎はいったいなんだ?

 なぜだかとても嫌な気配を感じた。


 まず黒い炎ってだけで、明らかに普通じゃないからな。もしかしたら呪い的な追加効果があるのかもしれない。

 あまり触れないよう、警戒はしておこう。


 それにしても、ああ。どうせこうなるんだったら、無理に交渉なんかしようとせず、遠くから氷柱つららでも飛ばして狙撃するべきだった。

 若干の後悔。しかし、今さら嘆いてもどうしようもない。

 すでに戦いの火ぶたは切られているのだから。

 そうこう考えているうちに、心臓の修復も完了する。


 覚悟を決めるか。

 ――さあ、第二ラウンドの始まりだ。


 徹底的に排除するか、交渉の姿勢を続けるか。

 その判断は今後の展開次第だ。


 ちなみに、手加減なんて器用な真似はできない。

 交渉を有利に持っていくためにも、一度は致命的な一撃を入れるのが最低条件である。


 俺は再び騎士に向かって駆ける。

 騎士は愚直に向かってくる俺を迎え撃つため、にぶく輝く剣を構えた。


 だが俺とて、同じやり取りを繰り返すつもりは毛頭ない。

 走りながら俺は体をひねる。

 そして、第三の腕とも言える丈夫で器用な尾を使って地面をつかむと、それを軸にして、体をぐるりと回した。


 騎士の視点からすれば、突然俺が消えたように見えただろう。

 その気になれば枝を掴んで全身の体重を支えられる尾。

 ダイナミックかつアクロバティックな動作でも、この程度なら余裕なのだ。


 尾の先端を軸に回転したことで、ちょうど騎士の背後に滑り込む形となる。

 俺はそのまま回転の勢いを利用して、裏拳のように腕を薙ぎ払った。

 しかし、相手の騎士も思った以上に、一筋縄ではいかないらしい。

 気配でも察したのだろうか、死角から振るわれたはずの俺の腕は、盾で真正面から受け止められてしまう。


 だが、まだ俺の連撃は終わらない。

 そのままさらに体をひねり、尾による追撃を決める。


 今度はほぼ全体重をかけた渾身の一撃。

 これは盾で防ぎきれるはずがない、面による圧倒的な質量攻撃だ。

 さあ、吹っ飛べ!!

 流石にこれには成すすべもないだろう――俺はそう思っていた。


 ――斬撃音。

 宙を舞ったのは、騎士の体ではなく、俺の尾であった。

「ガァ!?」

 予想外の痛みに、思わず声が漏れる。

 一瞬、何が起きたのか、俺は理解できなかった。


 実は、そもそもの前提が間違っていた。

 騎士が選択したのは防御ではなく攻撃だったのだ。


 俺の裏拳をしのいだ騎士は、向かってくる尾に剣を向けた。

 そしてすれ違いざまに、俺の尾を切り捨てたのである。


 カウンター気味に入れられた斬撃は、見事に俺の尾を両断した。

 宙を舞う自身の尾を見ても、断面の痛みを感じても、俺はすぐには切り落とされた現実を信じられなかった。


 バランスを崩し、地面を転がる俺。

 き上げられた雪が豪快に宙を舞う。

 転んでいる間にも、騎士のさらなる追撃が迫る。

 咄嗟とっさに俺は腕でかばうが、その腕を騎士は楽々と斬り飛ばした。


「グッ……氷の、壁!」

 俺は慌てて、呪文と呼ぶにはあまりにもお粗末な単語を並べる。

 地面から生えてくる氷の壁。

 それは騎士と俺の間に立ちはだかり、砕け散ることで次なる騎士の斬撃を防いだ。

 その隙に俺は飛び跳ねて距離を取った。


 ただの怪我なら、今までにも何度も負っていたが、完全な欠損は今回が初めてだ。

 再生にどの程度時間がかかるか不安になる。

 だが、すでに始まっていた再生。その感触からするに、完全回復までは数分もかからないだろう。


 流石は不死の魔獣ボディだ。頼りになるぜ。

 俺は与えられた不死性に、ひたすら感謝した。


 ふと、黒騎士の籠手にはめられた紅い宝石が輝いたのに気が付く。膨大な魔力が周囲から一点につどっていた。

 これほどの魔力が集まっているところなど、俺は今日まで見たことがない。

 必殺技的な何かが来る。

 獣の本能と、人だった頃にゲームでつちかった経験則が同時に警鐘を鳴らした。


「――炎よ!!」


 黒騎士が叫ぶと、紅蓮の爆炎が壁となって俺に襲いかかってくる。


 成す術もなく炎に呑まれる俺。

 恐ろしいまでの火力。

 体表が炭化し、一瞬で肺の中までもがかれる。


 俺は呼吸困難におちいったが……しかし、意外と平気だった。

 痛みを無視できるせいで変に余裕のあった頭の中では、本当に不死で良かったと、状況の割にやや呑気のんきなことを思っていた。


 炎の海が広がる。

 おそらく、さっき森を焼いていた魔術と同じものだろう。


 襲い来る熱風で、目を開けていられない。

 無理して開いてみても、視界に入るのはくれないの世界だった。


 ここで俺は一つの妙案をひらめく。

 ――互いの視界がさえぎられたこの現状、逆にチャンスではないか?

 修復しきっていない部分を無理やり動かすとかなり痛んだが、今こそ無理のしどころである。

 多少の痛みは無視して俺は駆けだした。


 黒騎士の放った炎魔術は確かに強力だった。

 森の一部すらをも焼き払うことができる超火力。

 避けようのない広範囲攻撃。

 並の実力者ではないと理解できる。


 見事ではあった。

 だが、不死である俺を殺すには至らない。

 そして紅蓮ぐれんの炎は俺をきながら、同時に俺の姿を覆い隠していた。

 すなわちこれは――わざわざ相手が、俺に有利な煙幕を張ってくれたに等しい状況!


 俺は炎を隠れ蓑に、騎士に対して横方向にダッシュした。

 眼球が片方火傷したため視界が不自由だったが、炎の発生源を目指して遠回りに、相手の不意を突けるようにひたすら走る。

 そして炎から抜け出した先――黒騎士のほぼ真横から、俺は獲物を目掛けて跳びかかった。


 ほとんど修復の完了した腕と尾を見て、目を見開く黒騎士。

 その驚きの表情。

 予想外だって顔だな。これはおそらく、例えばヒュドラなんかのように、傷口をけば再生できないとでも考えていたみたいだ。


 だが、甘い。

 その程度では、俺の再生は止められない!

 狙うは騎士の腕、剣を持つほうの手だ。


 俺は勢いをつけて思いっきり黒騎士の腕に噛みついた。

 バキッと音がして、籠手がひしゃげる。

 中の腕の骨も、無事ではないだろう。

 籠手にはめられた宝石が砕けて、雪と泥でぐじゃぐじゃになった地面に落ちた。


 俺は腕をくわえたまま、さらに首をひねる。

 そうすることで、騎士の腕を引き千切らんばかりにじ上げた。


 今度は騎士がバランスを崩し、地面を転がる。

 これで脱臼でもしてくれていれば、さらに儲けものだ。

 そして地面で仰向けの騎士に俺は跳びかかり、腕を叩きつける。

 泥まみれで寝転がされた騎士は、無様にも大地に押さえつけられた。


 ――流石にこの場面で不殺を主張するほど、俺は甘ちゃんではない。

 こいつを見逃せば、害されるかもしれないのはソフィアなのだ。


 この黒い騎士とソフィアの命。

 天秤に乗せるまでもない。

 もちろん、むやみやたらに殺すような真似はしないし、可能ならば交渉はする。

 それでも、敵対した相手ならば遠慮するつもりはない。


 たとえ人間相手であっても、敵は躊躇わず殺す――自分にはその覚悟があると、勝手に思い込んでいた。


 しかし、いざその場面に立ち会ってみればこれだ。

 俺は無意識のうちに迷ってしまったのだろう。

 幾らシカやオオカミを殺せても、人を殺す覚悟はまた別だったのだ。


 胸部の鎧を押さえつけたのは、その迷いの表れだ。

 合理的に考えるなら、頭を潰すか首の骨を折るべきだった。実際それが可能だったかどうかは別問題だが。

 そしてその迷いが、騎士に反撃の機会を与えてしまった。


 騎士の右半身から、黒い炎が溢れだす。

 俺はとっさに飛び退く。だが、片腕をその炎で焼かれてしまった。


 焼かれた腕に違和感。

 どうも修復が遅い。

 言葉で表現すれば、肉体を治す前に、別の何かを治しているような、まどろっこしい感覚。


 理屈は分からないが、奴の黒い炎は俺の再生力すらも焼いてしまうようだ。

 なんて厄介な能力なんだ! 俺は心の中で舌打ちした。


 だが、俺の目的は黒騎士に勝つことではない。あくまでもすべきは、こいつを追い返すこと。

 だから、もう充分だろう。

 俺の再生力に、こいつは脅威を感じているはず。

 それに、その骨が砕けた腕では、剣を握るのもやっとのはずだ。逃げられるチャンスが与えられれば、素直に逃げてくれるに違いない。

 俺は勝手にそう予想した。


「そろそろ理解できたか? 俺は死なない。お前に勝ち目はない。今すぐに立ち去るならば、見逃してやらんこともないぞ?」

 俺は外連けれん味をたっぷりに、騎士に向かって最終勧告した。


 黒い騎士が尻尾を巻いて逃亡を選択。この場面ならほぼ確実にそうなるだろうと俺は期待した。

 それなのに、勧告を突き付けられた騎士は――あろうことかわらったのだ。

 兜で顔は見えなかったが、あれは確かに嗤っていたはずだ。


「所詮は、獣の浅知恵だな」

 ひとしきり嗤った後、騎士は言った。

「……なに?」

「私の炎で焼かれた腕……再生が若干、遅いようだが。余裕が無いのは貴様のほうだろう?」

 騎士は表面が炭化した俺の右腕を指した。

「気が付いていないとでも思ったか? どうやら、私の黒炎は、貴様の不死を焼き払えるようだな」

 剣を構える騎士。

 それは、交渉の決裂を意味していた。




 俺たちは再び対峙たいじする。

 ここまで来れば、和解の道はもう有り得ない。

 ますます先ほどの千載一遇のチャンスを逃したことが悔やまれる。

 しかし後悔ばかりしても仕方がない。俺は頭を切り替えた。


 流石に三回目は、無闇に突っ込むような真似をしない。

 さっきのは言うなれば、尾を使ったアクロバティックな奇襲だ。相手の不意をつける奇襲が可能だったからこその特攻である。


 だが、もうそのような奇策は、俺に残されていなかった。

 そして、奴の出す黒い炎。

 あれで焼かれると再生に時間がかかる。

 その事実が判明した以上、迂闊うかつな突撃はできない。


 他に俺ができることと言ったら、魔術で多少の氷か冷気を操る程度だ。

 炎の魔術を扱うこの騎士とは相性が悪そうである。


 そう思った矢先、騎士の体から再び黒い炎が噴き出した。そして今度はその炎を騎士剣の刃にまとわせる。


 これは魔法剣……いや、この世界だと魔術剣とでも呼ぶのだろうか?

 とにかくこの一手で、あの剣は俺に対する特効性を手に入れたわけだ。


 ――本当に、人の嫌がることを的確にやってくれるな、あの騎士は。

 俺は内心、苦虫を噛み潰したような気分だった。


 一方で、全身に黒い炎をまとった騎士のほうも苦痛にゆがんだ声を上げる。

 単純に骨の砕けた腕が痛いだけなのか、それとも……あの黒い炎を扱うには、相応の危険リスクがあるのか。


 ――たぶん後者だな。俺はそう期待した。


 あれだけ強力な炎なのだ。

 それこそあの騎士は、可能であるならば常に黒い炎をまとっていてもおかしくない。

 しかし彼は黒い炎だけでなく、通常の属性魔術で出した赤い炎と使い分けている。

 つまりは……そういうことなのだろう。


 あの騎士は不死身の俺に対処するため、短期決戦に切り替えてきたようだ。

 騎士の突撃に備えて、俺は身構えた。


「ウォラアアアアアアアアアアア!!」

 先ほどまでとは打って変わって、獣のように吠えながら真っ直ぐ向かってくる黒い騎士。

 見た目的に、黒い炎が狂戦士化でもさせているのだろうか。

 これで攻撃力や素早さがさらに上がっているなんて、ふざけた展開は勘弁してほしい。


 素直に討ち合ってやる義理はない。

 時間経過による相手の自滅も期待して、俺は相手の妨害に全力を捧げる。


「氷の壁よ!!」

 せり上がった氷の壁が、騎士の進路を妨害した。

 だがその直後、氷の壁が砕かれる。

 回避はせず、正面から切り捨てたようだ。

 けれど、問題はない。

 すでに俺は次の一手を用意していた。


「氷の矢、用意――発射!!」

 壁で視界を遮り、その隙に用意した氷柱つららを一斉射撃。蒼シカがよくやってくるテクニックである。


 三本の氷柱つららは弾丸のように騎士を目掛けて飛んで行った。

 ――しかし、そのうち二本は見事にかわされ、最後の一本は盾で弾かれる。


 流石にこれは想定外であった。

 これでもイノシシやクマの頭を吹き飛ばす程度の威力はあるのに……戦況は俺に次の一手を繰り出せと急かした。


「クッ……氷の、剣山!!」

 足止めのため、氷の壁の代わりに数本の氷柱つららを地面から生やす。

 それらは思惑通り、騎士の体をつらぬいた――かのように見えた。


 実際は騎士の体から吹き出す黒い炎に、氷の剣がかされていたようだ。

 騎士が剣を薙ぎ払うと残りも跡形なく消え去り、結果的にほんの少しの時間稼ぎにしかならなかった。


 クソッ! これがこいつの本気か!!

 ふざけるな、こんなの反則チートだろ!!

 俺は心の中で悪態をく。


 黒い炎を自身の肉体と剣に纏う騎士。

 その命を燃やすような進撃は止まらない。

 雪と泥でぐちゃぐちゃの地面で滑って転ばないかと淡い期待をしたが、当然のごとく無駄であった。


 迫りくる黒い炎。

 振り下される騎士剣。

 俺はそれをサイドステップでかわす。


 一瞬、ここで退こうか迷ったが、ここで多少距離を取ったところで、その後はどうする? 次もかわせるとは限らない。

 そう、退いたらそれこそ後が無い。

 だから俺はあえて前へ踏み出し、突進した。


 再びの、質量と力による純粋な攻撃。

 今度はカウンターも取れないタイミング。

 これにより俺は牡牛のように捻じれたツノを相手に突き立てる……つもりだった。

 しかし、ありえないことに、俺の突進はから受け止められていたのだ。


 サイズ比的には野牛バッファローの突進が受け止められたような状況。

 常識的に考えて、おかし過ぎるだろう。

 なんだよ、この怪力。

 質量差とか物理とか、どうなっているんだよ!

 もしかして、本当に黒い炎で肉体が強化されているのか!?

 今さら此処でそんな考察をしたところで意味はなく、俺は真正面から力で押し負けた。


 盾に押し込められ、数歩下がったところで黒い炎が俺に襲いかかる。

 視界が燃えて、黒ずんで、そのまま闇に落ちた。


 眼球をやられたらしい。

 視覚を封じられ、俺は怯んだ。


 目が炎に潰されたその隙に、また腕を斬られる。

 黒い炎を纏った剣で斬られた損傷は、予想通り再生がにぶい。


 さらにふところに入り込まれ、今度は腹を切り上げられる痛みがはしる。

 その痛みに漏れる俺のうめき声。

 俺は残ったほうの腕を振り下して、破れかぶれに反撃するも、それすらかわされた。


 もはや何が起きているのか、全然把握できていない。

 俺は視界の戻らない暗闇の中で無茶苦茶に腕を振り回すが、とっくに黒騎士によって背後を取られていたらしい。

 容赦なく尾と脚の腱を斬られ、俺は地に倒れ伏した。


 諦めず残ったもう片方の足と腕でなんとか立ち上がろうとするも、その直後、首に剣を突き立てられる。

 ゴリっと、首の関節が切断される激痛が走った。

 生体の中で一番太い神経の束が切られた痛み。流石に今までの無視できたような痛みとは比べ物にならない。


 ――だが、なぜか剣を突き刺したまま、騎士が剣から手を放したのが分かった。

 てっき首を斬り落とされると思ったが、俺の首は繋がったままだ。


 どうした? ここに来て手心とは考えにくい。

 首の骨が意外に硬くて、切り落とせなかったのか?

 しかし好機である。この程度、たとえ黒い炎でかれようと、すぐに修復して――。

 反撃しようとしたところで、俺は違和感に気が付いた。


「体がッ……!?」


 動かせない。

 首から下が、ピクリとも動かせない。

 繋がらない。

 突き立った騎士剣が背骨の修復を邪魔しているのだ。


 此処でようやく、俺は黒い騎士のたくらみを理解した。

 脊髄が、神経が繋がらなければ、生き物である以上は絶対に体が動かせない。


「これなら動けなくなるか。予想通りだな」

 黒い鎧を着た騎士が言った。

「たとえ不死を自称しようとも、お前には再生力があるだけだ。いくらでもやりようはある――勝負ありだ」


 俺はめしいた暗闇の中で、自分が完全に敗北した現実を理解した。



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