中途半端な晩餐会

 メアリス教国によるレヴィオール王国の侵略。

 その戦いで王族は一人残らず殺されてしまったと、表向きにはされているらしいが――実際はこうしてソフィア姫が俺たちの目の前にいる。


 きっとそこには隠された壮大な物語ドラマがあったのだろう。

 メアリス教国とやらのせいで、悲劇一色には違いないのだが。


「……うん、やっぱ宗教ってクソだな」

「なんじゃその大雑把おおざっぱな感想は……他人事のように言うておるが、お主の世界の宗教も大して変わらんぞ」

 魔女はジトっとした目で俺を見ながら言った。ちなみに、後半はソフィア姫に聞こえないよう小声だ。

「悪いが、俺は無宗教だ。ついでに言えば、神や聖書なんて詐欺師の道具だと思っている」

「これはまた、なんちゅう暴論を……」

「自分のしたことを正当化するために、存在すらはっきりしない絶対的な偶像かみを利用する……そんな詐欺師まがいの集団なんて、俺は嫌いだな」

 てか、そんなやからなんて、悪党じゃなければテロリスト予備軍みたいなものだろ。

 我ながら酷い偏見である。しかし、そうとしか思えないのだから仕方がない。


 一応フォローしておくと、何も宗教全般がそうだと思っているわけでない。

 それが誰にも迷惑をかけず、ちゃんと救いとか社会規範になっているのなら特に文句もないさ。


 個人としても、教養として学ぶ分には、それなりに納得できる側面だってあると思っている。言うなれば、一種の哲学みたいなものだ。

 それに同じ宗教であっても、宗派や語り部によって受ける印象は様々である。


 だが、その振る舞いを聞く限り、メアリス教は明らかに駄目なタイプの宗教だった。


 魔女が説明することには、メアリス教は一神教らしい。

 こんな意見で悪いが、一神教というのは特に駄目だ。

 彼らは他の宗教の神――すなわち自分と異なる価値観を認められない。

 その難儀な性質上、無条件に自分たちの優位を絶対視する傾向にある上、どうしても寛容の心を失いがちである。


 もちろんこれは俺の偏見だ。

 でも女神が転生しちゃうゲームとかでもそうだったし、こう思っているのは俺だけじゃないはず。誰も表立って口に出さないだけで。


 実際問題、自分たちの信じる神が一番偉いと信じて疑わない宗教関係者ってどうだ?

 多くのフィクション作品において、担当しているのは悪役だろ?

 七つの大罪でいうなら“傲慢”の罪だ。

 例外はもちろんあるが、どちらにせよトラブルメーカー扱いが当たり前になっているあたり、少なからずこの認識が周知の事実であるのは間違いないだろう。


 そして俺の場合、そういうのを抜きにしても、単純に嫌いだった。

 要は救いとか、人として守るべき道徳とか、あるいは綺麗事をいつわって金儲けの道具にしているやつらが嫌いなんだ。


 身も蓋もないことを言ってしまえば、俺が信じていないのは、神ではなくてだ。


 例えば、神の名の下に己のおこないを正当化する――そんなのまるで、トラを借るキツネじゃないか。

 あるいは、自分で決めた戒律ルールを裏では平気で破っておきながら、知らん顔をしているタヌキと呼ぶべきか。


 本人はただの欲望にまみれた脆弱ぜいじゃくな人間であるくせに……とにかく俺は、宗教関係者に限らず、そういったやからが大っ嫌いだった。




 メアリス教の主な特徴としては、その教えの中で救いをもたらすのが英雄であることが挙げられる。

 英雄とは、かつて異世界から召喚された人間のことだ。


 聖女メアリを始め、今でこそ聖人ではなく神に等しき存在として扱われているが、元々は彼らもまた俺と同じように異世界から来た普通の人間――こちらの世界でいうところの真人族だったと言われている。


 そして例のクロード将軍とやらも彼らの子孫だそうだ。

 噂によると、先祖の英雄と同程度かそれ以上の能力を有しているらしい。

 具体的には、人間同士の戦争なら数万人単位の戦力差でも一人でひっくり返せるとのこと。

 ……なにその人間超兵器? 戦術と戦略の境界がぶち壊れているんですが。


 それで、八年前に死んだはずのソフィア姫、つまりレヴィオール王国の正統な支配者が生きているのはメアリス教国にとって都合が悪い。

 だからクロード将軍に追われているんだな。

 なんとなく、話の筋が繋がってきた。


 実際はもっと複雑な事情があるかもしれない。だが、表面だけ見ればは単純な話である。

 安っぽいラノベでありがちな設定。

 まあ、この辺は俺の勝手な想像に過ぎないが、おおむねあっているだろう。


 それにしても……かつて召喚されたという英雄たち。もしかして彼らも、俺と同じく地球出身だったりするのだろうか?

 魔女の解説を聞きながら、俺はそんなことばかり考えていた。


「――と、メアリス教についてはこんなところじゃな」

「ああ。とりあえずソフィア姫がメアリス教国に追われている理由。それとクロード将軍がメアリス教の中でもヤバいやつだってことは把握した」

 魔女は疲れたような表情で俺を見ていた。

「本当にちゃんと聞いておったのか? 儂が長々と説明したのはなんだったのじゃ……まあ、その程度でも理解していれば十分じゃよ」

 仕方ないだろ。

 こんな歴史書やラノベにありふれた話、特別な感想をもてと言うのが無茶だ。


 それとも何か? 本当はもっと違うところが大事なのに、俺の理解力が足りていないのだろうか?

 だが、残念なことに、俺は頭が良くないのだ。

 軍事とかミリタリーとか、あと政治的な話はさっぱりである。

 俺だって、できるものなら智将ぶりを発揮したい。


「なあ。それなら尚のこと、この城でかくまうよりも、もっと遠くに逃がしたほうが良いんじゃないか? あんたなら、その気になればどうとでもできるだろ」

 俺は疑問に思ったことを魔女に尋ねた。

「メアリス教の影響力は大陸全土に及ぶ。じゃが、この地に留まる冬の呪いは、あらゆる生者を遠ざける。ソフィーがこの地に入ってこられたのは偶然が重なった奇跡のようなもの。『運命』によってお主との縁が結ばれたがゆえのことじゃ」

 うん。何を言ってるか分からん。

「……つまり、それはどういうことだ?」

「この城にいるのが一番安全ってことじゃよ」

「なるほど。そう来るわけね」

 魔女が適当なことを言っているだけかもしれないが、とりあえずソフィア姫がこの城に居たほうがいい理由も分かった。

 どうやら俺にかけられた魔法は、運命の相手を俺の元へ導くのみならず、簡単に追い払うことも許してはくれないらしい。

 まあ、そうじゃないと話が終わっちゃうしね。仕方ないか。


 ここまでの話を踏まえて、俺はソフィア姫をどうするかについて考える。

 ……とはいえ、結論などすでに決まっていた。


 今の話を聞いた以上、外に放り出すのも胸が痛むからな。

 それによくよく考えたら、彼女を急いで追い出す理由もない。

 積極的に関わらなければ、俺の魔法が解けるきっかけも無いだろう。


 結局のところ、例のバラが散ってしまうまで、貞操を守り抜けさえすれば俺の勝ちなのだ。

 幸い魔女と知り合いのようだし、多少滞在期間が延びたところで彼女に押し付けておけば問題ないはず。


 よし。今後の方針は決まった。

 ソフィア姫に向き直って俺は言う。

「貴女の事情はうけたまわった。望むならば、ほとぼりが冷めるまでこの城に居ればいい。何か困ったことがあったらそこの魔女に言え。彼女ならなんとかしてくれるはずだ」

 ついでにしれっと、彼女の世話を魔女に押し付ける。これで完璧だ。


 なぜ修道服を着てるの? とか、いろいろと謎は残っているが、聞く必要はないだろう。

 あまり楽しい話題ではないし、根掘り葉掘り聞くのも可哀そうだ。

 そして何より、


「その温情に感謝いたします」

 そんな俺の内心も知らないで、ソフィア姫はやうやうしくお礼を言った。




「さーて、今後の方針も決まったことじゃ。そろそろ食事を始めようかの」

 俺たちの話の行方を見守っていた魔女が言った。

 その声は心なしか明るかった。一応魔女の立場からしても目標は達成されてわけだからな。それとも、よほど腹が減っていたのだろうか。

「ふむ、そうか」

 食事の時間が始まるのならば、俺は出て行ったほうがいいだろう。

 俺はおもむろに席を立つ。

 美少女との食事に同席できないのは少々名残惜しい気もするが、俺は食事を必要としない。二人はゆっくり食事を楽しんでくれ。

 しかし、扉に手をかけたところで、慌てた様子の魔女に呼び止められた。

「ちょ、待て待て待て! お主、なぜ自然に出て行こうとしとるのじゃ?」

「いや、なぜって……俺は食わないし、居てもしょうがないだろう?」

 俺は当然の理屈を言ったつもりだったが、魔女はとても深いため息をついた。


 じゃあ何か? ここに残って芸でもしろと?

 某アニメの顔がついた燭台しょくだいのように、ディナーショーでもさせるつもりか?


 ルミ○ール! コグス○ース! ポッ○夫人! そしてアンティークな家具や食器たちによる不思議なディナーショウ!


 馬鹿か。そんな愉快な使用人連中、俺の城に居るわけがない。

 どうしてもって言うなら、そこらの仮面付けたゴーレムたちでも踊らせとけや。


 なんて下らないことを考えている俺に、魔女が残念なものを見る目で言う。

「あのな、お主はものを食べる必要がないだけであって、別に食べられないわけではないのじゃろ? それに食事は皆で楽しむものじゃ」

 つまり俺にも同席しろということか?

 面倒くさいなあ……。

「先に言っておくが、俺はテーブルマナーとかそういうのはよく分からんぞ?」

 こんな貴族みたいな部屋で、仮にも王族と「食事を楽しもう」とするなら、飲み食いよりも会話が大事になるんじゃないか?


 教養のあるブルジョワみたいな、ウィットに富んだ皮肉の応酬。

 とてもすごいな、と思いました。

 俺にはとてもできない。


 第一俺は、食事は一人で黙々と食べる派だ。

 会社の飲み会とか社交的な付き合いみたいな場合は渋々参加していたが、はっきり言って良い思い出はない。

 自費参加で好きでもない酒を飲まされた挙句、大体乾杯の後はIT土方プログラマ組だけで職場に直帰して、仕事を続行する羽目になるからだ。

 年末年始のデスマーチは、IT業界の風物詩である。


 なんであいつら、あんなに飲み会開けるほど暇だったんだろうな? 一応同じプロジェクトのメンバーだったはずなのに。

 百歩譲って、設計書が白紙なのはまだ許そう。

 ただし仕様書、テメーは駄目だ。

 上流工程を気取るなら、せめて仕様書ぐらいはきちんと仕上げてから仕事したと言い張ってほしい。

 作るモノすらろくに決まってないのに、プログラマに仕事を発注って、何を考えて生きているんだ?

 それで「納期が迫っているから最優先で」って、いや仕様が固まってないじゃん。お前らはお客様になんのシステムを提供するつもりなの?

 本当はお前らが一番焦るべきなんだよ? そこのとこ分かってる?

 俺たちのデスマーチって、基本お前らの尻ぬぐいってか、皺寄せを受けた結果だからな?

 営業や管理職とつるんで開発チームに仕事と責任押し付けてんじゃねーよ。

 まあ、そんなこんなで……俺はこういった食事会イベントが好きではないのだ。


「お主に会話や社交性なんてものは期待しとらん。つべこべ言わず席に着くのじゃ!」

 俺は有無を言わさず連れ戻された。

 魔女に逃がしてくる気はなさそうだ。


 ……まあ、社畜だった頃と一緒に考えてもどうしようもないな。

 それに、どうやら俺は何も食べなくても大丈夫だが、食べ物を食べられなくなったわけでもないらしい。知らなかった。

 ならば誘ってくれていることだし、せっかくのタダ飯だから俺も食べてみようか。実はコンビニ弁当以外のまともな食事は久しぶりである。

 いざ食べると決めたら、少しだけ楽しみになってきた。


 * * *


 仮面のゴーレムたちが料理を持ってくる。

 本日の晩餐メニューはパンと野菜スープと白身魚の……ムニエル? みたいな料理だ。

 ……おい、俺が肉を獲ってきた意味は!?

 と、そう一瞬思ったが、そもそも何も獲ってこられない想定だったんだっけか。この食事も、その前提で準備していたんだろうな。


 しかし、昨日までは夜が訪れれば、そのまま夜の闇に城中真っ暗だったからであろうか。こうしてキラキラ輝くシャンデリアの光に照らされていると、同じ城の中なのに昨日までと違った気分に感じる。

 久々の文明的な夜だ。


 そういえば、仕事の付き合い以外で、誰か他の人間と食事するのも久しぶりだ。

 少なくとも社会人……というか社畜になってからは、昼食はデスクで仕事しながらだし、夕食は深夜に一人でとるのが当たり前だった。


 目の前にある、なんとなく高級感漂う料理。

 お高いレストランでディナーとか食べるとこんな感じなのだろうか。

 いずれにせよ、一か月ぶりの食事だ。

 ここは素直に楽しませてもらおう。


 仮面ゴーレムたちがそれぞれのグラスにワインを注ぐと、魔女が音頭をとる。

「葡萄酒は行き渡ったか? では、いただくとするじゃ!」

 あ、こっちの世界にもその挨拶あるのか。翻訳した結果そうなっただけかもしれないが。

 横目で見ると、ソフィア姫も胸の前に両手を組んで、食物の恵みに感謝の祈りを捧げていた。


 俺は食前酒のワインに口を付け、早速野菜のスープに手を伸ばす。

 スプーンですくって、口の中に注ぎ込む。


「んむ?」

 なんというべきか……味が薄い。


 健康志向の塩分控えめスープなのか? それとも、こっちの世界ではこれが普通なのか?


 そういえば……地球の歴史でも、地域によっては塩が貴重品だったはずだ。この世界の文化水準が中世ヨーロッパとかそのあたりだと仮定すれば、これは妥当な味付けである。

 俺は素材の味が生きている野菜スープをいったんわきに置いた。


 次はメインディッシュの魚に手を伸ばす。

 しかし、ナイフを入れると妙な違和感。

 切り口を見ると新鮮な状態の魚の身が見えた。


「こ、これは……!?」


 なんだ?

 ……え、本当に何これ? まさかの生焼け?


 いやいや、そんなはずがない。

 きっと白身魚のレアステーキ的な料理なのだろう。


 俺は切り取った一切れを口の中に入れた。

 しばらく口の中でほぐしながら味わってみる。


 うん。なんか……微妙だな。

 焼けた表面は温かいが中はひんやりしているし、触感もちぐはぐだ。


 炙った寿司とも違う。とにかく中途半端な感じで、かかっているソースとも絶妙に合っていない。

 簡潔に言ってしまえば、俺の口には合わなかった。


 ……まあ、高級料理なんて、しょせんこんなものか。

 きっとこれが繊細な味と評されるものなのだろう。貧乏舌の俺には理解できないが。


 期待していたわけではない。でもなんか夢が壊されたような残念感がある。

 俺はそっとフォークを置いた。


「すまぬ……」

 魔女がおもむろに口を開いた。

「……どうした?」

「ゴーレム共に料理も任せてみたが……あやつら、表面しか見ておらんかったようじゃ……中まで火が通っておらぬ」


 ……そうか、中まで火が通っていないのか。

 それってつまり――。


「やっぱ生焼けじゃねえかぁ!!」


 俺は叫んだ。

 なにが『きっと白身魚のレアステーキ的な料理なのだろう』だ。真面目に考察していた数分前の自分が恥ずかしい。


 俺が心底がっかりしてテーブルに突っ伏していると、反対側からクスクス笑う声が聞こえた。

 振り向くとソフィア姫が面白そうに笑いを堪えていた。

「ご、ごめんなさい……でも……フフフッ」

 どうやら俺のことをずっと見ていたらしい。俺の百面相が、たいそうおもしろかったみたいだ。

 魔獣が首をひねりながら食事している光景はさぞコミカルではあったと思うが、そんなに面白かったのだろうか?


 それとも単に、箸が転んでもおかしい年頃ってやつなのだろうか。

 幸いなことに、彼女に笑われていても、馬鹿にされているような嫌味な感じはしなかった。


 一緒に居る女の子が、楽しそうにしている。

 そう考えると、意外と不快な気分ではなかった。


 そして――いつの間にか、俺の口元も自然と笑っていた。




 ふと、俺は気付く。

 こんな風に笑うのは、久しぶりのことだと。

 誰かと、こんなにも楽しい気分で食事をするのも、久しぶりのことであった。


 出された料理こそ、あまり美味しくない失敗作だったけど……俺はこの食事会でそれなりに満足できた。

 だから、この機会をくれた魔女には、少しだけ、本当に少しだけ感謝しよう。


 だが、魔女の思惑に乗るつもりは無いから、それだけは忘れないでほしい。

 それだけは、絶対に譲れないのだ。



 ちなみに、魚は魔女が火の魔法で焼き直した。

 味は普通だった。



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