*8* お悩み相談受付中。
放課後デートはお預けになってしまったものの、大切な親友の一大事である。しかもずっとずっと応援していた恋路だ。それも元・攻略対象キャラクターと、モブというには華やかすぎるけれど、ゲーム本編には全く出てこなかった令嬢の恋。
こんなに興味の尽きない恋バナがあるだろうか? いいや、ないね!!
喪女は何タイプかいるだろうけど、私は人の恋バナが好きなタイプなので、是非恋愛に悶えている親友の話を聞きたい!!
――とはいえ、温室で話をするにもカーサ達は卒業する時に自分達のマグカップを持って帰ってしまってお茶の用意が出来ないので、せっかく着替えたのだからと当初の目的通り街に出ることにした。
ラシードのお店から距離を取りたいというカーサの要望を聞いて、クラウスが「それだと、あの店の客層が利用しなさそうな店が良い」と冷静な助言をしてくれたので、若いお客さんの少ない落ち着いた雰囲気の喫茶店に入ることにする。
初めて入ったはずの店内は、オーク材の家具や焦げ茶と白で統一され、漂う挽きたてのコーヒーの香りがすぐに肌に馴染む。店を選んだというより、店に呼ばれたみたいな空間だ。
私とカーサの後から入って来たクラウスも気に入ったようで、私と目が合うと「次は二人で来よう」とそっと耳打ちしてくれる。おっと止めて……番星になって早々に不意打ちでお星様になっちゃいそうだから。くそう、こっちばっかりドキドキして悔しいぞ。
初老のマスターが「おや若いお客様とは珍しい。お好きなお席にどうぞ」と声をかけてくれたので、私達は一番奥の席に移動した。入店した直後から美味しそうなコーヒーの香りが気になっていたので、迷うことなく三人でオリジナル・ブレンドを注文する。
そして待つこと五分ほど。テーブルにコーヒーと、マスターの気遣いなのか温められた牛乳の入ったピッチャーが並べられた。たぶん“苦かったら入れなさい”という優しさなのだろう。こういう小さな気遣いは嬉しいね。
マスターがカウンターの中に戻って行ったのを皮切りに、カーサがぽつりぽつりとその求婚事件の真相を語り始めた。話を全て聞き終わり、語彙の少ない私の口から出た言葉と言えば――。
「はぁ~……それはまた、カーサらしい格好良い求婚をしたねぇ。何かこう、同性でもときめいちゃったよ」
ここのコーヒーは深煎りタイプで、半分ほど飲んでから牛乳を加えても充分美味しく飲むことが出来るから、話の途中でついもう一杯ずつ注文してしまった。牛乳も新しい物を持ってきてくれるマスター。
むう、もし次回ここでクラウスとお茶をするにしても、最初からカフェオレを頼む選択肢はないなぁ。隣のクラウスを盗み見ると同じことを考えていたのか、視線がぶつかってちょっとだけ照れてしまった。
「ふふっ、そんな風に気を遣ってくれてありがとうルシア。だがワタシは出来ることならあの晩の記憶ごと消えたい」
私達が甘い雰囲気になりかけていたその時、乾いた笑いと共に酷く落ち込んだカーサの発言が耳に入ってきて、一瞬でも自分の幸せに浸りかけていたことを心の中で詫びる。これでは前世よく耳にした“女の友情は男が出来たら壊れる”という逸話通りになってしまうところだ。
そんなことはない! むしろこの恋愛相談を上手く纏めて、何としてでも二人の結婚式に呼んでもらいたいからな! 密かに憧れだったんだ……同性の友人の結婚式に呼ばれるの。その第一号がカーサだったら文句なしだもん。
「いやいや、それは勿体ないよ。せっかく勇気出して告白したのにさ。まだラシードから直接返事を聞いた訳じゃないんでしょ?」
「それはそうだが……客数が少なかったとはいえ、衆目の前で酒を飲んで大声で絡んだ後の告白は……男だろうが女だろうがないだろう」
恋愛初心者な私の発言に説得力があるとは端から思っていないものの、カーサの落ち込みぶりは見ていて辛い。何とか前向きな姿勢にさせられないものかと縋る思いでクラウスを見れば、彼は片眉を上げて少しだけ考え込む素振りを見せる。
「確かにそれだけ聞けば子女としてはかなり問題があるように感じるが、ラシードはそんなことを気にする男ではないだろう」
うん……知ってた。クラウスの方が援護は苦手だろうなって。その言葉に一瞬だけ表情を強ばらせたカーサを見て、慌てて援護をし直すことにした。
「そ、そうだよ。ラシードは享楽的な性格はしてるけど、短絡的ではないし。その同僚の馬鹿男達が絡んできた時だって、カーサが庇おうとしたのを遮って話を付けてくれたんでしょう?」
これは我ながら、なかなか良いところを突いたのではないかと自画自賛しかけたのだけれど――。
「だが……ラシードの性格からして酒の席がそれ以上荒れて、店側に迷惑をかけるのが嫌だっただけかもしれない」
ああ~……その解釈の仕方もあながち間違ってはいないような気もするけど、ここでそれに“うん”って答えたら拙いよねと思っていたら「成程、そう言われるとそうな気もするな」と素直に隣で答えちゃうクラウス。ここでそれを言っちゃあ、この会話が終了しちゃうでしょうが!
「うん、もう、クラウスはちょっとお口閉じてて。カーサも悲観し過ぎは駄目。むしろあのラシードだよ? 面倒くさいことが嫌いで、そういうファンの女の子には甘い対応を見せなかったラシードだよ? 全く好意を持ってない相手の唇スレスレにキスなんてしないってば」
私がこの孤立無援の戦場で思い浮かべる援軍は、哀しいかな、会話の主役である気遣い系オネエさんである。何としてもラシードをこの集まりから失う訳にはいかない。
次の言葉を探す私の隣では、素直に言いつけを守り待機の体勢に入ってコーヒーを味わっているクラウス。ああ駄目だ、可愛い。尊くて気が散る。
「……何だかルシアの方がワタシのような男女よりも、ずっとラシードに似合いのような気がしてきた」
すると、思案している姿を押し黙っているのだと勘違いしたカーサが、急にとんでもない発言を投下する。コラコラ、そういう思い込みが簡単なはずの問題を、少女漫画や乙女ゲームの事案みたいにややこしく――。
「それは駄目だ。今のルシアは俺の番星だからな」
「そうそう、駄目だよ私はクラウスの――……って、それ今言うようなこと?」
おお、何をシレッと言ってるんだこのタイミングで。しかも待機時間が短すぎやしませんか? 隠すようなことでもないけど、乙女ゲームとか少女漫画のお約束だと、何故か付き合い始めは周囲に秘密にするものかと思っていただけに、この突然の報告には驚いたよ?
「今でないと面倒なことになりそうだと思った」
うぐ……確かに乙女ゲームとか少女漫画だと、それで後々揉めていたような気もするけど……って、悲しいくらい私の中での恋愛が漫画とゲームに偏っているなぁ。
「いやいやそれにしたってさぁ、こう、相談されてる内容的にも、今言う台詞として不適切ですか、ら?」
涼しい顔でコーヒーを口にするクラウスの肩を揺すっていたら、目の前で急にカーサがガバッとテーブルに突っ伏してしまった。しかもその肩が小刻みに震えている。これは泣かせてしまったのでは――!?
そう思った私が慌てて突っ伏したカーサの肩に手を置こうと伸ばしかけたけれど、逆にガッと凄まじい握力で手を握り締められてしまう。カーサの掌は女性のものにしては硬くがさついていて、それだけ剣を頑張っているのだと思うと尚更この甘いお話が纏まって欲しかった。
カーサの結婚式でこの健気な娘の頬を叩いた父親と、それを止めなかった母親を見てやるんだからな! あの……でもそろそろ離してくれないと、小指がヤバそうな軋みを上げているんですけど。
私の頬が引きつっていることに気付いたクラウスが、カーサの指を一本ずつ引き剥がして救出してくれなかったら、私の小指の骨は今頃ポキッといっていたに違いない。
ただ、あれです。今度はクラウスが手を離してくれないんですが? 今日は私の手が大人気の日なのか、何この罰ゲーム。いや、ある意味ご褒美だけど……これも今じゃないですよね?
こういう時は世の女の子達はどうするんだ? 大人しく手を握られたままなのか、親友の一大事なんだから“今はそんなことしてる時じゃない!”と突っぱねるのか。悩むなよ……後者だろ、私の馬鹿。
そう短い一人脳内会議を終えた私が、クラウスの手から逃れようと気合いを入れた次の瞬間。
「――ルシ、ルシアっ!! それは、ほ、本当なのか!?」
カーサが手を握ってきた時同様にガバッと顔を上げたかと思うと、某画面から這いだしてくる系の彼女みたいな姿で身を乗り出して来る。顔が綺麗である分余計に鬼気迫って怖い!?
思わずヒュッと喉がなったけれど、それでも何とか「あ、はい。そうでありますデス」と言葉を発せた自分を褒めたい。チラッと隣を見やれば、そこには少しだけ嬉しそうに唇の端を持ち上げるクラウスがいた。んん……はにかみスチルご馳走さまです!
「そ、そうか、そうかっ……よ、ようやく……良かっ、良かったなぁぁぁ!!」
男らしく咽び泣いてくれるその姿に目頭が熱くなるけれど、あれ? 何で私がクラウスのこと好きなの知ってるんだ? いや、カーサに訊くまでもなく情報提供元はあのオネエさん以外に考えられないけど! 別に口止めしたことはなかったけど、それにしたって普通言うかなぁ!?
――と、内心ここにいないラシードに立腹していたのだけど、次のカーサの言葉でラシードに謝罪する気分になる。
「うぅ、ぐすっ、取り乱して、すまなかった。二人共あんなに意識しあってたのに、少しも進展、しなかったから……もう、領地に戻るまで、知らないままなのかとワタシは……!」
――私の心がダダ漏れでしたか、すみません。そんなに生暖かく見守って頂いていたのかと思うと……穴があったら飛び込んで悶えたい。だけど今都合の良い聞き間違いじゃなければ“お互いに”って言った?
まさかねと思ってもう何度目かの“隣を見る”を実行すれば、クラウスが何か訊きたそうな視線を寄越すから、ヤブヘビな事態を避ける為に再び前を向く。これ以上顔が熱くなるような恥ずかしい事態はお断りです!
目の前で感極まって再びテーブルに突っ伏してしまったカーサに、カウンターの中からマスターがこちらを心配して視線を投げかけてくれるから、それに苦笑しながら“大丈夫です”と頭を下げる。
それにしても人の為にここまで泣けるなんて、カーサは本当に良い子だなぁ。こっちまでもらい泣きしてしまいそうだ。しかし何だろう、凄く嬉しいのだけれど――この号泣ぶりの前に“一年間だけの契約だけどね”と言ったらクラウスの命が危ない気がする……。
そこで私はせめてこの一年間は恋人同士を楽しみたいので、クラウスが余計なことを言い出さないうちに、サクッとこの議題のまとめに入ることにした。
「そんなに心配なら、もう一回シラフで告白し直したら良いんじゃない?」
しかしこの私の発言に絶句したカーサを、ちらりと見たクラウスが短く一言。
「要は振り出しに戻る、だな」
その言葉にゴツンと大きな音を立てて、テーブルに頭突きをかましたカーサが今度こそ沈黙する。何ということだ……この場でカーサにトドメを刺したのは、他の誰でもなく私だったのか。
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