第41話 自分で選ぶ

 


 時刻は13時57分。

 一行は厨房へと向かう途中だった。



 セシリアがグリムとユンに両手を引かれて先頭を歩いていると、ユンが思い出した様に口を開く。


「そう言えばグリム、お前のお父さんって厨房でコックやってなかったっけ?」


 そんな問いに、グリムは飄々とした様子で答える。


「そうだねー。多分今日も元気に出勤してると思うよ」

「厨房がどんなところか俺は知らないけど、お前は『もし親と鉢合わせしたら気まずいな』とか思わねぇの? 俺は庭園でちょっと気まずかったぞ」


 ユンの言葉を引き継いで、今度はゼルゼンが苦い顔をしてそう言った。



 午前中の移動では子供達の間に隙間が多く列が間延びした状態になっていたが、昼食時に色々と皆で色々と話をした事が功を奏したのか、午後に入ってからの移動は互いの隙間が狭まり、自然と集団行動らしくなった。


 そのため依然として一行の最後尾を務めるゼルゼンにも、先頭を歩くセシリア、ユン、グリムと普通に声のやり取りが出来ている。



 ゼルゼンの疑問を受けて、しかしグリムは全くと言っていいほど動じていない様だった。

 父に鉢合わせするかもしれない状況でも、相変わらずの飄々さ加減である。


「うーん、俺は別にそういうのは無いかな。俺は誰にどう見られてても大して気にならないっていうか」

「あー、そうだな。お前はそういう奴だよ」


 ちょっと呆れた調子で、ゼルゼンが嘆く。

 すると両者の間から今度は別の声が上がった。


「因みにグリムはお父さんと同じ仕事に就く予定なの?」


 アヤの問いかけに、メリアやデントも少し興味がある様な素振りを見せた。

 セシリアも視線で「どうなの?」と問う様に彼を見上げる。


「そうだなー、俺は別に何になりたいとか無かったし厨房が嫌だっていう訳でもないから、結果的にそうなるのかもしれないね。まぁ親には『やる』とも『やらない』とも言ってないんだけど……」


 「うーん」と少し考えてから、まるで他人事みたいに言葉を続ける。


「俺が否定もしないから、両親はきっとそっちに進むって勝手に思ってるんじゃないかな」


 その言葉に、周囲はそれぞれ「そうなんだー」というスタンスの肯首をする。

 その様子を見る限り、彼の様子を特に疑問視する様子は無い。

 やはり『子供は親と同じ仕事に就くもの』という固定観念は使用人の子供達にもしっかりと根付いてしまっているという事なのだろう。


 そんな『子供は親と同じ仕事に就くもの』という考え方の代表格・グリムに、セシリアは尋ねてみる。


「グリムはこのツアーのこと、どういう風に思ってるの?」


 このツアーは、そもそも子供達に『何の仕事に就くかを考える為に行うツアー』という触れ込みで参加者を募集している。

 他にも副産物的な目的はあるが、ツアーの主旨としてもそれで概ね間違ってはいない。


 一応そういう名目のツアーに参加している割には、自分の将来や仕事に対する熱量が低い。

 その筆頭に、セシリアはこのツアーに対する彼の思いを聞いてみたかったのだ。


 ヘラッと笑った顔が、セシリアの方を向いた。

 しかしセシリアの真剣な顔を見て、少し困ったように笑う。


 そして、今度は少し真剣に考える素振りを見せてくれた。


「うーん……ぶっちゃけ最初は、使用人棟の外に出れるなら何でもいいやって思ってたよ」


 彼の答えは、セシリアにとって容赦なく現実を突きつけた。


 メリアが「グリムっ」とちょっと慌てた様にその言葉を静止しようとするが、そんな彼女をセシリアが制した。


(グリムは今、本音で話してくれている)


 そう感じ取り、口元をキュッと引き結ぶ。


 彼のこの本音を知る事は、セシリアの主催者としての役割だ。

 それを放棄して耳あたりの良い言葉だけを聞くなんて事、絶対にしたくないと思っている。


 今のセシリアが求めているのは、何よりもまず本音だ。

 オブラートに包んだ生ぬるい言葉や方便は要らない。




 本音を言ったグリムの声は、とても軽い口調だった。

 しかしセシリアへと向けた視線には、相手を見定める様な静かで冷静な色が確かに灯っている。


 今日一日の付き合いだが、グリムという人はどこか実体の無い、まるで霧の様な人だ。

 掴んだと思って拳を開いてみても、そこには何も無い。

 そういうイメージが彼にはある。


(でも今のグリムには、実体があるみたいに感じる)


 それはもしかしたら彼の本質が顔を出しているのかもしれなくて。

 彼の尻尾を掴んだ様な気がして、今までは見え難かった彼の考えが少しでも知りたくて、セシリアは言葉の続きを促す。


「今はどう思ってる? やっぱりツアー自体に、価値は感じない?」


 セシリアの目の奥を探る気配がするけれど、そんなのはお構いなしにただただ彼の瞳を真っすぐに見据えて尋ねた。

 すると数秒間の沈黙の後、何かに満足したかの様に、彼の瞳がフッと笑う。


「価値がどうとか、俺にはよく分からないけど」


 彼はそんな前置きをした上でこう答えた。


「『思ったよりも面白いな』とは思ってるよ」


 言いながら、彼はセシリアから視線を外した。


 見上げるのは、空。

 頭の後ろで指を組みながら、眩しい晴天を見上げる。


「そもそも俺たちにとっては、外に出るってだけで一大イベントじゃん? それだけで楽しかったりするんだけど、でもそれだけじゃなくて。仕事についてはそんなに興味無かったけど、それでも話を聞いてみたり実際にやってみたりすると、意外と新しい発見ってあるよね」


 まぁ勿論、体験する仕事は楽しい物ばかりじゃなかったけどね。

 と笑って言えば、それにはメリアが同意の印に頷く。


「『簡単そうに見えるのに、やってみると実は難しいんだな』って思ったり、『難しい事なのに手際よくちゃっちゃとやっちゃう大人達って、本当は凄かったんだな』って思ったり。そういうのを発見するのは割と面白いかな」


 彼の言葉に、アヤがノルテノに「確かに。特にさっきのお皿拭きとかさ、凄かったよね!」と声を掛けた。

 それに答えて、ノルテノがしきりに頷いている。



 語ってくれたグリムと周りが示した反応に、セシリアは「なるほど」と考える。


 彼の言葉は周りの共感を買うものらしい。

 という事は周りの子達も少なからずそういう入り口から入り、しかしそれなりに楽しんでくれているという事なのだろう。


 それにしても。


(グリムにとって有用か否かの尺度は、『面白いかどうか』で決まるっていう事かな……?)


 先程の話から、そんな風に彼を分析する。

 そして「それなら」と、セシリアは口を開いた。


「面白いことが好きなら、自分が面白いと思う仕事に就いた方が毎日楽しく居られていいんじゃない?」


 仕事選びに前向きになれない様子の彼に、「そういう事なら一層、親と同じ仕事に就くよりも自分で探した方が楽しくやれるんじゃないの?」と助言してみる。

 すると、彼は何故か少し渋い顔で「えー?」と言った。


「でもさ、いくら面白くても面倒くさい事は嫌だよ?俺」

「それなら尚更、仕事選びを人任せにしちゃダメよ。『面倒』が気にならない位『面白い』ことを探さなきゃ。その基準はグリム自身にしか分からないんだから自分で探さないと見つからないよ?」


 セシリアが人差し指を立ててそう力説すると、グリムは「うーん確かに」と言った後で、ヘラッと笑って「考えとくよ」と言葉を返してくれた。


 いつもの笑みに戻ってはいたけれど、あの様子なら少しは真面目に考えてくれるだろう。


 セシリアは満足げな笑みを浮かべながら、一行を引き連れて次の目的地へと向かったのだった。

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