第40話 プロの仕事とノルテノの自信
説明は一旦ここで終えて、お仕事体験に入ることになった。
此処でのお仕事体験は、今から一時間ほど後に開催される予定のティータイムの会場設営である。
日々ティータイムを過ごすこのリビングには、壁側に軽食やお茶の為の食器が陳列されている。
それらは全て、ティータイム時に使用するものばかりだ。
今回はティータイム会場の設営のため、必要な食器はこの部屋のものだけで事足りる。
マイリーとカーストンが手分けして、まずは食器棚から必要な食器を選んで机の上に重ねて置いた。
そうして必要な物が全て机上に揃った所で、やっと子供達の出番がやって来た。
「貴方達にしていただくのは、この食器を全て綺麗に拭く事です」
その言葉に、セシリアは思わず驚く。
目の前の食器達は、どれも綺麗に見える。
どこにも拭き直す必要性は認められない。
その疑問を抱いたのは、セシリアだけでは無かった様だ。
「汚れていないのに、何故拭くんですか?」
尋ねたのは、アヤだった。
するとマイリーが「良い質問です」と言葉を返してくれる。
「確かに一見すると綺麗にも見えますが、例えばここ。こんな風に水滴の乾いた跡が残っていたりします」
マイリーはそう言いながら子供達の前に一枚の皿を差し出す。
覗きこんでみると、確かに水滴の跡が付いている。
ただし一滴だけの、本当に小さい水滴の跡だ。
「こんな小さな跡にさえ、私達は気を配る必要があります。先程『貴族の方が此処で旦那様方とお茶会をされる事もある』と話しましたが、その時にお客様が使用人の質を見る為に注目するのがこういう所です」
彼女の言葉に、メリアが「こんな小さな跡も……」と小さな声で呟いた。
そして今度は彼女が、質問の意志の籠った挙手をする。
マイリーが「何でしょう?」と尋ねれば、「先ほどそちらの方を『ティータイム用の銀食器の管理者』だと言っていましたが」と侍従・カーストンを指してこう言葉を続ける。
「例えば給仕担当と接客担当、給仕担当の中でも『食事の時の給仕』と『ティータイムの時の給仕』などと、役割分担があるものなのでしょうか?」
小首を傾げて問いかければ、マイリーが「そうですね」と告げた。
「食事とティータイム、どちらかの一方の専属という人も居れば、どちらも担当するという人も居ます。それは本人の希望や能力に応じて。臨機応変に決めていますね」
ですから希望すればオールラウンダーにもスペシャリストにも成れますよ。
そう教えてやると、メリアが真面目な顔で何やら悩む素振りを見せた。
彼女からの質問が落ち着き、皿を拭き直す作業も一段落した所で、今度はマイリーがこんな提案をしてくれた。
「折角の機会です。流石に銀食器は扱いが難しいので触らせてあげる事は出来ませんが、代わりにカーストンから、銀食器を見せてもらいましょうか」
銀食器の扱いは非常に難しく、少しの手油や水分でもすぐに錆びてしまう。
その為扱う為の管理者が存在し、使用者以外では基本的にはその者のみが触る事を許されている。
その為、いくら頼んだ所で、子供達に触らせてあげる事は出来ない。
しかし一見の価値は、確かにあった。
綺麗に磨かれた銀食器達を覗き込んでみれば、その全てに自分の顔が映り込む。
室内のシャンデリアの光が銀色に反射して、煌めく光が美しい。
デントがそれをとても不思議そうに覗き込む。
すると微笑み交じりのカーストンが「この銀食器は、放っておくとどれもすぐに黒ずんでいってしまう。その為使っていなくても定期的に磨かなければならないんだよ」と教えてくれた。
そんな言葉に、横で聞いていたセシリアは密かに驚きの表情を浮かべた。
此処にある銀食器の数は、ざっと見ただけでも200を超えている。
そんな沢山の銀食器を常に綺麗な状態に保つには、一体どれだけの労力が必要なのだろう。
ちょっと気が遠くなってしまいそうだ。
「パーラーメイドって凄いのね。私にはとても――」
セシリアが心中で驚いていると、後ろからそんな呟きが聞こえてきた。
振り返ってみると、そこに居たのはノルテノである。
「ノルテノは、パーラーメイドになりたいの?」
疑問に思って問いかけてみれば、彼女は「とんでもない」と首を横に振る。
そして「ただ」と言葉を続ける。
「……私の母がパーラーメイドなので、母にはこの道を勧められているんです。でも、私なんかにこんな凄い仕事はとても……」
ノルテノはそこまで言うと、困った様な表情で俯いてしまった。
「元々私なんかが母の様に仕事が出来るなんて、全く思ってはいませんでした。でも今日ツアーで益々『私には無理だ』と思えてきて……。でも母はこの仕事に就いてほしいって言ってるし……」
ノルテノの声は話す度にどんどん萎れていって、最後には消え入りそうになってしまった。
マイナス思考が祟って上手く思考をまとめ切れていない様だが、要約すると『仕事について、母には自分と同じパーラーメイドを勧められているが、今回のツアーを通して猶更、自分には無理な仕事だと思った。でも母はパーラーメイドにと言うし、どうしたらいいのだろう』という事の様である。
みんなが銀食器に夢中な中、ポツリポツリとそう打ち明けてくれたノルテノに、セシリアは「ふむ」と考える。
きっとノルテノは、自分に自信が持てないのだろう。
今までのおどおどした言動からは、自分に対する自信の無さが見受けられる。
『私なんか』という言葉が、その最たるものだ。
セシリアは彼女の使うその言葉が、全く以って好きにはなれなかった。
それは、自分で自分を貶める言葉だ。
セシリアは何も知らない他人がよく分からない理由で他人を貶める事が嫌いだが、同時に自分で自分を貶める事も好きにはなれない。
そういう人を見ていると、どうにも歯痒くなる。
「ノルテノは自分にあまり自信が無いみたいだけど、わたしはノルテノが言うほど、ノルテノが何も出来ない子だとは思わないわ。あなたにはあなたの長所があって、それはお母様とは違う所にあった。ただそれだけの話じゃない」
ゆっくりと、決して責めているようには聞こえない様に、柔らかい声でそう言った。
すると彼女は少し、驚きに目を見開く。
「……長所、ですか?」
「そう。ノルテノは確かに目立ったり、積極的に誰かと会話をしたりするのは苦手だと思う。でもその代わり、地道に、丁寧に何かをすることは得意だと思う」
セシリアはそう即答した。
先程の『子供部屋』での様子を思い出す。
彼女は食器の片づけではミランダに言われた通り、誰よりも綺麗に残飯を皿から浚えていたし、誰よりも多くの食器を黙々と片付けていた。
きっと彼女は集中力とコツコツとする事には長けている。
セシリアの指摘に、ノルテノは目をパチパチと瞬きして見せた。
そして何故か、急に顔を赤くしながら視線を逸らす。
しかし彼女の心中に渦巻く気持ちは、先程までのマイナス感情ではない。
思わぬ評価を貰って、ノルテノは照れた。
しかし彼女の言葉がノルテノに与えた物は、何も照れだけでは無い。
(――今の言葉で、少しはノルテノの考え方を前向きにしてあげることが出来ただろうか)
ノルテノを眺めながら、セシリアは思う。
セシリアがノルテノに齎したものは、一体何だったのか。
その答えは、このツアーの3日後に明らかになる。
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