第39話 パーラーメイドに必要な資質



午後に入って2つ目に向かった場所は、リビングだった。

普段は伯爵家の家族団らんの場所であり、室内でのティータイムなどを行う場所でもある。



一行が部屋に入ると、そこには使用人が2人来ていた。

男性と女性が一人ずつである。


セシリア一行の来訪に先に気付いた彼らは、セシリア達がその姿を視認した時にはもう既にお辞儀をした状態で待っていた。

そしてセシリアが彼らの前で立ち止まった時を見計らって、スッと顔を上げる。


「ようこそ、セシリアお嬢様。午前中は私たちの同胞を救っていただき、本当にありがとうございました」


女性の方が挨拶と共に、そう告げた。


その言葉に心当たりがあるとすれば、1つだ。

セシリアは「ふむ」と思考を巡らせた。


ユンが貴族にぶつかった、あの時。

確か、侯爵が無理に執務室に行こうとするのを止めていたメイドが居た。

役割的にも、彼女は目の前のこのメイドと同胞である可能性が高い。


「マイリー、こんにちは。巻き込まれてしまったあの方は、その後大丈夫でしたか?」


セシリアがそう応じると、メイド・マイリーが嬉しそうに言葉を返す。


「はい。念のため小一時間程休憩を取らせましたが、セシリアお嬢様が庇ってくださったお陰で想像よりも取り乱す様子は無く、今はもう通常業務に戻っております」

「そう、よかったわ」


彼女はユンに不敬罪の影が差したあの時、彼を庇った。

そのせいで彼女自身も、そのとばっちりを受けそうになっていたのだ。

彼女自身が動揺するのも周りがそんな彼女を心配する事も、当たり前の事だろう。



彼女が思ったよりも大丈夫だったようだと分かり、セシリアはホッと胸を撫で下ろした。


そんなセシリアに謝意の笑顔を向けてから、マイリーは子供達へと視線を向ける。


「皆さんもようこそリビングへ。私はこの伯爵家で『パーラーメイド』をしているマイリーです。そしてこちらはカーストン。彼は此処でティータイム用の銀食器の管理者の任を旦那様より拝命しています」


紹介されて、彼女の隣に立つ男性が黙礼をしてきた。

その所作は、洗練されていてとても美しい。


彼がお辞儀から顔を上げたタイミングで、マイリーが続きを話し出す。


「まず私と彼の共通業務についての話をします」


マイリーのその声に、セシリアの後ろで少し緊張感が高まった気配を感じた。

チラリと見遣ると、少し緊張した面持ちでメリアが彼女を見つめている。


(確か彼女の母親はパーラーメイドだと言ってたっけ)


セシリアは昼ご飯の時の彼女との会話を、ふと思い出した。


「私達の仕事は旦那様方への食事などの給仕と、来客対応です。給仕は日々の旦那様方のお食事を厨房から受け取って運ぶ他、お食事場所を整える作業も行います」


室内の清掃はチェインバーメイドという掃除専用のメイドが行う為、する必要は無い。

テーブルを綺麗に拭くのはチェインバーメイドの仕事で、その上のセッティング作業はパーラーメイドの仕事という分担になる。


「加えて奥様が主体となって1日に2度開催されるティータイムの給仕も行います。その為私達の仕事は旦那様方のタイムスケジュールに則って仕事を行います。時間は8時、10時、12時、15時、17時の五回です。その為私達の次の仕事は15時のティータイムです」


休憩は空き時間で順次摂っていく。

朝食と昼食の時間帯に一日二回、そして17時の最後の仕事後に夕食を摂る。


「次に来客対応ですが、作業内容は来客の部屋への案内と、接客です。接客ではお客様にお茶をお出ししたり、稀に何かを尋ねられる事もありますので、それにお答えしたりもします」


此処まで言うと、マイリーは来客対応の詳細について順を追って説明していく。


「まず、来客は貴族が圧倒的に多いです。案内などは勿論、旦那様方がお食事やお茶会などにお客様を招いた時には、他家の貴族の方々に対しても給仕を行う事になります。『使用人の粗相は主人の不手際』というのが貴族界での常識です。その為私達はいつでも旦那様に恥じない場をお客様に提供しなければなりません」


何故ならそれがそのまま、他貴族の旦那様への評価に繋がるのですから。

マイリーは真面目な顔でそう告げた。


これは客人と同じ場に居る時間が一番多い仕事だからこその注意点だろう。


少なくとも付け焼刃ではすぐにボロが出てしまう程度には、接する時間が多い。

直接会話もする為、いつ話し掛けられても動じない心と言葉遣いを習得しておく必要もある。


「中には『貴族』であるが故に強引な事を仰ったり、強引な行動を起こしたりなさる方もいらっしゃいます。『そういった方を如何に上手く往すか』というのも、接客スキルの一つでしょう」


マイリーのその言葉は、否応なく子供達に今日の午前中の事を思い出させた。


子供達が最初に男を認知した時、彼は既にすごい剣幕だった。

あんな状態の貴族を相手に『上手く往なす』なんて出来るのだろうか。

そう思うのも当たり前だろう。



「自分には無理そう」と途方に暮れ始めた子供達に、マイリーは内心でため息を吐いた。


この話を出せば、彼らがこうなるだろう事はマイリーにだって容易に想像が付いていた。

しかしそれでも今ここで口に出したのは、デメリットも含めてこの仕事の事を伝えるのが彼女の役割であり、きちんと伝えてあげるのが子供達の為になると思ったからである。


そして彼らがそうなるだろうと想像が付いたからこそ、きちんと次の言葉も用意していた


「確かに私達の粗相は、主人の評価に直結してしまいます。しかしだからこそ、ご迷惑をお掛けする事が無い様に、教養や接客についての教育は徹底して行います」


マイリーは「大丈夫」と優しい笑顔を彼らに向ける。


「今日のあの様な方への接客は勿論、比較的温厚な方に対しての接客にだって、完璧に作法が身に付くまでは付けたりしません」


いきなりあんな人の前に放り出すような真似はしないから。

安心させるかのように言えば、少しだけ子供達の表情から硬さが取れた。


しかし彼女の言葉は、裏を返せば『接客の作法が完璧に身に付くまでは絶対に人前に出さない』と言っているのと同義である。

この言葉は彼女の『新人にはそれだけ厳しく指導をする』という気持ちの表れでもあった。


(此処で仕事をする人には作法を完璧に覚えるための記憶力と忍耐力、そして来客に対する一定のコミュニケーションスキルが必要、かな)


彼女の話を聞いて、セシリアはそんな風に分析した。

話を聞けば聞くほど、彼らの仕事は大変そうである。


それもその筈、彼らは来客者に対する伯爵家の『顔』なのだ。

しかしその責任を背負い日々の精進をする彼女達を、セシリアは誇らしく思うし、とても感謝している。


(『おしごと』ツアーをして良かった。でなければ彼女達の志や日々の苦労を知る事は出来なかっただろうと思うから)


それもこれも、使用人の皆が今回のツアーに賛同し、協力してくれたからこそである。


協力してくれる人達の為にも、セシリアはその分真剣にツアーに臨む事で返そう。


セシリアは改めてそう、心中で自分に誓ったのだった。

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