第4話 ツアー開始
優しく瞼を撫でる陽の光に、セシリアはゆっくりと目を開ける。
外は快晴の、爽やかな朝だった。
「おはようございます、セシリアお嬢様」
いつもと同じポーラの声。
でも今日は『いつも』とは違う。
「おはよう、ポーラ!」
セシリアは飛び起きてから、朝一の満面の笑みを彼女に向けた。
今日は、1カ月もの月日をかけて準備してきた『おしごと』ツアーの当日。
セシリアはワクワクを隠せない様子でいそいそとベッドから出て来る。
昨日はゼルゼンに要注意人物の存在を教えられて、正直少し不安になってしまった。
でも。
(それでも今やると決めたのは、誰でもない自分自身なんだよ)
自分で決めて、周りを動かしている今、自分が不安に負けるわけにはいかない。
それに。
(ゼルゼンが、居てくれる)
ゼルゼンが「俺が居る」って、「助けてやる」って言ってくれた。
その気持ちがとても嬉しい。
(勿論ゼルゼンのその言葉に甘えようなんて思ってる訳じゃないけど)
彼は私の事をいつも助けてくれる、とても大切なお友達だ。
その気持ちだけでもう嬉しくて、頼もしくて、十分力になってくれている。
ならば更に彼を頼るのではなく、私は私の仕事を全うすべきだ。
そんな風に思えば、途端に不安が掻き消えた。
とても不思議だったけど、きっともう大丈夫。
セシリアは用意してもらった眠気覚ましの紅茶を飲みながら、“『おしごと』ツアー計画書”を手に、今日すべきことを復習する。
今日すべきことは、
『子供達の各仕事場への案内をする事』
『道中彼らが怪我をしない様に監督する事』
『タイムスケジュール通りに事が進むように時間管理をする事』
この3つだ。
一通りの最終確認をしてから、セシリアは小さな声で「よし」と自分に喝を入れた。
そして自らもツアーに問題なく参加できるように、汚れても問題ない服へと着替えるのだった。
***
ツアーの集合場所は、使用人棟の玄関である。
何故玄関なのかと言うと、普段滅多に外に出ないツアー参加者達を玄関の外に出したら大人の静止など聞かずに飛び出していく者達が居るからだ。
それが一人ならともかく2人3人となってくると、とても大人1人の手には負えない。
そんな大人側の都合を考慮した結果の場所だった。
ツアーに参加する子供達が今か今かとその時を待つ玄関で、オルトガン伯爵家より『子供部屋世話係』の任を拝命している女性・ミランダは心配に心臓が潰れそうな思いだった。
何故かというと、今回彼らに邸内を案内するのが御当主様の末娘・セシリアだからである。
ツアーに参加するのは、基本的にみんな使用人棟の外を知らない子供達ばかりである。
そうでなくても初めての外に舞い上がっている彼らだ。
セシリアお嬢様に対して何か粗相をしてしまったりしないだろうか。
そんな心配がずっとミランダの心を支配していた。
ミランダは先日ツアーの説明に来られた時に、初めてセシリアと話をした。
「聡明な考え方をする方だ」と驚き、同時に考え方に旦那様の片鱗を見て嬉しくもなった。
しかしだからと言って彼らと上手くやれるかというと、それはまた話は別だろうと思う。
そんな考えに耽っていたミランダは、扉がノックされる音でハッと我に返った。
慌てて玄関の扉を開けてみれば、小さな女の子だった。
今回のツアーの提案者であり、今日の邸内の案内人でもある、セシリアその人である。
「セシリアお嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「おはよう、ミランダ。皆揃ってる?」
「はい、こちらに」
ミランダは答えながら玄関で待っていた子供達を示した。
すると互いに互いの存在に興味津々だったのだろう、7人全員とセシリアの視線がばっちりと合った。
セシリアは参加者達の顔を全体的な視点のまま確認した。
男の子4人に、女の子3人。
名簿に書かれていた通りである。
その中にゼルゼンの姿を見つけて、少しだけ心が解けた。
そうなって初めて、やはり沢山の同年代の子達との対面に少なからず緊張していたのだと気が付く。
しかし彼を見つけたことで、少し心が落ち着いた。
だからセシリアは胸を張ってツアー参加者達全員に向け、こう声を掛けた。
「みんな、おはよう。わたしはセシリア。今日はみんなを案内しながら、一緒に『おしごと』体験をするわ。よろしくね」
手っ取り早く自己紹介を終えると、「さぁ」と言いながら玄関の向こうを示す。
後ろでは、ポーラが外に続く扉を大きく開けてくれている。
「行きましょう、外へ」
そう言って、セシリア自身がが先陣を切る。
今日の案内役はセシリアだし、彼らはみんなまだ誰からも手を引かれることなく使用人棟から外に出たことはないと聞く。
ここは外を知っているセシリアが先導するのが1番理に適っている。
セシリアが外に出ると、そのすぐ後ろに彼女よりも少し大きな人影が続いた。
男の子だ。
彼はきっと、外に出られる時を今か今かと待ちわびていたのだろう。
足取り軽く外に出る。
まるでそれを合図にしたかのように、続いて首の後ろで指組みをした少年が鼻歌交じりに歩き出し、更にその後を二人の少女達が連れ立って出ていく。
そうして、残ったのは3人。
外に出る事を尻込みしていた少年と少女。
そして。
「行くぞ」
最後尾のゼルゼンがそんな風に声を掛けて、軽く背中を押してやる。
こうしてツアー参加者全員が外へと足を踏み出した。
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