第3話 前日の期待と不安

 


「ねぇゼルゼン、『おしごと』ツアーに参加するのって、どんな子達?」


 セシリアが昼下がりの庭園でそう尋ねた。



 ツアーは明日に迫っていた。

 使用人の子供達にツアーの開催を正式に通達し、参加者の名前も出揃っている。


 そうなって初めて、セシリアは「明日会うのは一体どんな子達なのか」という疑問に直面していた。


(それまでは他の準備に忙しくてそれどころじゃ無かったけど、もう明日だしやれることはもう全部やっちゃったから)


 簡単な話が、暇になった所で明日の本番が少し不安になったのだ。




 ゼルゼンは少し面倒臭そうな表情を覗かせた。

 しかしセシリアの不安が本物だという事はその顔を見ればすぐに分かったので「仕方が無いな」と思わなくも無い。


(まぁ、前にコイツ「家族以外の子供に会うのは俺が初めてだ」とか言ってたもんな。ならまだ緊張もするか)


 知らない人に会う時の緊張感が不安な物である事は、ゼルゼンにも分からなくはない。


 変な事ばかり知っていて変な所でばかり怪我をするコイツにも真っ当な人間らしいところがあるんだな。

 等と、セシリアに知られたら間違いなく頬を膨らませて怒らせるだろう事を考えながら、ため息を吐いた。



 丁度間に人が3人分くらい寝転べるくらいの距離で寝転んでいたゼルゼンが、セシリアに向かって手を伸ばす。


(とりあえず、その名簿をよこせ)


 無言のままそう促せば、彼女がキョトンとした表情を向けてきた。


(いやちょっと待て、何をキョトンとする必要があるんだよ)


 嫌な予感を覚えて思わず顔を顰めると、それに答える様に彼女が――ニヤリと笑った。

 そして。


 コロコロコロコロ、ガスッ。


「ぐほっ!!」


 凄い勢いで転がって来て、その勢いのままゼルゼンに衝突した。

 しかも残念な事に、彼女の肘が丁度お腹の所に突き刺さる。


「~~っ!!」


 お腹を抱え込むように押さえていると、セシリアが不思議そうに覗き込んでくる。


「? どうしたの? ゼルゼン」


 バシッと頭に軽いチョップをお見舞いしてから自分のした事が全く分かっていない様子の彼女を睨み付ける。


「痛ってぇよ! お前、少しは勢い考えろ」


 文句まで言ってやったというのに、彼女は何を思ったのか褒められた時の様にえへへっと笑う。


(コイツの思考回路は一体どうなってるんだ。何が嬉しいのか全然分からないんだけど)


 等と思いながら、しかしその笑顔にすぐに毒気が抜かれてしまう。

 結局、セシリアの手から名簿を半ば奪う様にして取る事で小さな意趣返しをして溜飲を下げる事にした。




 奪い取った名簿を見て、思わず「あー……」と声を上げてしまった。

 すると「どうしたの?」とセシリアが視線で問い掛けて来る。


「いやまぁ中には大人しい奴とか問題なさそうな奴らも居るには居るんだけど」


 そう前置きした上で、ゴロンと仰向けからうつ伏せに体勢を変えながら言葉を続ける。


「まず、コイツは親が伯爵様の夫人のメイドをやってる。本人も同じ仕事をしたいって言ってたのを聞いた事があるんだが……」


 コイツと言いながら指差されたのは、女の子の名前だ。


 したい仕事が決まっているならそんなに問題は無いんじゃ?

 と頭に疑問符を浮かべるセシリアに、ゼルゼンが少し言い難そうに言葉を続けた。


「まぁ、あれだ。親から『伯爵様』の良い所をたくさん聞かされて、まだ会った事も無いんだけど……その、ファンを公言している」


 そういう訳だから『伯爵様』の話を出すとちょっと面倒なヤツなんだが、それ以外は普通のヤツだよ。

 そう続けられて、セシリアは思わず首を傾げた。


 確かに『ファン』という言葉自体は少しパンチが強い気もするが、要は『伯爵様』、つまりは父・ワルターの話を引き合いに出さなければいいだけの話なのだろう。

 そんなに大変そうな相手には思えない。


(それとも実際に会ってみないと分からない『何か』があるのかな?)


 もしそうなのだとしたら気にはなるけれど、逆にまだ会ってもいない今から気にした所で仕方が無い気もする。


「まぁ、コイツについては取り敢えず知ってればいいよ」


 知らないと心臓に悪いかもしれないから。

 そんなそれこそ心臓に悪そうな事を言ってくるので、少し不安になった。


 しかしそんなセシリアの不安を、彼は置いてけぼりにする。


「うーん、後は……」


 言いながら、ゼルゼンはとある一人の名前を指差した。


「コイツはちょっと、別の意味で大変かもしれない」


 これまた言い難そうに、ゼルゼンが言葉を続ける。


「アイツはその……あんまり『伯爵様』に良い感情を持ってないんじゃないかと思う」


 セシリアは知らないだろうが、ゼルゼンもかつてはそちら側の人間だった。


 否、本当は『伯爵様』自体に何か思う所があった訳では無い。

 ただ日常に不満を感じていて、それを誰かのせいにするならば『伯爵様』だったというだけの話だ。


 そしてきっと、『彼』も俺とよく似た感情を抱いている。


「ソイツは使用人の子供達の中でも、外で働くことを公言してる奴だ。親ともその事でよく喧嘩してる」


『彼』の事は、良く知っていた。

 つい最近までつるんでいた奴だから。


 何故『つい最近まで』なのかと言うと、そこには一言では言い表せない複雑な理由がある。

 しかし一番は、「何故か最近『彼』から一方的に邪険にされている」からだ。


 どちらにしても最近は特に、何やら気が立っている様に見える。


「多分ソイツの意志っていうよりは親が無理矢理放り込んだって感じでのツアー参加だと思うから、ツアー自体にも非協力的なんじゃないかと思う」

「つまり『あんまり言う事聞いてくれないかもしれない』って事?」


 セシリアの声に素直に頷く。


 正に今気にしているのはソレだ。


「そもそもお前はそのツアーの参加者の誰よりも年下で、見た目でそれが分かるくらい体の大きさも違うからな……」


 その時点で第一声から「俺が従う必要は無い」とか言うんじゃないだろうか。


 易々と想像できてしまう彼の様子と、結果険悪になる空気。

 そう思うと少し心が重くなる。



 等と思って視線を上げると、思わずギョッとしてしまった。

 ゼルゼン以上に、セシリアの気持ちが沈んでいる。

 ヤバい、ちょっと泣きそうにすらなっている。


「ま、まぁ明日は俺も居るし、手伝ってやれるから」


 だから大丈夫だ。


 それは慌てたせいで思わず口から転がり落ちた言葉だった。

 別にそんな事を言うつもりは無かったのだが、途端、セシリアの表情が華やぐ。


(……まぁ、良いか)


 一度出た事は無かった事には出来ないし、今取り消すと先程の二倍は凹まれる気がする。

 それは面倒だし、もう言ってしまったのだから仕方が無い。


 彼は頭をポリポリと掻きながら、覚悟を決めたのだった。

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