第12話 新たな、商談?

 


「そういう事ですから、あの商人があの件で来ることはもう無いと見て良いでしょう」


 クレアリンゼは言いながら、優雅にティーカップを口元へと運ぶ。


「これ以上この件で食い下がってお父様の不興を買ったりしたら、継続して発注している他の仕事も無くなってしまうだろうという事は、流石にあの商人にも分かるでしょうし」


 喉を潤してからそう言葉を続けると、マリーシアがクスクスと笑う。


「そんな事言ってお母様、先程お聞きした感じだと既存のお仕事だってもうすぐ無くなってしまいそうじゃないですか」

「そこは『あくまでも向こうは』という事よ。事実がどうあれ、まだ希望が残っている内はそちらにすがりたくなるでしょう?」


 その言葉に、「確かにそうですね」と納得の言葉を返した。


(継続発注しているうちはそういう心理的な部分で相手を押さえて、発注を止めた後は何度面会希望があったとしても通さない。きっとそういう対応をする予定なのでしょう)


 等と心中で独り言ちる。




 些かの沈黙が、室内に流れた。


 しかし彼女の話は「これで終わり」という訳では無かったらしい。

 紅茶をソーサーに置いて、マリーシアと先程の一部始終の全面的な聞き役に回っていたセシリアに対してこう告げる。


「結局あの商人のせいで計画は凍結状態になってしまっていると思うけれど、そろそろ先に進めようと思うのよ」

「それは『別の商人と商談を行う』という事でしょうか?」

「その通りよ。丁度、売り込みに来ている所が一つあってね。試しにそことお話ししてみるのはどうかと思っているの」


「どうします?」と視線で問われて、マリーシアは少し考える素振りを見せた。


「その商人がどんな商人かはご存じなのですか?」

「どうやら新興の商会らしいですよ。まだ大口の発注は少ない様ですが、その代わり領民に寄り添った商売をしている所の様ですね」


 母の言葉に、考える。



 もし本当に母の言う様な商会なら、きっと堅実で真っ当な商売を好んでいるという事だろう。

 詐欺紛いの真似をしてくる可能性は低そうではある。


 勿論相手は商人で、利益ありきで商売をしている人達だ。

 必要以上にお金を使わされない様に注意する必要はあるけれど、その程度の警戒で済む様な相手なら、少なくともこちらが必要以上に不快に思うことも無いだろう。


「私はお話ししてみても良いと思いますが……セシリーはどう?」

「わたしもお話ししてみたいと思う。だって、会ってみないと分からないもの」


 セシリアの同意の言葉に微笑みながら肯首して、クレアリンゼに視線を向ける。


「では、キリルお兄様にもこのお話を通しておきます。お兄様がどうするか決定されましたら、すぐにお母様にもお伝えします」


「日程調整はその後で」と言葉を続ければ、クレアリンゼが満足そうに頷いた。


「お願いね」

「はい」


 そう言って、3人は再びお茶とお菓子をただ楽しむだけの、いつものティータイムへと戻るのだった。

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