第32話 レッドドラゴン

「仕方なかった」自分に言い聞かせるように呟いた俺の頭の中に、女の声が響く。


(……逃げて!)

「誰だ!?」


 俺は反射的に大きく後ろに飛んでいた。

 翠の竜の纏う風は竜巻のように渦を巻き、空中高くその身を持ちあげる。

 高い空で俺は見た。地面が赤く燃え、溶け始めるのを。


「ぎゃあ~!」

 地上の赤龍王の兵士達が、吹き出した溶岩の沼に引きずり込まれていく。

 一瞬で骨まで焼き尽くす一千度もの炎とドロドロの溶岩。

 どんどん大きくなる灼熱の沼の中心に、揺らめく大きな赤い影が出現した。


 風に乗った俺は、そこから数百メートル離れて着地した。


「バカな……あんなものがこの次元に現れるわけがない」

 俺が見上げたのは赤き炎をまとった巨大なドラゴン、その体長は20メートルはある。


「古代の六頭竜の一人、レッドドラゴン!? ありえない。あんな巨大な特異点を崩壊させずに維持するには莫大なエナジィが必要なはず……それこそ神のような力への意思が必要だ」


 ゆっくりと身を起こす巨大なドラゴンが、身構える俺を見た。

「異世界の勇者よ、おまえのおかげだ。赤き竜の真の力を取り戻せた」

 赤龍王の声だった。巨大なドラゴンは俺に言葉を続ける。


「この巨大な力をこの世界に持ちこむ為には、千の人の命と数多くの術式が必要だった」

 レッドドラゴンの言葉に、俺が問い直す。

「その為に戦争を起こし、人を殺し、この竜の国に眠る神殿を訪れたのか?」


 フフ、レッドドラゴンは、目を大きく開き、笑ったかのように見えた。

「だが一番必要だったのは、人の姿のオレを殺せる者。強い力で、オレの更なる「力への意志」を呼び起こす者が必要だった」


 ズウズゥウン、巨大なレッドドラゴンが一歩前に進んだ。

「クク、翠の竜……おまえのおかげだ」


 体長20メートルを越える巨体、それにも勝る圧倒的なエナジィに後ずさる俺。

「さっき、おまえが言った言葉を俺も言おう……さあ、勇者よ最後の時間だ」


 レッドドラゴンは大きく口を開き、灼熱の熱波を吐き出した。

 ドラゴンブレスにより草原は真っ赤に輝き、次の瞬間には溶岩の坩堝と化した。

 ドラゴンの前方数百メートルにいた者は一瞬で蒸発した。


「まだ死なぬか。さすがと褒めよう……だがどうする? 翠の竜。いや人間の勇者と呼ぼうか」


 全てが蒸発した大地に、赤龍王の笑い声が響く。

 瞬時に風になり赤龍王の攻撃を回避したが……勝てるのか……いや勝たねば。


「ふん、どうするだと? 決まっている。戦うだけだ赤龍王!」

 俺は勇者だ。あくまでも戦う意思を見せてやる。

 風のフルーレを構え戦いを開始する。



 戦い続ける俺の身を守る風は吹き切れ、振りつづけたフルーレからも、翠のエナジィは消えていく。無尽蔵なエナジィをはき出すレッドドラゴンと違い、俺の受けたダメージは蓄積し、ついには翠の竜のエナジィが尽き身体は焼けただれた。

 俺は剣先を大地に刺し、フルーレを両手で掴むことで身体を支えるが、戦う意思を失い膝を着く。

「クソ、俺の転生勇者も……終わりなのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る