★9★ 見た目があるだろ。


「ひとまず次の目的地はファルダンの町にするか。ここからだと間にある村を避けて行けば七日かかるな」


 五年ほど使って書き込みだらけになった地図に視線を落とし、隣から覗き込んでくるアカネに分かり易いように、木炭を削って作られた簡易筆記具で新しく数個丸と線を記す。


 敢えて危険を伴う森を通るルートに線を引いたのは、純粋にその方がこれからの旅に良い結果をもたらせそうだと踏んだからだ。


 コイツは何故か金を持っていないのに、いつもどこからか高級品である砂糖や胡椒を出してくる。街道に近い場所で料理をしたら、その香りで魔獣と大差ない人間を呼び込みそうだ。俺としては盗人を殺すのは何でもないが、コイツはそういうことには慣れていない雰囲気がある。


 それにアカネが好んで使う食材は、冒険者なら手持ちの食料が底をついた時に採取して食べるが、一般的に町の人間は食べない。そういう点でもレシピを書いて売るなら、希少価値がつく代物になるだろう。


 ギルドにも採取依頼のような簡単な仕事が増えて、俺のような兼業冒険者も楽ができる。そういった諸々の事情から森を通るルートは決定事項だった。


 アカネは俺が引いたルートを興味深そうに視線で追い、ふと「どうして途中にある村は避けるんですか?」と疑問を口にする。予想していた質問内容に視線を合わせて頷く。


「良い質問だな世間知らず。まず第一に村には宿屋がない。あっても割高だ。第二にギルドがない。稼げる手段がないことにはうま味もない。第三に村人は大抵余所者を見かけると面倒な仕事を頼んでくる。百害あって一利なしだ」


 決して独断と偏見があるわけではないが、村人に頼まれて数度依頼を請けたこともある。そのどれもが持ち出しの方が嵩み、挙げ句報酬を値切られて散々だったという笑い話だ。


 流石に自分の人を見る目のなさが招いた結果の失敗なので、それは口にしなかったが、アカネは「成程。分かり易い説明ありがとうございます、ウルリック先生」とおどけて笑う。


 誰かと会話をしながら移動するのは初めての経験だが、不思議と嫌ではない。そんな風なことを考える自分の心境が意外ではあるものの、コイツに寝首をかかれる心配はなさそうだし、これくらい緩く構えても良いだろう。


「ひとまず、しばらくはオマエのレシピの数を増やすことを目標にやっていくか。一定数溜まったら、その町でそこそこ賑わっていそうな宿屋に売りに行く。一つの町にレシピ一つでどうだ?」


「それは楽しそうですね。レシピもその頻度なら、思いつかなくて不安になることも少ないかも」


「んじゃ、決まりだな。現状俺達の最終目的地は、アクティアの首都リンベルンだ。あそこまで行けば暢気なオマエでも何かしら仕事が見つかるだろ」


 方針が決まったことで街道沿いの道から逸れて森の方角へ歩き出すと、隣を歩くアカネが「リンベルンってどんなところなんですか?」と訊ねてきた。真っ黒な瞳はまっさらな好奇心に輝いて、思わず視線を外してしまう。


「リンベルンは隣国のアトアリア国……あー、アクティア国と元は一つだった国と国境を隣接してる。七年前までは焦臭かったが、今は戦争も終結して穏やかなもんだ。貿易が盛んで音楽や文化の交差地点ってとこだな」


「素敵なところなんですね。それに美味しいものも沢山ありそうです」


 期待に弾むその声に喉元まで“誰にでもってわけじゃないけどな”と出かけたものの、それを飲み込んで口にしたのは「結局食い気じゃねぇか」という、苦笑混じりの本音だった。


***


 森の中を散策しながら食材と調理法を探す旅にベルンを出てから四日目。最初の内はどの食材がどんな味なのかを見極めさせるためにも、俺が知っているものでアカネが欲しがる食材を採取し、俺が簡単に調理して食べさせた。


 最初に会った時から少しも変わらないコイツの食欲には引いたが、無濾過ワインとパンとチーズだけの食事が通常な身からすると、食に対してこうも貪欲なのは多少羨ましくすら感じる――が、しかし。


 そのたった四日間で、アカネを旅の同伴者にするのは少し早まったかもしれないと思わざるを得ない問題があった。


「あのなぁ、流石にそれは食えないと思うぞ。元の場所に捨ててこい」


「まさか、そんな勿体ないことできませんよ。それに触れましたからちゃんと食材になります」


「どういう判断の仕方だそれは。絶対に食べられる見た目じゃないだろ」


 その問題というのが、コイツの食材の選び方だ。アカネが手に抱えて戻ってきたそれは、確かに森の中でもよく目にするものだった。しかしだからといってそれを食べ物と認識したことはない。


 アカネが食材と称して持って帰ってきたのは、緑色の巨大な芋虫がとぐろを巻いたような草だ。展開するとビラビラと生い茂る葉になる部分は、今はまだ時期が早いのかしっかりと巻き込まれた中から、まるで脚のように醜悪にはみ出している。


「そんな安易に見た目で判断しちゃ駄目ですよ。私が食べたことのある山菜と似てますし、食べやすいように柔らかい新芽を摘んできてますから」


 ぐずる子供を諭すような口調で微笑んだアカネは、こちらの言い分を端から無視する気でいたらしく、さっさとマグカップに水を呼び出して手持ちの小鍋に注ぐと俺がおこしておいた火にかけた。


 そして自分の鞄の中から小瓶を取り出し、それの中身を小鍋に入れる。使い方からしてどうやら塩のようだが、岩塩を削ったにしては色が白い。沸騰した湯に気味の悪い草をサッと潜らせたアカネは、その湯を捨てずに置いておき「ウルリックさんの小鍋も貸してもらえますか?」と振り返った。


 歳下を相手にこれ以上抵抗するのも癪だ。無言で自分の小鍋を手渡すと、アカネは礼を言って「準備ができたら呼ぶので、見張ってなくても大丈夫ですよ」とおかしそうに笑いながら、空の小鍋を火にかける。


「いや、どうやってオマエがその不気味な草を飯にするのか気になる。もう止めたりしないなら見てるくらい良いだろ?」


「勿論です。きっと美味しくなるはずですから後ろで待ってて下さいね」


◆◇◆


 ★使用する材料★


 謎の草  (※モデルの山菜はコゴミ、普通に作るならアスパラ)

 チリの実 (※鷹の爪)

 ベーコン (※ブロック型のを大きめに切る)

 ニンニク

 塩、胡椒を各適量分。


◆◇◆


 会話の間もその細い手は止まらず、分厚い塩漬けベーコンを切り分け、細長いチリの実を半分に割って中の種を捨てる。皮を剥いたニンニクを一片石の上に置き、ナイフで潰して荒く刻む。


 次いでパンノミを棒に突き刺して火で炙り、まだ少し固い早摘みのトマトを残しておいた湯に沈め、湯剥きしたものを切り分け二枚ある木製の皿に移す。


 鼻歌混じりに熱した小鍋にベーコンとニンニクを投入すると、瞬間パッと周囲にニンニクとベーコンの香りが広がった。油の跳ねる音にアカネの腹の音が重なり、思わず笑ったら振り向いたアカネに睨まれる。


 そこへざく切りにした不気味な草とチリの実を投入し、炒めながら胡椒の入った小瓶から大切そうに数粒取り出すと、石の上で砕いてから小鍋に加えた。食欲の湧く香りが漂い、俺の腹の虫まで騒ぎ出す。


 その音を聞きつけたアカネが「もうすぐですよ」と声を弾ませ、サッと軽く小鍋をあおると、トマトの横に料理を取り分けた。炙っていたパンノミを棒から引き抜いて皿に載せれば、今夜の夕食の完成だ。


「さぁどうぞ。温かいうちに召し上がれ」


 最初はあんな見た目だったのに……いや、今も初見殺しな見た目なことには変わりがないんだが、悔しいことに食欲をそそられる。見た目は有り体に言って絶対にないのにだ。


 期待に満ちた視線で促され、木製のフォークを手に無の境地で得体の知れない料理を口に運ぶ――が。


「はー……クソ、嘘だろ。旨いのかよ、あの草」


「ふふふ、そうでしょう。味には多少苦味があるので好みが分かれるところですけど、何でも見た目で決めつけちゃ駄目ってことですよ」


 得意気に見た目の悪い料理をパンノミに挟んで口に運ぶアカネの姿を目にして、売るレシピの判断は俺が決めるべきだと心密かに思うものの、食べ始めてから少しすると僅かに五感が澄んだように感じる。


 気の巡りとでも表現すれば良いのか、魔力の低い人間にも何となく精霊の恩恵が授かりそうなそんな心地がするのは……いくら何でも考えすぎか。


◆◆◆後書き◆◆◆

めんつゆとバターを加えればより美味しいです(*´ω`*)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る