ピアノ・レッスン

「君のピアノには決定的に欠けているものがある。それをこれから教えてあげよう。さあ、もう一度弾きなさい」


 先生にそう諭されて、僕は課題曲を頭から弾き直した。


 演奏を始めて直ぐに、先生の手が僕の肩に置かれた。その手が、ゆっくりと首筋を辿ると、抑えきれずに体がぴくりと痙攣し旋律が乱れた。


 僕は演奏の手を止めて、恐る恐る声をかけた。


「あの、先生……」


「どうしたのかね? さあ、演奏を続けなさい」


「でも……その……」


「早く弾きなさい」


 冷たい声の響きは教師のそれから、抗うことを許さない静かな恫喝へと変貌する。


「はい……」


 僕は命ぜられるがままにピアノを弾いた。


「それでいい、そのまま続けて」


 耳の縁に熱い吐息がかかり、湿った唇が躰に触れる。やがて彼の手が服の中へと滑り込んでくる。


「己が欲するままに奏でるのだ。決して疑問を抱いてはならない。さあ、もっと素直に……もっと君を拓いて――」


 ピアノの弦の音がこれまでに無いくらい躰に響いた。


「あぁ、先生――」


 止めどなく溢れる感情が僕の躰を震わせた。指先から紡がれる旋律は、熱を帯びたように狂おしい響きを含んでいた。


「君は良い素質を持っています。さあ、もっと、もっと自らを解放しなさい」

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