第92話 疑念、そして確信

 そして聖女様直接の案内のもと、自分が今日住むための部屋へ到着した。その後、目の前にある扉に手をかけたのだった。


 ガチャ……


 初めて入るというのもあり、扉を静かめに、そして慎重に開けると、そこには大きな部屋があった。


 流石にさきほどまでいたような所と同じくらいに大きいわけでもないが、一人で泊まると思うと、充分な……いや、それどころか無駄に大きく感じるほどだ。


 そして、いろんな部屋を周ってみたのだが、すべてが完璧に掃除されてあって、部屋の隅にさえ埃一つ見当たらなかった。


「すっご……」


 感動のあまり思わず、そんな言葉が口からこぼれてしまう。使っていないからというのもあるだろうが、ここまできれいな部屋を保ち続けるのも努力が必要だろう。


「ここ、本当に僕がすんでいいのかな?」


《まぁ、今まで変なところにしか泊まってこなかったから、そんな事を思うのでしょうね。》


 ん……?

 なぜか、今ナビゲーターに地味に馬鹿にされたような気がしたんだけど……。

 っていうか、もう隠すことなんてなく、直接馬鹿にしていなかった?

 

「まぁいいじゃないですか。過去のことなんて」


 僕の頭から出て、ナビゲーターはあのスカート姿の人型になると、この部屋の宙をまいながらそう言った。


「……相変わらず、変な感じ。僕の頭から直接ナビゲーターが出ているのを見ると、すごい違和感」


「ま、私自身も変な感じですから、気にしない方がいいのでは?」


「まぁ、そうだけどさ……」


 って、そうだ。考えないといけないことが今はいろいろとあるんだった。


『まずは、あの魔族が去る前に言っていたことについてだけど……』


「あぁ、えーっとあの勇者がなんとかって言っていたことですか?》


「そうそう、それ」


『……え、ゆ、勇者ですか? ……わ、わかりました、すぐそちらへ向かいます。』


 こう、僕が死に追い込まれてもうすぐ殺されそうというときなのに、それをやめてどこかへ向かった、そのときに言った言葉。


 ちょっと自分が言うのもおかしい気はするけれど、もうすぐ僕を殺せそうだったのにその少しの時間をもあの魔族は惜しんでいたような気がした。


 それが、どうも不思議でならなかった。


「よくは分かりませんし、確実ではありませんが、私にはなにかあの魔族より上の存在に、勇者という危機が迫っている……と、そう言っているような気がしました。」


「だよねぇ……。そして、あの魔族より上の存在で、本来は平和をもたらす象徴である勇者を危機として考えている人といえば……」


「「魔王……」」


 僕の言葉と、ナビゲーターの言葉がきれいにハモる。ナビゲーターと同じ意見であることから、疑念がほとんど確信へと変わっていく。


「同じ……か。できれば、かぶってほしくなかったんだけどなぁ。もし本当に魔王だとしたら、厳しいことになりそうだからね」


「でも、今のうちに最悪の事態を考えることができていると考えれば、いいんじゃないですか?」


「まぁ、そうだけどさ……」


 ため息をもらす。確かにナビゲーターの言っていることは正しいし、というか、ナビゲーターの方が正しい。けれど、頭の隅では納得したくないという、自己中な考えがあることも確かなのだ。


 魔族が敵対しているということは、その上の存在である魔王も同じく敵対しているということ。現在異世界人という敵がいるのに、さらに敵が増えるというのは、残酷でしかない。


 魔王は異世界人と戦う上でかなりの戦力となるだろう。それが味方になるどころか敵になるのは、かなり戦況が不利になると言っても過言ではない。魔王をどうすることで味方とすることができるのか、それは大きな課題だ。


「それはそうと、もう一つ問題があるのでは?」


「……だね。聖女様とあと剣聖の人を連れて行かないといけないことを言うべきか、後に延ばすべきか……」


「今、この街はいろいろと騒ぎがある中、連れて行くと言われても納得することなんてできないでしょうし。かといって、後に延ばすというのも……」


 何度も何度も考えてはみたものの、答えが決まらず何回も先延ばしにしてしまっている現在、答えを出さないわけにはいかない。


「まずなんだけど、この壮大な状況を信じてくれると思うかな?」


「信じてくれる可能性は低そうですね。こんなことを信じてくれると言えば、聖女様は何事だって信じていただけそうですが、それ以外となると……」


「だよね……」


「……ん? あっ、そういえば!」


「ナビゲーター、もしかして何か解決策でもあったの? 信じさせる方法とか」


「まぁ、そうですね。っていうか、多分信じさせる方法なんて必要ないと思いますよ」


「え、じゃあどうやって……?」


「信じてくれなくても、話せば嘘ではないと証明される訳ですから。嘘を見分けるスキルを持つ人がいるじゃないですか」


「……あっ……完全に忘れていた……」


 これぞ、灯台下暗しだろう。どうすれば信じてもらえるかを考えてしまうことで、信じなくても嘘じゃないと証明できる存在を一旦頭の中から抜いてしまったのだから。


 それにしても、少々めんどくさいスキルだと思っていたが、まさか僕たちを助けることになるとは。スキルも、考え方次第で価値は変わるものだな。


「……信じてもらえるということは、一応僕の提案に乗ってもらえるかはどうかとして、きちんと聞いてくれるのは確かだよね」


「話してみますか?」


「うん、そうするよ」


 どんどん後に延ばしていてはいけないし、なにより僕の言葉が確かであることを証明する術があるのだから、挑戦してみない訳にはいかなかった。


 ただ、世界を守ることよりも、自分やその家族の大事さが優先すること可能性も考えられる。どう説得していくか、それが今回の大きな課題であろう。

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