第19話γ 終わるもの、始まるもの


 弥一に連れられて達海は陽菜とともに弥一の家へとたどり着いた。一人暮らしな分、こうした緊急時の拠点としては十分にありがたかった。


 達海がくぐったドアの向こうの世界は、つい先日ぶりだった。


「ま、適当に座って」


 姿が見えない奥の方から聞こえる弥一の声に促されて、達海と陽菜は向かい合って座った。そうして、改めて陽菜に声を掛けてみる。



「陽菜、大丈夫だったか?」


「見ればわかると思うけどね...。でも、気遣いありがと。私は大丈夫だよ」


 陽菜は眉を顰めつつ笑って見せた。それが作り笑いであることは、達海は容易に理解できた。

 しかし、だからといってかける言葉が見当たらない。仕方なしに達海は調子を合わせることにした。



「ま、今はとりあえず今のことを考えよう。これからどうなるとか、そんなの考えるだけ野暮だと思うんだ。...なんか、こうしてみると明日っていうものが凄い遠いものに感じるな」


「...」


「陽菜?」



 陽菜は達海をどこか怪訝そうな目で見つめてただ黙っていた。それが気になって、達海は声を掛ける。

 その声にこたえてか、はたまた偶然か、陽菜は答えた。



「たーくん、無理、してるよね?」


「え?」


 先ほどまで作り笑いを浮かべていたとは思えないほど、陽菜は感情を取っ払った顔で達海を見ていた。その表情に達海は言葉に困る。

 ただ反射的に陽菜の言葉を反芻して、どうにか答えて見せた。



「いや...そんなこと、ないと思うけど」


「だってたーくん、ずっと悩んでそうな顔してるから」


「...そうか?」


「そう。ずーっと眉間にしわ寄せてさ。目も細めて、口は一文字に結ばれてるし。さっき笑おうとしたよね? けど、全然できてなかった。...そんなにつらい?」


「それは...。...」



 辛くないか、と聞かれれば、辛くないとは言えなかった。

 無理してないか、と聞かれれば、無理してないとは言えなかった。


 事実、どうなるか分からない明日のことを考えるだけで怖かった。

 ただそれ以上に、先ほどの美雨との対峙のことが頭から離れないでいた。



 美雨は、能力者である。

 それを逃げも隠れもせずに口にされて、達海は余計困惑してしまった。だからその場で聞けなかったことがいくつもある。


 それが、本人と遠く離れた今になってそこから湧き上がってくる。

 美雨は組織の人間なのだろうか? であれば、どちらの人間なのだろうか? 組織間の状況は、今どうなっているのだろうか?


 聞きたいことは山ほどあった。その一つも聞けないでいたが。



 きっとそれが気になって、顔に出ていたのだろう。達海はそう考えた。

 その結論に至って、達海は悩みがあるということを素直に陽菜に話す。



「...正直、無理はしてるかもしれない。なんか、頭の中ごちゃごちゃしててさ。考え出したらキリがないこといっぱい抱えてるっていうか...。そんな感じ」


「それって...私に話せる内容かな?」


 達海の力になりたいという意図で放たれた純粋な陽菜の質問。しかし、達海はそれに頷けなかった。

 ここからは、裏の世界の話。陽菜がどういう人間かは知らないが、その世界のことを知らない人間であると達海は信じていた。


 で、あるからこそ、引きずり込むわけにはいかない。当たり前の話だった。


 覚悟を決めて、達海は陽菜に断りを入れる。



「...ごめん、ちょっと言えない。...ここから先は、俺自身の問題なんだ。だから」


「うん、分かった。そうなら仕方がないね。...ま、さっきたーくんが言った通りだよ。今は今のことだけ考えよう。明日からどうなるか、なんて考えても怖いことだけだし。今日何かしてみる?」



 機転を利かせて、陽菜は話を変える。それにありがたみを感じて、達海は話に乗っかることにした。


「けど、何かするって何するんだ? 遊びに行くのもかえって危ない気もするし」


「うーん...そうなんだよね」



 陽菜も同じく頭を抱えたところで、弥一が三人分のコーヒーを用意したのを持ってくる。



「ほい、とりあえずコーヒー」


「どーも」


「あんがと」


 カップを受け取る達海の手は震えていなかった。いつぞやとは違うその様子に、弥一は困った顔で、少し喜んだ。


 一口すすったところで、弥一が話を切り出す。



「...結局、あの爆発、何だったんだろうな?」



 陽菜の手前、能力にかかわる話はしたくなかった達海、弥一の両者であったが、先ほどの出来事は目をつぶることは出来ない、紛れもない現実だった。であるからこそ、こうして仕方なしに話す。



「テロリスト、とか?」


 陽菜が恐る恐る上げたその名称に達海は上手にのっかった。



「俺もその線を押したい。...けど、そうならそうで、どこから入ったのか、とかそういうところが不思議なんだよな...」


 白飾の裏システムは、一般市民が知るより遥かに盤石である。市民はそれを把握しているため、こうした疑問が生まれる。

 ただでさえ、外からの来客が少ない街の中、もしテロリストが入ってきたとしたら、それはいったいどうやったのだろうか?

 

 自分で賛同しておきながら、達海は自身の矛盾に悩んだ。



「まあ、少なくとも学校の人間ではないな」


 瞑目して弥一が淡々と答える。なぜそう言い切れるのか気になった陽菜は手を挙げた。


「なんでそう言えるの?」


「まあ、すごい主観な話ではあるけどな。うちの学校はほとんど不備だの不満などを生まない。それは二人とも、分かるだろ?」


「えっと、まあ...」


「確かに過ごす分に不便とか不満とかを抱いたことはない」


「で、だ。そうしてヘイト管理がうまい学校が、わざわざ校内にそういった人間を創るか?」


「それは...まあ、しないだろうな」


 なにより、ここは白飾である。裏の顔を知りつつある達海は、純粋な目で学校をもう見ていなかった。

 そうして、学園内に能力者がいるのなら、監視の一つや二つ、厳重にされているはずだ。



「そんなわけでま、うちの人間じゃないだろうなっていう考え。とはいえ、これはあくまで俺の憶測だし、気にしないでくれ」



 話に一区切りがついたことを示すために、弥一は再びコーヒーを口の中へ放り込んだ。

 そのタイミングで、陽菜の端末がバイブレーションを起こした。



「あっ、私だ。ちょっと外すね...」



 陽菜は端末を片手に、部屋から離れていった。達海と弥一がそれを待つこと2分ほど。困りに困った顔で、陽菜は帰ってきた。



「どうしたんだ?」


「うーん...ごめんね。お母さんに呼ばれちゃってさ。あんた大丈夫なの? って。うちの母さん、心配性でさ。だから、ちょっと帰んないといけなくなった」


「大丈夫か?」


 達海は親切のままにそれを聞いたが、弥一に静止された。



「分かった。外がどうなってるか分かんないから、気をつけてな」


「うん。じゃ、それじゃあ」


 陽菜は自身の荷物を片手に持つなり、急ぐように部屋を、弥一の家を後にした。

 外廊下で響く音が無くなって、達海は改めて弥一の方を向いた。


 弥一はただ、手元にマグカップを持ったまま、深い何かを考えるように目を細めていた。


「弥一...?」


「...いや、何でもない」


 弥一は我に返って、ぶんぶんと首を横に振った。それ以上を追及させないようなそのしぐさに、達海は飲み込まれる。

 そして何も聞けないままでいたところに、弥一からの言葉がのっかる。



「...なあ、達海」


「どした?」


「率直なことを言うが...。今日の爆破事件、おそらく犯人は能力者だ」


「...」


 


(それは、分かってる)


 分かっていた。陽菜の手前でただそれが言えなかっただけであって。

 二人きりになった今こそ、遠慮はいらなかった。



「分かってる。...多分、そんな気はしてたんだ。...ただ、それに組織が絡んでいるのかどうかが、分からない」


「さあな。...それは俺にもわからん。けど、一つだけ言えることがあるとすれば...」


 弥一はマグカップを机の上において、達海の正面から肩に手を置き、達海の目を凝視して言った。



「...悪い。お前の日常、俺は守れそうにない」



 それは、ずっとノラの能力者としての在り方を教えてきた弥一だからこそ言える言葉だった。達海に能力のことを考えないように教えたのも、割り切り方を教えたのも弥一だった。

 

 その弥一から放たれた言葉の意味を、達海は理解する。それを、先ほどの美雨の言葉とつなげる。


 ここから先に臨む地獄。

 それはもはや、避けて通れないものだということ。



 守りたかったものが、自分以外のもののために奪われる。 

 歯がゆさだけが、達海を支配した。


 これまで自分が何のために努力したのか。能力という枠組みを考えないようにしてきたのも、もはやだと無意味だと現実が告げている。


 そらした瞳を戻す時が、今であると、そう告げられたような気がした。

 

「はぁ~...」


 一つ息を吐いて、達海は無理やりに胸中を割り切った。

 


(...今日の一件を境に、俺は生まれ変わろう。白飾学園の一生徒ではなくて、能力者、藍瀬 達海として)



「いいよ。弥一には十分助けてもらった。甘えすぎてたんだ。俺は。自分でどうしたいか、考えることもせずに」


「達海...」


「これからきっと、能力で街は荒れると思う。...きっと、欲しがってた安寧の日常は、もう来ないからさ。...俺も、自分で自分を守る術を見つけようと思う」


「それは、能力者の自分を認める、ってことか?」


 達海はその質問に強く頷いた。

 それを受けて弥一は一瞬寂寥と後悔を孕んだ瞳を浮かべたが、やがてその雑念を取っ払って、達海の顔を見つめなおした。



「...地獄、だぞ?」


「分かってる」


「明日がどうなるか分からない。...それでいてお前はもう自分で考えて、自分で決めるんだろ? もし何かあって、組織に入るって言い出したら、俺は止めれないぞ?」


「その時は...まあ、そうしてくれ」


「...そうか。分かった」



 弥一も抱えていた迷いを消し去り、思い立ったように立ち上がった。



「達海、裏の世界の顔を知りたいか?」


「...正直、知りたい」


「分かった。...じゃあ今日から、一緒に見回ってみないか? 組織間抗争、能力者の戦い。...それで、自分で決めるってのはどうだ?」


「気遣い感謝するよ。...それでお願いしたい」



 能力者になる心構えとして、まずは知ること。

 それに基づいて達海はその提案を飲んだ。



 



 そうして、達海は扉を開けた。

 果てしない、泥沼のような戦いの世界の扉を。

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