第44話β 信ずその先に在るもの


 勤続疲労が露骨に出始めたのか、達海は体からけだるさを感じた。モニター班につくこと数時間。日はすでに暮れていた。


「...おい、お前ら、今日はもう休め」


「え?」


 その途中で、一誠は仕事から離れることを促した。

 引き下がるに引き下がれない達海は、一応口答えをしてみることにした。



「いえ、まだ...」


「いいや、だめだ。というか、これ以上は単純に足手まといだ。零はともかく、お前はな。...ま、ついでに零も上がった方がいい。俺はまだずっと本部にいたからともかく、お前らは攻略作戦の方に参加しているんだ。休めるうちに休め。まだ戦いは続くんだからよ」


「...そうですか、分かりました」


 一誠の発するごもっともな意見に達海は分かったように頷き、零とともに席を立ちあがった。

 そして、帰り際にさりげなく聞いてみる。


「明日以降、どういったプランを展開するんですか?」


「黒谷さんと話せてないから、まだなんとも...ってところだな。が、ここからはゲリラでもなんでもいい、とりあえずこっちが攻勢に出ることが大事だな。...殲滅作戦を組むのも、ありだ」


「でも、かなりリスキーではないかしら?」


「そうだな。横長の展開は、一点突破ですぐに開かれる。かといって、今日みたいな一点突破系の作戦は、逆に横に防衛を敷かれてジエンドだ。戦略ってのは、じゃんけんに近いな」


「つまり、相手の出方を探る必要があると?」


「そういうことだな。...これまでは俺が表立って諜報に参加していたからまだ何とかなったが、今出ていったら、戦闘能力の皆無な俺は瞬殺待ったなしだな」


 一誠は自虐して、乾いた笑いを飛ばした。


「体に自信ないなら一誠さん、なんで体育教師してたんですか...?」


「まあ、簡単な話そこしかポストがなかったわけだ。俺、頭脳って能力の割には馬鹿だからな。教壇に立って誰かに何かを教えるのは無理だ」


「えぇ...そんなもんなんですか?」


「そんなもんだ。さ、行った行った。連絡は決まり次第伝える。少なくとも、明日の朝までにはな」


「いいんですか? そんな悠長で」


「とりあえず本部攻略隊が合流しない限りは話が進まないからな」


「...分かりました」


 それ以降の押し問答は無意味と感じ、達海は表情の曇ったままの零とともにモニタールームを後にした。



 そうして部屋に戻って以降も、零の冴えない様子は変わらなかった。

 しかし、その理由を知っている以上、上書くように聞くのも野暮というものだった。


 そうして、互いに一抹の不安と、妙な疑念を抱いたまま眠りについた。それしか、二人にはできなかった。

 

 達海も暇ではない。明日の展望を考えるだけで、十分に脳が壊れそうになった。


 これからまた、人を殺さなければならない。


 分かっていても、覚悟するのに必要な時間はあった。それを行うのだから、誰かに構っていられる時間などない。それが、最愛の人間であっても。


 血に濡れた自分を遠くから見つめて、憐れんで、血に濡れた自分の器に戻って、覚悟を決める。

 それを脳内で繰り返しながら、達海は眠りについた...。




---



...



......




 ふと、達海は目を覚ました。

 何気ない、ほんの一瞬の事だった。ほんのわずかに生まれた胸騒ぎに体が反応し、つられるように目が覚める。


 そして、その胸騒ぎの正体を達海はすぐさま理解した。


 隣に、零がいない。

 ついさっきまで、一緒に寝ていたはずの女性が、姿を消していた。

 

 ちょっとトイレに寄っただけ、くらいの話で済むなら、まだかわいいものだった。しかし、達海はすぐに事の急を悟った。


 零がいなくなった理由を知らずとも、零がいなくなったことが、非常事態であることを示唆していた。



「...まさか、一人で戦場に行ったとか、ないよな...。...今、何時だ?」


 手元にある時計を確認すると、時刻は明朝4時を示していた。まだ朝日は出ていない。



「...まずい。行こう!」


 ぼんやりとしていた脳と瞳はすぐさまさえわたり、達海は昨日とは違う戦闘服に袖を通し、常時携帯用のナイフ二本、すぐさまモニター室に繋がる通信機一つ持って、部屋を飛び出した。



 廊下を駆ける。朝の早いその施設に、人の影はほんのわずかにしかなかった。

 そんな様子で、零が建物の中にいないことに気づくに、時間はかからなかった。


 焦りを覚え始めた達海は、建物から外に出るなり通信機を取った。



「もしもし、こちら藍瀬! 誰か応答願います!!」


 返事はない。ちょうど開いてしまっているのか、誰も起きていないのか。



「もしもし!!」


『...あ、もしもし、聞こえるか。こちらモニター。どうした?』



 二度目のコールで通話が繋がる。通信相手は獅童だった。


「獅童! ちょうどいい、モニターに人がいなくて困ってたんだ!」


『まあ、俺も一応館内見回りついでに拾っただけだからな...。んで、それはいい。要件は?』


「ああ、そうだ。市内モニター、電源ついてるか?」


『ついてない。...OK、起動を始めた。後30秒くらいで着く。んで、その間に聞こう。...何があった?』


 落ち着きのない達海の声から、獅童は事の緊急を悟った。

 それは、はじめてこうして会話した、あの日よりも。



「零がいないんだよ。...こんな早朝、一人で。...嫌な予感しかしないんだ。それに、昨日から様子がおかしくて...」


『様子がおかしい? 攻略作戦で何かあったか?』


「いや、それ自体は特に何もなかったんだが...いや、何もなかったからおかしかったのか...?」


『まあいい。...起動確認。...! ...!!!? 藍瀬! どういうことだよこれ!!』



 獅童の口調からは想像できないほどの焦燥に満ちた叫び声が、通信機越しに達海の耳を打った。


「どうした! 何があった!?」


『とりあえず祭壇付近に急行してくれ! 急いで!!』


「...そういえば、確かに頭痛が...」


 胸騒ぎの理由には、どうやらそれも含まれていたみたいだった。


『...とんでもない数だ...。こんな人数で押されたら、守衛は全滅するぞ...。藍瀬! 俺は作戦本部へ連絡し次第合流する! とりあえず、今はそっちに向かってくれ!』


「分かった! ...零も、そこなんだな?」


『ああ。頼むぞ!』



 お互いにそれ以上悠長に話をする時間もなく、通話はぶっつりと切れた。そのまま、達海は零のもとを目指す。


 

(また...一人で。...けど、これはたぶん...)


 前回もこういうことがあった。その上で今回の件なのにもかかわらず、達海はどこか怒る気が湧かなかった。

 そしてたどり着くのは一つの結論。



(今回は...俺が絶対に来てくれると信じた...んだろうな)


 うぬぼれではなく、達海は心の底からそう思った。

 零は、零になりに考えがあって、それでいて一人で行くを得なかった。だから、信じるしかなかった。達海が自分の後を追ってくれるだろう、と。



(まさにそれ...か。...とりあえず、今はそんなことどうでもいい! 零が危ない!!)


 達海は、人目も気にせず全力で駆け抜けた。祭壇に近くなるにつれて感じる頭痛もよそに、ただ駆け抜けた。


 そして、祭壇近くの路地にて、同じく戦闘服に手を通していた零を達海はようやく見つけた。


 けれど、大声は出さなかった。

 ここは戦場のど真ん中。きっと、敵がいるだろうと。


 音を極力消して、零の近くまでたどり着き、小さく声を掛ける。もちろん、周りに注意しながら。



「零、来たぞ」


「...来てくれると思った。......ねえ、達海。やっぱり私の思った通りだった」


 零のその声は、優しさに満ちていた。...むしろ、それは何かを諦めているかのように。


「どういうことだよ?」


「...昨日の手ごたえのなさが、多分この襲撃。...向こうからすれば、昨日の攻撃なんて、何ともなかったのよ。そうして、今こうして数で押している。このあたりにも40~50はいるわ。...この数じゃ、しんどいかもね」


 言うと、一本道の路地を二方向から挟むように多くのソティラスメンバーであろう人間が押し寄せてきていた。おそらく、この道にある祭壇への裏抜けの細道が狙いなのだろう。


 その数を見て、達海は歯ぎしりをした。

 それは無力を嘆くものでもなく、不利を嘆くものでもなく。

 

 零をただ叱り飛ばすために。



「...弱気になんな! 悪い癖だろ!」


 達海は、零を怒鳴りつけた。ここまでくれば、もう遠慮はいらなかった。


「お前はいつもそうやって、ここ一番で何かを諦めて! 嘆いて! ...違うだろ。そんな簡単に投げ出せるようなもんじゃないだろ。お前の叶えたい、世界を守るって信念は。...まだ何も始まっちゃいない! まだ何も終わっちゃいない! まだ戦えるんだろ。...一緒に、戦うぞ」


「...そうね。私が悪かった。...そうよ、なんで私は、そうやって学ばないまま...!」

 

 達海の激で火が付いたのか、零は顔を上げた。その声音の調子も、だんだんと上がりだす。


「...ええそうよ。逃げ出すもんですか。じゃなきゃ、達海を信じて、ここに来てない」


「だろ? ...戦力、だいぶ差があるな。前みたいに、背中預けてもいいか?」


「それはこっちのセリフ。...頼むわよ、達海」


「...能力、使いすぎるなよ」


 いつかのように、達海は零と背中を合わせる。



(...初めてこうやったあの日と比べれば、俺の背中は頼りあるものになってんのかな)


 それは不安からくるものではなく、願望を述べただけの心情だった。

 けれど、これから先、そうしたものはいらない。


 ただ、力を。

 目の前の障害をつぶすための力を。



 勇気を。

 人を殺めて、それでも進む勇気を。



 掴むように、達海は力を込めて、右手を握りしめた。

 目を閉じ、深い海に落ちるように体をゾーンに落とし...。



 藍瀬 達海という兵士は、戦場を駆けだした。

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