第39話α(2) 何度目かの契り
達海は、取り乱す舞を落ち着かせるべく、とっさに手を握った。
「落ち着けって! どうした...、なにがあった?」
「あれが...あれがないんです...! どうしよう...このままじゃ...私!」
「あれって?」
達海が尋ねるが、舞は懸命に首を横に振った。
言えない事情があるのか、何を無くしたかすら忘れたのか。
達海もだんだんと平静を失いつつあった。
このままではいけないと、一度深呼吸をする。舞にも同じことをするように勧告した。
「...舞、いったん深呼吸だ」
「...え、あ...。...すぅぅー....はぁぁ...」
舞も、達海と同じように一度深呼吸を行った。
それで頭の中も少し冴えたのか、取り乱したことを謝罪しだした。
「...すいません。お見苦しい姿を」
「いや、いいんだ。...それより、何を無くしたんだ? 何かこう、大切な形見とかそういうものか?」
「いえ...そうではなく...。いや、考え方によっては、そうかもしれません」
舞は、自分でもどう伝えればいいか分からない、とこめかみに手を当てて伝えた。
「とにかく...簡単に言えば、私の...リミッターを制御したものが消えたんです。...言い換えれば、今の私はリミットフリー...、そんな状態です」
「それが...何か悪いのか?」
「いや、それが...。私も、それが何のリミッターかが分からないんです」
「...なんだって?」
舞が失ったものは、先ほど述べた両方だった。
「ただ、ずっと誰かに言われ続けてたんです。『お前の中には、もう一つ力が眠っている。...ただし、それは絶対に使うな。さもなくば、大変なことになる』って。...だから、このままじゃ私...どうなるか...」
いつになく、舞は震えていた。
それは、桐の前では絶対に見せられない弱さだった。
前にも、似たようなことがあった。達海に甘えるように、舞が部屋に来たあの日。
舞は、桐の前では常に強くあり続けていたのだ。
だからこうして、時々たまったストレスが暴発する。
効率のいい生き方とは、お世辞にも言えなかった。
「...このままじゃ、私、きっと大変なことに...」
震える舞は、見たくなかった。
だから、達海は舞のことを優しく抱きしめた。
「...え?」
「...なあ、舞。...今、こんな時にいうのは悪いことだと思うけどさ...。...俺、舞のことが好きなんだ。中途半端な気持ちじゃない。...ずっと一緒に生きてきて、いつの間にか、好きになった」
「そんな...こと...」
達海の告白が追い打ちになったのか、舞はどうしていいのか分からないといった様子でうつむいた。
「...やめてください。こんな時に。...それに、桐ちゃんの事、気になってるって」
「...言ったな。嘘はつかないよ。...俺はさ、強欲なんだよ。ソティラスという組織が潰そうとしている、醜い人間。...それでも、せめて世界を終わらせるならさ、その欲のままにいさせてくれよ。...好きなんだからさ」
達海は、舞の都合などお構いなしだった。
それでいいと思った。
桐も、舞も、人間として不完全だ。もちろん、達海自身もだが。
だが、この中で、恋というものを、達海はただ一人知っていた。
達海の恋心は、いつの間にか舞にあった。
もちろん、桐とも一緒にいたいと思っている。
けれど、やはり、三人で一緒にいたいのだ。
そして、その中には自分の大好きな人間がいてほしい。
ただそれだけの、ちっぽけな強欲、達海が初めて生んだ、小さな強欲だった。
「...けど、私が幸せになったら、桐ちゃんが...。私は、ただ桐ちゃんのために生きているのに...」
「そういえば、いつから舞は桐のために、生きるようになったんだ?」
「え?」
思えば、達海はいつから舞がこんな人間になったのか知らなかった。
桐と仲良くなった経緯、舞の本当の過去。
深く考えれば考えるほど、達海は舞の何も知らないことに気づいた。
そう、知らないように仕向けられていたのかもしれない。
一線を越えて、自分に干渉しないようにと、舞が作為的に。
それを破ってしまった今、溢れる思いは止まらない。
「舞が桐を好きなことは分かるよ。何度も聞いたし、一緒に過ごしてきて見てきて、それもよく伝わってる。...けどさ、その過去を、俺は知らないんだ。舞、話してくれないからさ」
「だって...それは意味がないと思ったから...」
「なんで意味がないって?」
「...」
達海の一言一言が舞を傷つけていることに、達海はすぐに気づいた。
慰めるために抱いたはずなのに、全く別のことを口にしている。
それでも、達海は言葉を止めない。
「...もっかい言うよ。俺は舞が好きだ。...だから、舞の率直な言葉を聞かせてほしい。別に何とも思ってないならそれでいいんだ。俺は一人の兵士に戻るよ。認めてくれるなら、舞だけの兵士になる。...いずれにせよ、後悔する選択だけはしないでくれ」
「そんなの...ずるいですよ...」
舞は、なすすべもなく崩れ落ちて言葉を吐いた。
自分が残酷な決断を迫っていることを、達海は理解する。
それでも、乗り掛かった舟、降りることは出来なかった。
それに、気持ちに、停滞した現状を動かさない限りは、桐に向き合うこともできないと思っていた。
「私...達海さんのこと..........好き、ですよ...」
「舞...」
「好きですよ! もう...ずっと前から落ち着かなかったんですよ。一緒に過ごしてきて、悪くないなってどこかでずっと思って、桐ちゃんのために生きてた私が、はじめて桐ちゃん以外の人に興味を持ったんですよ。好きじゃないわけ...ないじゃないですか」
舞は、秘めた思いをすべて吐き出した。
「でも...、そんな感情、持ってしまったら戦えなくなるかもって、怖かった。...だから、言いたくなかったんですよ。...さっき、先輩に桐ちゃんを連れて逃げるように言いましたよね? あの時、私、死んでもよかった。思いを伝えずに消えた方が、まだ楽だと思えた。...なのに、どうしてですか...。なんで...なんで今になって」
舞の頬をぼろぼろと大粒の涙が伝う。
けれど、それは悲しみや、喜び、どちらの感情にも当てはまらないものだった。
整理できない感情が代弁するように、自然と流れ出しているのだ。
それを理解して達海は、少し後ろめたい気持ちに見舞われながら、好きと言われたことを素直に喜んだ。
「...けど、俺は、言えてよかった。ちゃんと言う前に舞に消えられたら...俺、辛くてやってられねえよ。思いは、ちゃんと手の届くうちに伝えたいんだ。だから...後悔はしてない」
「...ほんと、ずるいです。...けど、ありがとうございます」
「え?」
舞は、くしゃくしゃの顔ではにかんで、一度ぺこりと頭を下げた。
「達海さんがいてくれたから、私も成長しました。...多分、きっと。知りえない感情をいっぱい知りました。恋も、たぶんその一つで。...戦いしか知らない私たちでしたが、達海さんがいてくれたから、いつからか楽しいと思えるようになって。...だから、感謝します」
「...感謝、ねえ。...そんなの、俺の方がするべきだ」
「その言葉は受け取りません。...多分、まだ聞くべき時じゃないので」
「ええ...?」
「だから、今度、ちゃんと聞かせてください。世界が終わるまでに」
舞は、ここにおいても自分のなすべきことを忘れなかった。
いや、おそらく一度たりともわすれたことはないのだろう。自分の身に課せられたその使命を。
リミットが外れて、知らない感情で混乱しているときもきっと、なすべきことは自分の胸の中に生きてるのだろう。
やはり、どこまでも舞は強い人間だった。
「...じゃあ、約束しよう。俺は感謝の言葉を、今じゃないいつか、舞に絶対に伝える。世界が終わる前に。だから、その時はちゃんと聞いてくれ」
「はい。約束です」
舞と小指を結びあう。
それは、古来から伝わる約束の証。
それが結ばれるだけで、達海は強くいられる気がした。
ふと、はじめて舞と会ったときのことを思い出す。
その時から、舞は桐にべったりだった。
(だから、確かあった時も桐を迎えに来ただけだったよな。...すごい形相で睨まれたっけ?)
それから、何度も桐に会うたびに、舞にもあった。
(けど、この時、舞とは変に密接な関係になるなんて思ってなかったな。あくまで話す対象も桐だったし。それに、...話しかけるには怖かったし)
しかし、話が一転して、気が付けば舞は達海の師匠となっていた。
(ここで初めて舞の事、知ろうと思ったんだよな。...本当に、きつい毎日だった。楽しかったけど)
そうして、互いのことを思いあう関係になった。
そこまでの距離は、長いようで短い。
桐と舞と三人で過ごすようになってからは、毎日が輝いていた。
短い日々だったが、一日一日の価値が違う。
幸せになるのに、時間はいらないことを達海は知った。
「...なあ、舞。幸せなまま、消えたいよな」
「...昔の私なら、なんて言ってたんでしょうかね。ちょっと想像つきません」
「『いいですか藍瀬さん。消える命に幸せがある意味なんてないんですよ』なんて言うんだろうな。全く、舞はどこまでも冷たいなぁ」
「ちょっと、今の私で判断してくださいよ。私、そんなに冷たいですか?」
「いや。舞は暖かいよ。...どこまでも優しい」
「...そう...ですか」
自分でお褒めの言葉をねだっておきながら、いざ聞いて舞は嬉しくて耳を赤らめた。そのしぐさが、またいちいち達海はかわいく思えた。
「...今からでも、幸せになれるかな?」
舞は、短い言葉でぴしゃりと区切った。いつの間にか、緩んでいた表情も戻っていた。
「...もう、終わりますよ?」
「時間なんて関係ないんだよ。...幸せってのは、きっとその濃さが大事だから」
「...そうかもしれませんね」
舞はそれ以上否定することなく、一度運と頷いて、改めて達海に向き合った。
「...なら、達海さん。私の事、幸せにしてくださいね」
「ああ」
そうして、もう一度強い契りが結ばれた。
残された不安など、まるでないかのように。
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