第34話α 達海の挑戦


 達海は、舞の言ってることが理解できずに聞き返す。



「どういう、ことだよ」


「そのまんまです。私を殺してください。それが先輩の、最後のやることです」


「...それは、絶対にやらなきゃいけないのか...!?」


「特訓を申し込んだとき、最初に言いましたよね? 私の言うことが絶対だと。口答えは認めません。戦ってください」


「...くそっ」


 

 達海は少し歯ぎしりをしたものの、受け取った短剣をカバーから取り出した。

 綺麗に研がれたその刃は、人を切るのも苦労しなさそうに思えた。



(...こうなることは予想してなかった)


 こういうとき、舞が戌亥譲りに非情なのは分かっているつもりだった。

 けれど、自分の命を賭けるほど本気ということまでは達海は予想できなかった。



(...けど)


(誰を傷つけることにも躊躇わないと覚悟はしてるつもりだ)



 そうなってしまった以上、達海に逃げ道はない。

 必要なのは、進む覚悟だけ。




「...覚悟、できましたか」


 達海の目の色が変わったことを確認し、舞は少し微笑んで、表情を引き締め、胸元からリボルバー型の拳銃を取り出した。



「それでは...行きますよ!」


「!!」




 その瞬間、舞は全力で達海との間合いを詰めだした。

 その距離はおよそ2メートル。至近距離とは言えないがだいぶ詰まっている。



(舞の能力は電気...けど、どこまでできるかは聞いたことも見たこともない)


 舞は、ほとんど達海に自分の能力の詳細を明かしてなかった。おそらくそれは、この時のため。 

 いつか、刃を交えることを想定していたため。



(自分で探れ、ってか...。なら)


 達海は、自分に働いてる重力を極力下げた。

 自分の重力がイメージしたものの重力に近くなる習性は、幾度かの戦いで理解していた。


(軽く動けるような重力...でも、軽すぎたらたぶんやられる)


(イメージするのは...ざっと10キロのバーベル!)



 それが達海の頭に浮かんだ瞬間、舞は銃口を達海に向けた。


(くっ! この距離で!!)


 銃弾はバックステップでは回避できない。

 達海は銃口から体をそらすように舞から見て左にステップを踏む。


 しかし、舞に目を向けた瞬間、舞のモーションは右足の回し蹴りに入っていた。


(フェイク...! やられた!)


 回避も、重力を再転換することも間に合わない。

 間違いなく自分にその足が当たることは、何度か戦闘を経験した達海には容易に想像できた。



「...ならっ!!」



 相手の足が当たっても、一番ダメージの少ないところにすればいい。

 達海は、少しだけ動き、舞の回し蹴りを正面から受けた。



 すさまじい衝撃とともに、体が二三歩ぶん後ろへのけぞる。

 次に達海に伝わったのは、骨に直接響くような痛みだった。



「がっ...!」



 ここまでの痛みは、体験したことがなかった。

 思わず後ろに倒れそうになるが、踏ん張ってバックステップ。



 しかし、それも舞は予測していたみたいで、逃がすまいと距離を詰めることを繰り返す。



「どうしたんですか? 攻撃しないと倒れませんよ!」


「分かってる! ...分かってるんだ」



(舞は、むやみな攻撃はしない。戦闘慣れしているってのは、こういうところに顕著に表れてるんだな...)


(逆に言えば、隙がない。こちらから攻めるしか...)


(...集中しろ。相手は本気で自分のことを狙っている)



 達海は小さく息をついて、短剣を取り出し、少し力を入れて握りしめた。



(...縮地!)


 背中の向こうから追ってくる舞にカウンターをすべく、急ターンして短剣を突き出した。


「っ!!」


 舞も急に攻撃することは予想してなかったみたいで、少し動揺をあらわにした。

 しかし、それも一瞬。

 指の先から、プラズマをその短剣の刃先に当てるように放出した。


(...まずい! 速く!)


 集中がだんだんと極限に達してきたのか、目の前で行われている攻撃がどれほど危険なものかを達海は瞬時に察して、短剣を上に放り投げた。



「短剣を!?」


「...っ!」



 舞のその攻撃には、ほんのわずかだが隙があった。

 それを持ち前のゾーンで見抜き、達海は腹目掛けて握りこぶしを繰り出す。



(...1トン、いけるか...!?)


 出したことない重力でのパンチ。

 体が耐えれるか不安があったが、構わずまっすぐ繰り出した。


 

 そのこぶしは、とっさにバックステップを踏んだ舞のあばら骨当たりをかすめた。



「...くそっ!」


「......」


 舞はもう数歩後ろへ下がって、拳銃を取り出した。




「...正直、油断してました。まさか、ゾーンに入ればここまで的確な判断ができるなんて」


 しかし、その言葉は、完全に集中した状態にある達海の耳には届いてなかった。

 


 達海は、ただ目の前の敵を見ていた。

 何が弱点か。何が長所か。どこを狙えば効率よくダメージが入るか。



 これまで、ゾーンに入ることを拒んでは、いざ入るとそれに振り回されていた達海だったが、特訓により、任意にゾーンを操ることが出来ていた。


 これがその、任意でゾーンに入った状態だった。


(バックステップ、拳の先のみ命中。所持物、リボルバー。近距離戦やや有利...か)



 もはや、相手が舞ということすら忘れていた。

 



「...無視ですか。まあいいです。本気でいきます!」



 舞はためらいなくその引き金を引いた。

 発砲音とともに銃弾が放たれる。


 それは、通常よりも明らかに回転数が多かった。

 舞は、銃弾が放たれる前に、電力で回転をかけておいたのだった。

 それが回数を重ねて、だんだんと加速する。



「...」


 しかしそれは、ゾーンに任意で入った達海にとっては完全に遅く見えた。



(弾丸は避けなければまず当たる。けど、サイドなら下手すればさっきと同じ攻撃。避けれないと分かってるなら、上に!)


 達海は全力で跳躍し、舞の頭上5メートルあたりまで飛んだ。



「上ならもう一発!」



 舞はすかさず銃口を上に向け、引き金を引く。



(そう来たか...! 身動きはとれない。なら、次の攻撃にどうやってつなげるか。...カウンターをするために...!)



 完全に避けれないことを分かったうえで、達海は地面方向に働く重力を最大まで引き上げた。

 うまく体を捻り、弾丸を極力避けるようにする。


 弾丸は達海の肩をかすめて通り過ぎ去る。


 達海は、肩から流れる血を気にもせず、舞にかかと落としを見舞おうと構えた。



「あれも躱す...!? この人...!」


「...らぁ!!」



 銃のリロードが間に合わないことを悟った舞は、銃を持ってる手、持っていない手をクロスさせて、そのかかと落としを正面から受けきる。



 ズゥンと重たい音が鳴り、はじめて能力を使ったときのような円形のくぼみが地面にできる。

 


「...くっ!」


 ミシミシと音を立てたのは、舞の両腕の骨だった。

 そのまま地面に埋まるかもしれないくらいの重力を感じた舞は、どうにかしてその手を払った。


 しかし、それは明らかなよろけ。

 達海に見せた、はじめての大きな隙だった。



(あれならおそらく二秒は動けない。なら、体勢を立て直される前に連続攻撃...!)



 地面に着地した達海は、すかさず舞との間合いを詰め、ボクシングのジャブのごとく拳を顔面へと放った。



「...っ!! 避けられっ!」


 その一発が、舞の頬骨のあるあたりにヒットした。

 再びよろめく舞。左足が一歩後ろへ下がった瞬間、達海はもう片方、右足の膝を後ろから軽く攻撃した。


 日常生活で言う『膝カックン』を、片足にのみ行った。


「しまっ...!?」


 バランスを崩した舞は、それに耐えることが出来ず、背中から地面に強く体を打ち付けた。


「かはっ...!」


 肺を強く打った舞は思わず声を上げる。

 その瞬間を逃さず、達海は押し倒すように舞の上にまたがり、再び顔面目掛けて、思い切りを振り下ろす。



「...っ!」


 次の瞬間には痛みが自分に来ると予想した舞は思わず目をつぶった。


 ...が、いつまでたってもそのこぶしは振り下ろされない。


 舞が恐る恐る目を開けると、自分の目の前、およそ10センチほど手前で拳が止まっていた。


 その光景に驚いた舞は、目を丸くして達海に問う。



「...どういうことですか?」


「...これで、俺の勝ちってことにしてくれないかな? 舞」


 達海は、いつの間にかゾーンから脱していた。

 というよりかは、それはほとんど偶然だった。



 舞を押し倒した瞬間、一瞬だけ気が緩み、自分の目の前にいる人間が舞だということを思い出したのだ。


 そうなってしまっては、傷つけることをためらってしまう。

 だから、達海は舞の手足を抑えた上で、拳を振り下ろし、直前でそれを止めたのだ。



「...確かに、今の状態の私では、先輩の目を目掛けて唾を吐いて、目くらましの内に脱出して即座に銃を回収してトリガーを引くことくらいしかできません」


「それやられると俺死んじゃうな」


「...けれど、それをしても結果はたぶん変わりません。先輩の勝ちですよ。...全く、殺せといったからには命張らないとと思って覚悟してたのに」



 舞は悔しいのか、ふてくされたように口を尖らせた。



「でも舞、本気出してなかったでしょ」


「...バレましたか」



 達海は、舞が本気を出していないことは早々に理解していた。

 舞が能力を使ったのは短剣で攻撃しようとしていた時と、リボルバーの内部構造に働かせたときの二回のみだった。


 明らかに、能力の使用頻度が違う。



「相手が俺だからって、加減してくれてたのか」


「違います。これは非能力者を想定してですね...」


「違うのか?」


「...たしかに、加減はしましたけど」



 舞はさらに恥ずかしそうに呟く。

 

「それより、先輩はいつまで私の上にまたがっているんですか。負けを認めたので、そろそろやめてください」


「あ、悪い」


 舞の指摘で達海は舞の上から離れ、転がっている舞の手を引っ張り立ち上がらせた。



「全く...殺せといったのに」


「さすがに、それはできない。...けどきっと、舞以外が相手なら、分からなかった」


「でも、先輩、戦闘中は、本気の殺気を見せてましたよ」


「...あー」



 達海は、ゾーンに入っていた時のことをほとんど覚えていなかった。

 ただ集中のまま、直感のまま戦っていた。


 だからこそ、自分がどれだけ非情だったかを知らないでいた。



「ごめん、何も覚えてないっていうか...」


「おそらく、相手が私だったということすら忘れてましたよ。ゾーン...恐ろしい能力です」



 舞は達海から手を離すと、少し土に汚れた自分の服をぱっぱと払った。



「それじゃ、帰りましょうかね」


「...確認だけどさ、合格、ってことでいいのかな?」


「そうですね。...残念ですが、文句なしです」



 舞はやれやれと首を振って、改めて達海の手を取った。

 少し悲しげな瞳で。







「これからは先輩にも戦線に参加してもらいます。...くれぐれも、死なないでください」



 

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