第33話α kill me
翌朝になったが、舞と達海の間にはどこか気まずさが残っていた。
しかし、当然といえば当然の話だ。
舞は、自分の弱さを、自分の本性を、はじめて桐以外の赤の他人にさらしたのだ。
それなりに、心残りになるところはあった。
「...おはよう、ございます」
「ああ、おはよ」
舞はいつもより邪険にふるまおうと、目も合わせないまま達海に挨拶をする。しかし、達海も達海でちゃんと舞を見ようとする気力がなかった。
それは、まるで初々しいカップルのような雰囲気だった。
だからこそ、その光景だけは、お互い桐には見られたくなかった。
「...あのさ、舞。昨日は」
「やめてください。本当に。思い出すだけで赤面どころじゃすまないんですから」
「分かってる分かってる」
普段ならこれが付け入るスキと言わんばかりにからかうところではあるが、そういう関係ではないと達海は十分に把握していた。
「...ならいいです。それより、今日の日程についてお話しておきますね」
「ああ、お願い」
「今日は桐ちゃんがオフ、私は戌亥さんに呼ばれているので向こうに出向きます。...、まだ特訓は終わってないので、外をふらつかないでください」
「いつも通り、か」
「はい。...それとですが、本日で特訓は最後にします」
「...え?」
突発的に言われたことが理解できず、達海は問い直した。
「そのままの意味です。今日で特訓は最後。今日をもって私の享受は終了します。明日からは、戦いに参戦してもらいます。今日、戌亥さんにもそう打診するので」
「そうか...」
そう言われてみると、いろいろ感慨深いところがあった。
最初は自分のことをこれっぽっちも認めようとしなかった舞が、今面と向かってこのようなことを言ってるのだ。
最初はうまく制御できないでいた能力も、今ではそのほとんどを自分の意志で操れるようになっているのだ。
自分の進んだ距離が、達海はようやく見えたのだ。
それは儚くも、どこか喜ばしく思えた。
「その代わりといってはなんですが、今日の特訓は死を覚悟しててください。...油断したら、死にますよ?」
「...分かった。用心しとく」
その具体的内容は言われなかったが、舞が冗談を知らないことを達海は知っていた。
だからこそ、本当にうかつな真似は出来ない。
達海は一度唾を飲んで、舞の言葉を咀嚼した。
---
いつものように朝食を終えると、すぐに舞は戌亥のもとへ出かけてしまった。
家の中には、待機命令の達海と、オフを言い渡された桐が残っていた。
家の中ではやることは限られる。それはお互い分かってるみたいで、だからこそ目に見えた会話が、達海は欲しかった。
「...なあ、桐」
「どうしましたか? 先輩」
食堂の自分の席に着き、テレビを見ている桐に達海は声を掛けてみた。が、そこから先が続かない。
舞とあんなにすらすら話せていたことが、桐の前では話せない。
何を言えばいいのか、達海は分からないままでいた。
「...先輩?」
「あ? ああ、うん。どうした」
「いや、話しかけたの先輩なんですけど...」
桐はおかしいものを見る目で達海を見る。その視線が痛い。
「いや...なんだかんだ言って、桐とこうやって話したこと、そんななかったかなって」
「ああ、そういえばそうですね。日中先輩は表に出ることなかったですし、私がオフの日は基本寝てばっかりですし」
「だからさ、せっかくの機会だから、お互いの事知りたいかなって」
「はぁ...まぁ、そうですね」
桐は特別興味がなさそうだったが、しかし邪険な雰囲気ではなかった。
それを肯定ととらえて、達海は続ける。
「桐ってさ、何か好きなこと、あったりする?」
「好きなこと、ですか?」
「うん。別にことじゃなくてもなんでもいいんだ。好きなもの、場所、...人。桐のそういうものを知りたいんだ」
「うーん...そうですね」
桐はそれを聞くなり困ったような表情を浮かべる。
真っ先に否定から入らないあたり、舞とは違うんだなとどことなく達海は思った。
「好きな場所...でいうなら、この家とか、それこそ戌亥さんのもととか、ですかね。...いてて気持ちいいというか、落ち着くというか。思うんですよ、自分の居場所はここなんだなって」
「なるほどな...」
その言葉で、昨日大口たたいて戌亥に物申したことを思い出した。
が、桐の戌亥に対する思いは間違いなかったようで、達海は見抜かれないように胸をなでおろした。
「好きな人...ですか。ちょっとそういうのは分からないです。...そう、育ってないので」
「...まあ、そうだろうな」
戌亥のもとで育ったのだ。基本の感情すら、ちゃんと教えられているか怪しい。
だからこそ、桐の言うことが達海には理解できていた。
(舞に聞いていた通りだな。...あまりに、幼い)
だからこそ、守りたくなるのだが。
そうした中で、達海は一番聞いておきたいことがあった。
それを今日は、逃げることなく、桐に伝える。
「最期に言うけど、桐はさ、何かしたいこと、ある?」
「したいこと?」
「誰だってあるでしょ。やりたいこと。...例えば、俺が桐を守りたいって言うように。そういうのが、あるはずなんだ」
「私は...、私は......」
桐は悩んだ。
おそらく、今日一番悩んだ。
悩んだが、答えは出なかった。
それに対して申し訳なさそうに桐はぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい。分かりません。白飾祭も終わっちゃいましたし...。...私、何のために生きてるんでしょう?」
「それは俺も分からないな。...まあでも、いいんじゃないかな。分からなくて。これから探せばいいだろ。やりたいことなんて」
「それ、今まさに人間を滅ぼそうとしてる人間の言うセリフですか?」
「いいんだよ。消えるまでにやればいい。そんな小さなことでいい」
「はぁ...まぁ、そうですね」
その答えが分からないまま、桐は素直に頷いた。
きっと今はこうすることしかできないことを、達海は心の底から理解していた。
---
夜になり、桐が深い眠りにつくと、それを待っていたかのように舞は達海の部屋の戸を叩いた。
「先輩、寝たりしてませんよね?」
「もちろん。...今日が最後って聞いてるから、それに合わせるようにコンディションも整えておいた」
昨日結構祭内で歩き回った割には、体に疲れはなかった。
少し残っていた疲れも、今日の日中でしっかりと拭い去っておいた。
今の状態は100%を超えているといっても過言ではない。
「ならいいです。はやく行きますよ。今日はちょっと、時間かかるかもしれませんし」
「了解」
さっさと身支度をして、達海と舞はいつもの公園へと向かった。
公園に着くなり、達海は軽く体を動かす。
何をするにもウォーミングアップは大事。元陸上部からの助言だ。
舞は自分も軽くストレッチをしながら、達海の方に目配せをする。
それが気になった達海は舞に話しかけてみた。
「どうしたんだ」
「いえ、別に大したことはないです。...それより、先輩は、武器を使う自信ってありますか?」
「...おいおい、急に聞くんだな」
舞は構わず続けた。
「それでどうなんですか。ただ相手を殴り殺すのと、何か道具を使って人を殺すのでは心構え、余裕、そういうところが全く違います。でも、武器を使う、っていうのは、完全に相手を殺すこと前提で戦うことになります。覚悟はより一層必要ですよ」
「なるほどなぁ...」
その言葉で達海は色々と出会ってきた能力者が何を使っていたかを思い出す。
自分の運命を変えたあの日、片方の男が代物っぽい日本刀を使っていた。
一方で、弥一は何も使っていなかった。
そして桐は短刀。
戦うスタイルはバラバラだ。
おそらく、能力者にとって、自分の能力あっての武器なのだろう。
相性がよろしくもない武器を使ったところで、うまく戦えるわけではない。
(俺は...どうするか)
何か武器を使うという選択肢もあるし、持たないという選択肢もある。
自分の能力は重力操作。その効果がどう武器に影響するかは考えたことがない。
(けど、重たい一撃を与えるなら、飛び道具は使えないよな)
そうなると、残されるのは刃渡りの長い刀か、はたまた桐の持つような短刀になる。
達海はこぶしを一度握りしめた。
(...この手にすべて賭ける...ってのもありだよな)
「それで、どうするんですか?」
「...飛び道具は使えないだろうとは思う。使うとすれば刃物になると思うけど...、おそらく刃渡りの長い日本刀とかは違う気がする。使うならおそらく短剣...そこらへんかなと」
「使うなら、ですよね?」
「自分の能力が重力操作である以上、その強みを一番生かせるのはこぶしだと思う。だから実際、武器を使う必要があるかないか分からないんだ」
「なるほど、分かりました」
舞は了承したように一度頷き、持ってきていたバッグから小さな何かを達海に投げ渡した。
「っと。...これは」
手元にあったのは、刃渡り25センチほどの短剣だった。
「そういうわけなら、それで試してみてください」
「試すって...それが今日の特訓の内容か?」
「そうでもありますね。まあ、内容はもっと簡単です」
舞はウォーミングアップを終えたのか、自分が普段使用している武器を鞄から取り出して言い放った。
「最終目標。私を、殺してください」
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