第32話α 優しさと強さ
『おう、珍しいな。こんな時間にお前から電話なんてよ。どうだった? 白飾祭』
「よかったですよ。...それより、ちょっとお話付き合ってもらえますか?」
『いいにはいいが...俺って電話が苦手でなぁ。できればこっち来てくれないか?』
「問題ないですかね?」
『爆速でくれば問題ないだろ』
そう言って電話越しに戌亥がけらけら笑うのが聞こえる。
(...まあ、全力ダッシュで4分で行けるか)
「分かりました。すぐに伺います」
『じゃあ切るぞ』
戌亥が電話を切るのと同時に、達海は玄関に向かった。
そのまま、音を立てないようにドアを開けて、すり足忍び足でマンションの外に出る。そして全力で走り出した。
(...あれ?)
当たり前のようで気が付かなくなっていたが、ずいぶんと体が軽かった。とはいえ、それは能力で、というわけではなく、能力を使っていい足の回り方をすることがうまくなっているからだった。
ただ走っていただけの最初の数日間。
何も無駄なことなどなかったのだ。
(肺活も上がってるし...やっぱりすげぇや)
内心ここまで付き合ってくれた舞に感謝しつつ、達海は道を急いだ。
街灯の薄暗く照らす路地を抜け、本部の建物に入る。
中ももうお休みモードで、非常電源のいくつかしかついていない。
そんな通路を抜けて、戌亥の部屋へ向かう。
重苦しいドアを開けると、毎度のごとく新聞を読んでいる戌亥がいた。
「よっ、早かったじゃねえか」
「また新聞ですか...。内容は更新されてるんですか?」
「おう、これは今日の夕刊だ」
「朝夕両方取ってるんですか...」
むしろそうなら、なぜそこまでするのか、普段から新聞をとる習慣のない達海は気になった。
「まあ、大して意味はない。それで? お話だろ? 座れよ」
「ああ、そういえば」
戌亥に促されて、ここに来た意味を達海は思い出し、来客用の椅子に腰かけた。
「んで、お話ったって何があるんだよ」
戌亥は新聞をたたみ、机の上に置くかと思いきやゴミ箱へと投げた。
それに内心驚きながら、達海は口を開く。
「まあ、今日の白飾祭のこと、桐と舞の事、それから、今後の事ですかね」
「なんだよ、くそ真面目か」
「といいつつも、眠れなくなったんでここに来ました」
「なんだそりゃ」
戌亥は余裕を見せながら少し笑う。
その姿は息子の話を聞く父親にどこか似た面影を感じる。
「...桐と舞は、白飾祭楽しんでたか?」
「ええ。桐は終始ウキウキで、舞ですら気分が相当高揚したようなので。行かせてあげてよかったと思いますよ」
「そりゃ俺が指示出した甲斐があったもんだ」
「さっきなんか舞、気持ちが動転して寝れないです、なんて俺の部屋に来ましたからね」
「へぇ、あの舞が?」
こればかりはさすがに戌亥も驚いたみたいだった。
きっと、舞があそこまで素直になることはごくまれなのだろう。
「複雑な事情がある特別措置枠とはいえ、やっぱり普通の人間なんですね。喜びを感じるところも、持ち合わせている感情も」
「...ん?」
達海の口から特別措置枠という言葉が聞こえたことに、戌亥は違和感を覚えて首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、お前...ああ。そういうことか。桐と舞の過去について聞いたか」
「両方、舞の口から、ですけど」
「そうか。...じゃ、俺の行動もバレるかぁ」
戌亥はもどかしそうに頭を掻いた。
「戌亥さんのことは悪く言っていませんでしたよ。単純に自分の生い立ち、桐の生い立ちについて舞は話しただけです」
「...ま、あいつのことだからな。そういう大切な話はきっちりするタイプだとは思ってたんだ」
「それで、その桐と舞を保護した立場の人間からして、二人のことをどう思ってるんですか?」
「面白いこと聞くんだな。納得いかない答えが返ってきたらどうするんだ?」
戌亥は挑発じみた笑みを達海に向ける。その瞳の前に達海は聞くことをためらいそうになる。
「...構いません」
「まじめだなぁお前。...まあいいか」
あまり動揺を見せなかった達海に内心がっかりしたように戌亥は目を細めた。
「別に俺は、はっきりいって何とも思ってない。俺が情で助けたとか、保護者面してると思ってるなら、それはやめてほしい」
「そう、なんですか?」
「言ったろ? 俺は、そういった感情を持ち合わせていないんだよ。というか、捨てた。変に邪魔されて戦いに集中できなかったら死ぬのは俺自身だしな」
戌亥は顔から一切の笑みを消してタバコをふかした。
「桐を拾ったときの話からするか。...あれはまだ俺が警察をやってた時だったか。ひでえ事故だったよ。感情を持ってる人間だったら誰だって同情するだろうな。でも、俺は違った」
「どう違ったんですか?」
「簡単だよ。あの場に吹き荒れる風。一瞬で能力が働いてるってわかったよ。だから保護した。『こいつが大きくなるころには、目標が達成できるかもしれない』そう思ってな。まぁ、簡単に言えばいい駒になるだろうと思ってたってことだな」
「...!」
そういいつつも戌亥は笑わない。
だからこそ、達海は変に怒ることも、怒鳴ることもできなかった。
「舞の方も一緒だ。とはいえ、出会ったのは本当にたまたまだけどな。あそこまでの能力者になった以上、変に保護施設に預けられなくてよかったと思ってるよ」
「...そうですか」
「どうだ? 少しは幻滅したか?」
その問いに、達海ははいもいいえも言えなかった。
今の話を聞いて、『戌亥』という存在が悪に思えただろうか?
確かに、人を駒のようにしか思ってないとなると、怒りたくはなる。
けれど、もとより戌亥自身がその立場出身だとしたら、今の言葉に嘘があるかもしれない。
あくまでそれは、本人の無自覚の内だけど。
「分かりません」
「そうか」
けれど、達海には一つだけ言えることがあった。
「ただ、桐も舞も、上司が戌亥さんでよかったと思ってますよ。きっと」
「...どうだかねぇ。俺がそういう風に教えたから、そういう教育になったのかもしれないぞ?」
「あの反応は洗脳じゃないことは、俺が証明します」
「まあ、好きにすればいいさ」
戌亥は笑わない。
いつまでたっても笑わない。
きっとこれが本性で間違いないのだろう。
一貫して無情を貫く。
それは、強さだ。
達海に、それを変に壊すことは出来ない。
「...なら」
「ん?」
「戌亥さんは、どんな道をたどってきたんですか?」
それが、達海にできる精一杯の抵抗だった。
せめて、戌亥の過去を知って、戌亥の生き方を納得したかった。
それで舞や桐が救われるわけではないと知りながら。
「俺か...。お前、物好きだな」
「本当はこんなに強欲じゃないんですけどね」
自分で言うのもなんだろうなと思いつつ、達海は言ったことに後悔をしない。
「...けど、今はその答えが欲しいです」
「...分かった。答えてやるよ」
戌亥はあきらめてため息を一つついて、過去を懐かしむように顔を上げて答えた。
「簡単に言えば、俺はもともとチルドレンソルジャーだ。それの意味は分かるよな?」
「確か、紛争地域などにいる、幼くして戦争などに参加している...」
「その認識でいい」
「じゃあ、戌亥さんはこの国の人間じゃないんですか?」
「いや、この国出身だ。ついでに、白飾のな」
ではなぜ、チルドレンソルジャーなどになってしまったのだろうか。
全てにおいて辻褄が合わない。
しかし、戌亥の口からその真実は語られる。
「もともとここの市民だった俺は、親の仕事の関係でどうしても外の国に行かなくてはいけなくなった。そうして移った先の国で、強制的に内戦に巻き込まれてな。親も死んだ。家もない。戦わなければ生きれない状態に幼くして立たされたわけだ」
「それはいつくらいですか...?」
「まだ10もいってない頃だったよ。...でも俺は、いつでも死ぬ覚悟は出来てた。とういうよりかは、死んでもおかしくないと割り切っていたし、自分が殺されることに不満はなかった。当然だよな。その分自分が多くの人間を殺したんだから」
達海は、どこかで聞いた『撃っていいのは打たれる覚悟がある人間だけ』という言葉を思い出した。
戌亥には、その覚悟が十分に備わっていた。
(けど...それを得るには早すぎる)
10歳の人間がそんなことを考えて生きないといけない世界であると、戌亥は口にしているのだ。
それは、あまりにも無情すぎる。
「そうしていると、いつだったか、柄木という男がその国へ来た。ありゃ驚いたなぁ。みるみるうちに敵である存在をバッタバッタ薙ぎ払って、そうして俺に告げたんだよ。『君を迎えに来た』って。俺にとっては、救世主だった」
「柄木さんって確か...十傑、でしたっけ?」
「ああ。俺より位の高いところにいるよ。...それで、俺はソティラスに入った。この時俺はもう16くらいだったかな。そのころにはすっかり、自分で戦う理由を見出すのを止めてたからな。だから、指示される内容、戦う理由が欲しかった。...だから、俺にとってこの場所は、天国以外の何者でもない」
「...確かに、その話を聞く限り、戌亥さんに不満要素がなさそうです」
「その通り。...それに、今なら思えるんだよ。ソティラスの考えは正しい。俺自身が、無情な世界をこの目でしっかりと見ているのだから。それは表向き警察になった後も同じ。幻滅、失望、俺を取り巻いたのは、それだけだった」
「だから、壊す...」
「ああ、壊す。壊して次の世界へ託す。同じ過ちを繰り返さないために」
それが、戌亥の戦う理由だった。
達海は、どうだろうか?
そこまで強い人間ではないことは、達海自身が一番分かっていた。
今こうして強い人間の話を聞いて、心が揺れ動く。
まだまだだなと思う。
けれど思っても、引き返せない。
達海は、強くなるしかなかったのだ。
だからせめて今は、自分の戦う理由を正当化する。
きっとその気持ちに間違いはないのだから。
「...お話聞けてよかったです」
「何がよかったかは分からないけどな。...ただな、達海」
「はい」
「お前は変わるなよ。...絶対に、変わってくれるな」
「...? はい、わかりました」
何かにお願いするような声でそう言った戌亥の気持ちを、達海は理解できずにいた。
けれど、それを考える時間もなく、時間は過ぎ去る。
「おう、そろそろ帰った方がいいんじゃねえのか? そろそろ戦いがあちこちで激化するころだ。こうしている間に戦ってる人間もいるからな。せめて邪魔はしないようにするんだな」
「はい。ありがとうございました」
「別に。また来いよ」
戌亥はぶっきらぼうにそう吐きすてて、投げ捨てていた新聞を拾いなおして再び読み始めた。
「じゃあ、失礼します」
達海はそう言ってドアを閉める。
そして、戌亥と壁一枚隔てられた場所でそっと呟くのだった。
「戌亥さん...。あんた、優しいって」
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