第31話α 素直にあるがまま
抱いているクッションに舞は顔を沈める。
そこにいたのは、能力者でもソティラスでもなんでもない、普通の女の子のように見えた。
だからこそ、達海は胸をどきりとさせる。
「あれだけえらそうなこと言ってても、やっぱり自分には嘘はつけないんですね...」
「えらそうなこと、ねぇ...」
おそらく、はしゃぎ気味の桐とは違って自分は、と思っていたのだろう。けれど、実際初めて目の当たりにする光景に心高ぶらずにはいられなかったようだ。
「あの場の興奮にやられちゃって、今日はちょっと寝れそうにないです...。桐ちゃんがうらやましいと思ったのは、はじめてかもしれません」
そう言って舞はぶらぶらと足を動かす。平常なら考えられないくらい、その時の舞は素直だった。
「分かった。じゃあ、眠たくなるまで俺が隣にいるよ」
「...お願いします」
舞は小さくつぶやく。
初めて出会ったときだったら、こんなことが考えれただろうかなんて達海は一人で思っていた。
その時の舞にとって達海はただの桐に悪影響を及ぼすかもしれない邪魔ものであって。
そこから同じ組織の一員になって。
そして今は...。
今は、舞にとって自分は何なのだろうか?
そんなことを思って達海が舞のほうを向くと、舞は同じタイミングで口を開いた。
「いい機会だからお話させていただきますね。...私の過去」
「ああ、そういえば」
今日の間でそんなことを言ってた気がすると達海は思い出した。
「といっても、桐ちゃんほど残酷じゃないですよ。私も似たような話ですが、なったのは桐ちゃんの年齢よりもうちょっと後なので」
「といっても、残酷な話には変わらないだろ?」
「はい...」
そう言ったとき、舞は過去の公開にとらわれるような表情を浮かべるかと思ったが、舞の調子が変わることはなかった。
「とはいえ、本当になんです。というのも、私は桐ちゃんと少し違うので」
「どんな感じに?」
「そうですね...。もとは私もただの一般市民でした。父親と、母親とがいて、三人暮らし。裕福ではなかったと思いますが、幸せだったと思います。...それで、六歳のある日、私が家で留守番している間に、一本の電話がかかってきました。『お前の親父さん、おふくろさんが死んだ』と」
「それはどうして?」
「もともと、両親は共働きでした。やってることは、コアから概念的に放出されたエネルギーを使った物の製造。しかし、概念的に存在するコアを当時使用するには、かなりリスクを伴ってました。そう考えたら、両親が死んだのは必然的だったかもしれません」
自分の両親の死の話だというのに、舞は悲しげなそぶりを見せずにいた。
それが達海は気になって仕方がない。
「悲しく、ないのか?」
「悲しかったと思いますよ。その時は」
「その...時?」
「私は、その一方を聞いていてもたってもいられなくなって家から飛び出しました。その時、外は激しい雷雨でした。そして、どれくらい走った頃でしょうか、私が疲れて足を止めると、最悪のタイミングで雷が落ちてきたんですよ。私に」
「だから...舞は」
「まあ、それは少し後の話ですね。...それで、雷に打たれた私は当然気絶。病院に運ばれる予定でしたが、それを先に見つけたのは警察ではなく戌亥さんだったそうです」
「あの人偶然でやってるのか狙ってやってるのか分からないな...」
「その時はたまたまだったらしいです。通りかかったら幼子が倒れている。しかも拾ってみると、体から電気を放出している。...もうこれで、お分かりですよね? そこからは桐ちゃんと同じことをしてきました」
結局、舞も桐も同じような道をたどってきたという話だった。
けれど、舞の言った通り、どちらが無残かと言われれば、確かにそれは桐かもしれないと達海は内心思った。
親が目の前で死んでいる、ということの違い。
けれど、舞の場合は中途半端に感情を得たところでの話なので、それ相応のつらさはあるかもしれない。
そんな中、舞は言い忘れていたことを何か思い出したのか話をつづけた。
「ただ、私は雷に打たれて気絶したせいもあってか、なかなか目を覚まさなかったそうです。確かそれは一年って聞いてますね」
「一年...ってことは」
「私の中の時が止まったまま、世界では一年進んだということです。なのでまあ、ここでカミングアウトするのもなんですが、私は実は、生まれた年齢であれば、先輩と同級生なんです」
「...マジ、で?」
「はい。なので、私が事故にあったとき、桐ちゃんはまだ五歳です。それでまあ、一年間眠ってたのもあって、その時分のカウントはしないでおこうとなって、一つずれただけです」
あまりに唐突な、あまりに驚くべき内容に達海は案の定言葉を失った。
しかし、次に想像したのは、舞が同じ学年にいる学校生活だった。
舞はどうしてただろうか?
ソティラスに入っただろうか?
もしそうだとして、一学年下の後輩にデレデレな舞を想像してみる。
悪くなかった。
それこそ、今よりももっと姉のようで。
...そんな生活も、あったかもしれないんだな。
「それでも、今、こうしてここまで桐ちゃんと二人三脚で歩けたので、一年ずれてよかったかな、なんて思ってる私でもあります」
誇らしげにそう口にして、舞は胸を張りながら笑う。その強さが、達海はうらやましかった。
それから少しして、舞はぶらつかせていた足を止めた。
そのまま据えた表情で達海の方を見る。
「前も言った気がしますが、私は藍瀬さん...いえ、先輩を認めてるつもりです。それは力ではなく、気持ちの部分で」
「え、ああ、うん...?」
「だからせめて、桐ちゃんの前では、強い人であってくださいね、先輩」
「...」
舞からこんなに信頼を受けているとは、達海は想像していなかった。
そうだ。いつもこいつは冷たくて、鋭くて、桐への愛が一途なある意味馬鹿なのに。
こんな普通の女の子みたいな顔で笑われたら、かわいいと思って仕方がない。
...普通の女の子、か。
それだったら、どれだけ幸せだったんだろうな。
舞は、桐は。
「先輩?」
反応がないことに不満を覚えたのか、舞は達海の顔を覗き込む。しかし、不満を少し抱いているとはいえ、舞の瞳には普段の鋭さはどこにもなかった。
「...分かってる。俺が守ろうとしてるものは、最後まで守り切る」
「断定しましたね? 約束ですよ?」
「約束だ」
達海の守りたいものは、もはや一つじゃなかった。
いつか自分たちという存在がこの世界からなくなるなら。
せめて、この居場所と、桐と、舞と、大切な人を守りたい。
(それが...俺が戦う理由だよな)
何度も胸で呟いていたことを再確認する。そうした気持ちはより一層強くなった。
「...くぁ。少し眠たくなってきました」
舞はかわいらしく小さなあくびを一つして、目をこすりながらそう呟いた。
しかし目をこすったところで、舞の眠気は収まらず、だんだんとうつらうつらと舟をこぎだした。
そうして二、三回頭が動いては、はっと意識を取り戻す。
「...寝るか?」
「...まだ、ここにいたいです」
「そうか」
眠たげな自分の心を押さえつけながら舞はそういうが、疲れている体は素直だった。
しかし、舞がここにいたいと思っているのを遮りたくない達海は、舞に最後まで付き合うことにした。
「そういえばさ、俺はまだ舞の事、全然知らないよな?」
「過去の話、ですか?」
「いいや、そんなんじゃない。もっとこうさ、何が好きか、とか、そんなくだらない話。でも俺は、そんなどうでもいいことでも知りたいんだ。常に一緒にいる舞の事。桐の事」
「そうですか...。仕方がないですね。なんでも受け付けますよ」
「そうだな...じゃあ」
達海は舞に色々聞いた。
好きな食べ物、動物、好きな場所、...好きな人。
本心でソティラスのことをどう思ってるかと聞いた時は口を滑らせてしまったと達海は反省したが、それにも舞は素直に答えた。
『自分の家、家族のようなもの』
舞は確かにそう口にした。
自分がただ兵器として利用されているだけと知りながら、それでもその場所を家族と呼ぶ。
舞や桐にとって、本当にソティラスの野望などどうでもいいのだろう。
ただ、家のような場所である組織に貢献するために戦う。
その在り方は、裏を返せは達海となんら変わりのないものだった。
好きな場所、好きな人のために戦う。
場所は違えど、みんな同じなのだ。
達海も、桐も、舞も。
だからこそきっと、こうしてこの場所にみんな集まったのは偶然ではないのかもしれない。
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「それでさ、舞」
「...」
「舞?」
「...」
達海は、返事がない舞の様子伺う。
すると、すやすやと寝息を立てる音が達海の耳を打った。
舞も、すっかり眠ってしまったらしい。
「...寝た、か」
眠りについた息子を見つめる母親のような目で、達海は舞を見つめた。
けれど、次に達海は気づいた。
「舞、どうすればいいんだ?」
このままお姫様抱っこで舞の部屋まで戻すことは、不可能ではないがあとが色々面倒くさい。まだ入ったことのない舞の部屋に入らなければいけないのが、一番の問題だ。
かといって、このまま放っておくわけにもいかない。
舞は今、達海のベッドの上で座ったまま眠ってる。
ならば、答えは早かった。
「俺の布団で悪いけど...しっかり眠ってくれよ」
結局達海は、自分のベッドを明け渡し、舞をそこに横たわらせた。
この時期は寒い。せめて風邪をひかないようにと、その上から布団もかけておいた。
「さてと...」
一人寝場所を奪われた達海は、いったん食堂に向かってみた。
そこで、今度は自分の眠気が完全になくなっていたことに気づいた。
(まいったなぁ...。寝場所はないし話し相手はいないしうかつに外も出れないし)
達海は困ったように二、三回頭をかいて、何気なく携帯端末を取り出してみた。
そうすると、ふと一つのアドレスが目に留まった。
(この人に話を聞いてもらうのも、ありかな)
そうして達海は、夜の12時にも関わらず電話をかけてみた。
数秒して、そのコールが繋がった。
「ああ、もしもし、戌亥さん」
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