第6話『夏の始まり。夏服も始まり。』

 6月1日、月曜日。

 今日から季節は夏。高2の夏が始まる。

 人生で一度きりの高2の夏を、サクラという恋人がいる中で迎えられてとても嬉しい。しかも、サクラと一緒に住んでいる。この夏を今までで最高の夏にしたい。


「これで大丈夫かな」


 朝食後。

 いつも通り、俺は自分の部屋で学校に行く準備をする。勉強机にある鏡を見て、夏服になった自分の制服姿や髪型を確認。


 ――コンコン。

「ダイちゃん。準備できた?」


 扉がノックされた直後、そんなサクラの声が聞こえた。


「できたよ。今行く」


 そう返事して、俺はスクールバッグを肩に掛ける。

 扉を出たところには夏服姿のサクラがいるんだ。サクラの夏服姿は去年の9月末以来だからとても楽しみだ。高揚とした気持ちを胸に抱きつつ、俺は部屋の扉を開けた。


「お待たせ、サクラ」

「いえいえ」


 扉を開けると、そこには半袖のワイシャツに桃色のベストを着たサクラが立っていた。半袖のワイシャツと青地に黒いチェック柄のリボンを見ると、季節が夏に変わったのだと実感する。サクラと目が合うと、サクラは持ち前の明るくて可愛い笑顔を見せてくれる。


「半袖のワイシャツに黒いベスト。赤から青に変わったストライプのネクタイ。夏服姿のダイちゃんだね! かっこいいよ! よく似合ってる!」

「ありがとう、サクラ」


 サクラと俺は違う色のベストを着ている。四鷹高校では無地やワンポイントの柄であれば、ベストやカーディガンは何を着ても自由な決まりになっているのだ。


「サクラもピンクのベストがよく似合っているよ。今年も夏服姿の可愛いサクラを見られて嬉しい。あと、仲直りできて、恋人になれたからかな。去年以上に可愛いって思う」


 去年も学校とかで、笑顔でいる夏服姿のサクラを見ることがあった。でも、当時はまだ距離があって。小泉さんなどの友人と楽しく話す姿を遠くで見る形だった。だから、こんなに近くで夏服姿のサクラの可愛い笑顔を見られることが嬉しいのだ。

 サクラの笑顔がとても嬉しそうなものに変わる。


「そう言ってくれて嬉しいよ、ダイちゃん。私も、ダイちゃんが去年よりかっこいいって思ってる」

「ありがとう」


 嬉しい気持ちがどんどん膨らんでいって、俺はサクラにキスする。

 蒸し暑さが嫌だと思う季節になってきたけど、サクラから伝わる温もりは季節を問わず大好きで愛おしい。今年の夏は去年とは比べものにならないくらいに。今までで一番、サクラの温もりを感じられる夏になりそうだ。

 俺から唇を離すと、サクラはうっとりとした様子で俺を見つめる。


「ダイちゃんとキスしたから、去年までとは違う夏を迎えられたんだって実感したよ」

「恋人になってから初めての夏だもんな。一緒にも住んでるし。それに、中2から去年の夏まではわだかまりもあったから。こういう形で夏を迎えられて幸せだ」

「私もだよ。……そうだ。夏服になったんだし、一緒に写真撮ろうよ。去年の夏服期間は距離あったから、夏服姿で一緒に写る写真はなかったでしょ?」

「そうだな。じゃあ、撮るか」


 俺は制服のズボンからスマホを取り出し、サクラのことを抱き寄せる。互いにワイシャツにベストを着た状態だけど、サクラの温もりと柔らかさが伝わってきて。

 サクラと一緒にピースサインをして、サクラとのツーショット自撮り写真を撮った。


「いい感じに撮れたね!」

「ああ。LIMEで送るよ」

「ありがとう! 大切にするね」

「俺も」


 うっかり消してしまわないように気をつけなければ。近いうちにプリントアウトして、俺の部屋にあるアルバムに貼ろうかな。

 自撮り写真をLIMEでサクラに送り、俺達は四鷹高校に向かって出発する。

 今の天気は曇りで、所々にある雲の切れ間から日の光が差し込む。なので、気温はそこまで高くないが、ジメッとした空気が体にまとわりつく。歩く中で暑さを段々感じるようになってきた。


「ジメッとしてるね、ダイちゃん」

「ああ。6月の暑さって感じがする。来週の日曜と月曜が雨の予報だし、その頃に梅雨入りかもな」

「だねぇ。梅雨はあまり好きじゃないなぁ。ジメジメ暑い日も多いし。水泳の授業が中止になることもあるし」

「そうだね」


 雨が降ると涼しくなる日が多い梅雨の年もたまにあるが、大抵はジメッと蒸し暑くなる。プールは屋外なので、雨の日は中止になるし。


「外は蒸し暑いから、きっと誰かがエアコンのスイッチを入れて、教室を涼しくしてくれているだろう」

「きっとそうだね。それにしても、ダイちゃんの家から学校まで徒歩数分で良かった」

「それは俺も思ってる」


 どんな天気でも、どんな気温でも歩いて数分なら耐えられるから。電車通学の友人の話だと、夏の朝の電車は冷房がかかっているけど、満員電車だから暑いらしいし。

 学校の近くになると、周りには四鷹高校の生徒がたくさんいる。俺達のようにベスト姿の生徒もいれば、ワイシャツ姿の生徒もカーディガン姿の生徒もいて。ベストやカーティガンの決まりが緩いのもあって、カラフルな光景が広がる。

 羽柴と小泉さんは去年も同じクラスだったから、夏服姿はよく覚えている。2人ともワイシャツ姿が多かった。

 一紗は去年は別のクラスであり、杏奈は1年生なので夏服姿がどんな感じかは分からない。楽しみだな。

 俺とサクラは階段を使い、2年3組の教室がある4階へと向かう。

 後方の扉から教室の中に入る。予想通り、エアコンがかかっていて教室の中はかなり涼しくなっている。サクラは「涼しい……」とリラックスした表情になっている。


「大輝君と文香さんが来たわ!」


 教室に入ると、一紗のそんな声が聞こえ、後方の窓側に集まっている彼女と杏奈、小泉さん、羽柴がこちらに向かって手を振った。どうして、彼らがそんな場所に集まっているのかというと、中間試験明けに席替えがあり、窓側最後尾の席が俺、その一つ前の席がサクラになったからだ。席替えをしてから、朝や昼休みは俺とサクラの席の周りに集まるのが恒例となっている。

 俺とサクラは4人のところに行き、朝の挨拶を交わす。

 羽柴と小泉さんは去年と同じくワイシャツ姿。一紗は紺色のカーディガン姿、杏奈は半袖のワイシャツの上に水色のベストを着ている。ちなみに、一紗は杏奈のことを後ろから抱きしめて幸せそうにしている。


「夏服姿の大輝君と杏奈さん、とても素敵だわ!」

「ですね! 黒いベスト姿の大輝先輩はかっこいいですし、桃色のベストを着た文香先輩は可愛いです!」


 一紗と杏奈は俺とサクラの夏服姿について絶賛してくれる。その言葉が事実であると示すかのように、2人とも輝かせた目で俺達を見ている。


「ありがとう、一紗ちゃん、杏奈ちゃん。2人も夏服姿可愛いよ!」

「そうだね、サクラ。一紗のカーティガンも、杏奈のベストもよく似合っているよ」

「ありがとう、大輝君、文香さん!」

「ありがとうございます!」


 一紗と杏奈はとても嬉しそうに言った。2人は俺と目が合うと、頬がほんのり赤くなる。


「一紗先輩達も褒めてくれましたし、このベストにして良かったです。家にはこれと同じ色のカーディガンがあります」

「カーディガンも買ったのはいいと思うよ。エアコンの風が直接当たる席だと結構寒いからね。私も去年は一時期、このベストと同じ色のカーディガンを着てた」


 そういえばそうだったな。期末試験明けの午前授業の期間の頃、サクラは登下校時にはベストを着て、教室ではカーディガンを着ていたっけ。


「文香先輩も工夫されているんですね。さっき、同じようなことを一紗先輩も話していました」

「この教室のエアコンの設定温度が低いし、私の席は直接風が当たるから、カーディガンを着たの。登校したときはベストを着ていたけどね」

「そうだったんだ」

「カーディガンでちょうどいいし、可愛い杏奈さんが温かくて気持ちいいわ」


 だから、一紗は幸せそうに杏奈を後ろから抱きしめているのか。杏奈も嫌がっていないので微笑ましい光景だ。


「羽柴と小泉さんは去年と同じくワイシャツ姿だな」

「涼しいのは好きだからな、俺」

「あたしも。テニスやっているから、体を動かすとすぐに体が熱くなって。だから、ワイシャツがちょうどいい感じ。エアコンの設定温度が低めだけど、あたしは快適」

「そうなんだ」


 だから、去年はベストやカーティガンを着てくることは全然なかったのか。

 ちなみに、俺はこの教室の涼しさは快適だ。エアコンの風も直接当たっていないので、この涼しさの中で一日授業を受けても大丈夫かな。


「大輝君、文香さん。2人の夏服姿の写真も撮っていい?」


 一紗はそう問いかけ、スカートのポケットからスマホを取り出す。今の言い方からして、杏奈達の夏服姿は既に撮ったのだろう。


「あたしも撮りたいですっ!」

「俺はいいけど」

「私もいいよ。その代わり、2人の夏服姿の写真も撮らせてね」

「もちろんいいわよ」

「あたしもいいですよ!」


 それから、サクラは一紗と杏奈を、一紗と杏奈はサクラと俺をスマホで撮影する。羽柴が俺、小泉さんがサクラ達女子の肩を組んで一緒に写ることも。

 サクラと一紗、杏奈がLIMEの俺達6人のグループトークに今撮った写真をアップしてくれる。サクラが写っている写真を中心にスマホに保存した。みんないい笑顔で写っている。ただ、実際に見るのが一番いいなぁと思うのであった。

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