第36話『ぬくもり』
「あぁ、気持ちいい」
「気持ちいいな、サクラ」
今夜もサクラと一緒に入浴している。今回は俺から誘って。
髪と体を終えた俺達は、向かい合うようにして体育座りで湯船に浸かる。今日も日が暮れると空気がひんやりしてきたので、お湯の温かさが気持ち良く感じられる。
「ダイちゃんからお風呂に入ろうって誘われたとき、ちょっとビックリしちゃった」
「今まではサクラが誘うか、どっちかが『今夜はどうしようか?』って相談する形で一緒に風呂に入っていたからな。俺から誘って、サクラと風呂に入りたいと思って」
だから、サクラに『一緒に風呂に入らないか?』と誘ったときは緊張した。記憶の限りでは、俺から誘うのは初めてだったから。
ただ、サクラは二つ返事で「いいよ!」って言ってくれて。それがとても嬉しかった。
「なるほどね。これからも気軽に誘っていいからね。もちろん、私からも誘うけど。ドキドキしたり、緊張したりすることもまだあるけど、ダイちゃんと一緒に入るのは大好きだし」
「……恋人として凄く嬉しい言葉だ」
サクラの柔和な笑顔を見ると、誘ってみて良かったと思える。自分のしたいことを伝えるのって勇気が要るけど、叶うととても嬉しい。この調子で……サクラと色々なことをしてみたい。
「どうしたの? 私の顔をじっと見て」
「気持ち良さそうな顔をしていると思ってさ。見惚れてた」
「ふふっ、そっか。……昨日、和奏ちゃんと一緒に入ったからか、2人で入ると結構広く感じるね」
「そうだな。付き合い始めた日にひさしぶりに入ったときは、俺達も大きくなったからさすがに狭くなったな……って思ったけど」
「不思議だよね。それだけ、こうして2人で入ることに慣れてきた証拠なのかな」
「そうかもな。サクラと入るこの感じがちょうど良く思えてきたし」
それだけ、今のようにサクラと一緒に入るのが好きなのだと思う。
あと、小泉さんが泊まりに来た日に一人で入ったときは、この湯船が結構広く感じられた。きっと、これから一人で入ったとき、そう思うことが多くなるだろう。
「私も今のこの感じがちょうどよく感じるよ」
「……そっか」
サクラも同じ思いで良かった。俺と一緒に入るのが好きだって言ってくれたし、これからは一緒に入るのがスタンダードになるかもな。
……うん?
サクラ……頬を赤くして、俺のことをチラチラと見ているぞ。
「どうしたんだ?」
「……ダ、ダイちゃん。その……ダイちゃんさえ良ければ、今の状態で抱きしめさせてほしいな」
「えっ!」
驚いてしまい、思わず大きな声が出てしまった。そのことにサクラは体をビクつかせ「ふえっ」と声を漏らす。
「驚かせてごめん、サクラ。その……昨日、和奏姉さんから『狭かったら俺に抱きしめてもらえばいい』って言われたときに、ドキドキしてのぼせちゃいそうだって言っていたからさ」
「……言ったよ。でも、それは和奏ちゃんがいる場だったから。ダイちゃんと2人きりだったら、のぼせずに済むかもしれない」
「なるほど。いくら気心知れた和奏姉さんでも、見られるのは恥ずかしいか」
「うん。それに……普段は抱きしめているから、今みたいに裸のときでも抱きしめられたらいいなって思いもあって。抱きしめたらどんな感じなのか興味もあって。……どう、かな?」
さっきよりも顔の赤みは強くなっているけれど、サクラの視線は俺の目にしっかりと向けられている。
今のこの状態でサクラと抱きしめたらどうなるのか。凄く興味がある。俺も2人きりだったら大丈夫かもしれない。
「分かった。……じゃあ、俺のところに来てくれ」
「……うん」
サクラを抱きしめやすいように俺は両脚を伸ばし、両手を広げる。
サクラはゆっくりと俺に近寄ってきて、俺にそっと体をくっつけ、両手を背中の方に回した。そのことで、体の一部分からは温もりに加えて柔らかさも感じるように。甘い匂いも感じて。顔も至近距離にあるので、彼女の吐息が俺の顔から首筋にかかる。
「……どうかな? ダイちゃん」
「……服を着ているときよりも柔らかく感じるよ。凄くドキドキする。でも……いいなって思う。サクラはどうだ?」
「私もかなりドキドキしてる。ダイちゃんの色んなものに触れてるし。だけどね、私もいいなって思えるよ」
「……良かった」
俺も両手をサクラの背中の方へと回す。そのことでサクラとより体が密着して。自分の鼓動だけでなく、彼女の鼓動もはっきりと伝わってくる。
サクラの顔はこれまでで一番と言っていいくらいに赤くなっていて。でも、俺と目が合うと、その真っ赤な顔に可愛らしい笑みが浮かんで。それがたまらなく愛おしい。
「……サクラ。キスしてもいいかな」
「……もちろん」
そう言って、サクラはゆっくりと目を瞑る。そんな顔もとても可愛くて。いつまでも見ていられるけど、待たせてはまずいので、すぐにキスをした。
お湯やサクラの肌から温もりをたっぷりと感じているけど、彼女の唇から感じる温もりには特別感があった。
唇を離すと、サクラは俺を嬉しそうに見つめてくる。
「……今までで一番ドキドキしたかも」
「こういう状態でのキスは初めてだもんな」
「うん。……今度は私からしてもいいかな?」
「……ああ」
そう言うと、サクラはすぐに俺に唇を重ねてくる。さっきのキスで気持ちが高ぶっているのか、舌も絡ませてきて。幸福感に溢れていく。
抱きしめたいとサクラが提案してくれたおかげで、とても気持ちのいいお風呂の時間になったのであった。
裸の状態で抱きしめ合って、何度もキスした影響で……お風呂から出ると、気恥ずかしさもあって口数が減ってしまう。同じ原因なのか、サクラも話しかけることが減っていて。
それでも、お風呂から上がったら別々の部屋に戻るのではなく、サクラは俺の部屋に来てくれた。いつも通りにスキンケアをしたり、俺とドライヤーで髪を乾かし合ったりした。
互いの髪を乾かし合った後、俺達はベッドに寄りかかる形で隣同士に座る。
サクラの方を見ると、たまに目が合うことはあるけど、サクラが話しかけそうな気配はない。
このまま無音なのはまずいだろう。とりあえずはテレビを点けるか?
それとも、キスよりも先のことをしたいって言ってみるか?
浴室で裸の状態で抱きしめ合って、キスしたから……サクラもそういうことを意識しているかもしれないし。
……よし。
俺はサクラの右手をそっと握る。そのことにサクラは「んっ?」と声を漏らして、俺の方を見てくる。
「……風呂でたくさんキスしたな。凄く良かった」
「……私もだよ」
「……サクラさえ良ければ、俺は……キスよりも先のことをしたいって思っているんだ。どう……かな」
勇気を出して、自分のしたいことを言葉にすることができた。内容が内容だけに、言い終えた直後から全身がかなり熱くなっているが。
サクラは顔を真っ赤にして視線をちらつかせている。握っている右手や、寝間着越しに触れている場所から強い温もりを感じる。
「……い、いきなりこんなことを言ってごめんな、その……」
「いいよ」
「えっ?」
すると、サクラはしっかりと俺の目を見てくる。
「私もダイちゃんと……したいって思っていたから。それに、お風呂で抱きしめ合ってキスしたから……その先の行為をするなら、雰囲気的にも今夜がいいかなって思ってて。だから、私も誘おうって思っていたんだ」
「そうだったのか」
お風呂を出てから口数が少なかったのは、もしかしたら、俺にキスよりも先のことをしたいって考えていたからだったのかもしれない。
サクラの真っ赤な顔に嬉しそうな笑みが浮かんでくる。
「だから……ダイちゃんのお誘いの返事はYESです。経験ないから、ダイちゃんを満足させられるか分からないけど」
「俺も初めてだよ。だから……一緒に満足できるように試行錯誤しよう」
「うんっ」
そう言うと、サクラは俺にキスしてくる。お風呂でもたくさんキスしたけど、サクラの温かくて柔らかい唇は本当にいいなと思える。
「そういえば、ダイちゃんは持っているの? ダイちゃんがつけるもの」
「……ちゃんと買って、勉強机の中に入ってる」
「そうなんだ。私も買ってタンスの奥の方に閉まってあるの。その……いつダイちゃんと付き合って……え、えっちなことができるように。仲直りした後、部活帰りに買ったの」
「俺も同じくらいのタイミングだ」
「そうだったんだ。……じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ」
俺はサクラを抱き寄せて、そっとキスをした。
それから、俺のベッドの中でサクラとたっぷり肌を重ねた。数え切れないほどに好きだと言い合いながら。
お互いに初めてだったけど、サクラはとても気持ち良さそうにしていて。笑顔をたくさん見せてくれて。そんなサクラはとても可愛くて、美しくて、愛おしく思えた。
長い間、サクラに好意を抱き続けて。距離ができてしまった時期もあって。だからこそ、恋人になって、こうして最後までできることを幸せに感じたのであった。
「……夢が叶った。本当に幸せだよ、ダイちゃん」
「俺も幸せだよ。前からサクラとしたいって思っていたから」
「……良かった」
サクラは俺の左腕をぎゅっと抱きしめながら、優しい笑みを浮かべている。ついさっきまで肌を重ねていたからか、その笑顔には艶やかさも感じられる。
月明かりに照らされたサクラの体はとても美しい。
「心だけじゃなくて、体の方も相性がいいんだなって思ったよ。……気持ち良かったので」
「俺も気持ち良かったよ。相性いいなって思った」
「良かった。……もう結構遅い時間になってるね。明日もお休みで良かった」
「そうだな」
体を動かしたから、今夜はぐっすり眠ってしまいそうだし。明日もお休みだからサクラとゆっくり寝るか。
「ダイちゃん。これからもずっとよろしくお願いします」
「……ああ。こちらこそ、これからもずっとよろしくお願いします」
俺がそう返事をすると、サクラは嬉しそうに頷いて俺にキスしてくる。約束のキスなのか結構長めだ。ずっとよろしくと言った後だからか、結婚式での誓いのキスのようにも思えてくる。
やがて、サクラの方から唇を離す。サクラは依然として嬉しそうに笑っている。
「じゃあ……今日はもう寝よっか」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」
すると、サクラは再びキスして、ゆっくりと目を瞑った。そんなサクラの肩にまでふとんをかける。ベッドが気持ちいいのか、それともさっきまで体を動かしていたことの疲れがあるのか、さっそく気持ち良さそうな寝息を立てる。
「……おやすみ」
サクラが起きてしまわないように、額にそっとキスする。起きているのか、さっそく夢を見ているのか、サクラは「ふふっ」と笑った。
目を瞑るとすぐに眠気が襲ってくる。とても気持ちいい感覚に包まれているので、きっといい夢が見られるだろう。そう信じて、俺は眠りに落ちるのであった。
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