第31話『目覚めたらそこには』

「うんっ……」


 5月4日、月曜日。

 目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっている。

 今日は月曜日だけど、祝日で学校はお休み。バイトがあるけど、午前11時からなので学校に行くよりもゆっくりな時間。バイトだから働いた分だけお金がもらえる。なので、いつもの月曜日と比べて目覚めの気分は結構いい。

 壁に掛かっている時計を見ると、今は……午前7時過ぎか。今日は休日だし、サクラ達もまだ寝ているんじゃないだろうか。ふとんがとても温かくて気持ちいいから、もう少しこのままベッドにいようかな。


「……でも、いつもより温かすぎないか?」


 まるで、誰かと一緒に寝ているかのように、ベッドの中がかなり温かい気がする。あと、サクラの甘い匂いもほんのりと香ってくるし。あと、俺一人が寝ているにしてはふとんの膨らみ方が違うような。

 この違和感の理由が何なのか知りたくなってきた。サクラと一緒に寝るとき、サクラはいつも壁側に寝ているので、掛け布団の壁側の方をめくってみると、


「おっ!」

「……おはようございます、ダイちゃん」


 サクラがこちらを向いて横になっていたのだ。背中を壁にくっつけている。俺に見つかって気まずいのか、サクラは苦笑い。


「おはよう、サクラ。ちょっとビックリした。どうしたんだ? 俺のところに来て。誰かの寝相が悪かったのか? それとも、夜中にお手洗いとかで起きたときに寝ぼけちゃったか? それとも、俺と一緒に寝たくなっちゃったとか?」

「和奏ちゃんと一緒にベッドで寝たけど、和奏ちゃんの寝相は悪くないよ。むしろ私の方が悪いし。ただ、朝起きて……ダイちゃんの寝顔が見たくなって。昨日はダイちゃんの方が先に起きたし」

「そうだったな」


 小泉さんも早く起きたから、彼女と一緒にサクラのことを話せたんだ。俺にとって、あの時間はとても有意義だったな。


「ただ、その……ダイちゃんの寝顔を見たり、匂いを嗅いだりしたらベッドの中に入りたくなっちゃって。だから、ベッドの中に入ったの。ダイちゃんが起きないように、壁側に横になってね」

「そうだったのか。一人で寝るのもいいけど、目を覚ましたときにベッドの中にサクラがいるといいなって思う。寝るときは一人だったから、ちょっとしたプレゼントをもらった気分だ」

「ダイちゃん……」

「……おはようのキス、していいかな」

「……うんっ」


 俺はサクラのことを抱き寄せて、彼女におはようのキスをする。

 いつもなら、おはようのキスは唇を重ねるだけ。ただ、サクラがいてくれる嬉しさもあって、今日はサクラの口の中に舌を入れ、ゆっくりと舌を絡ませる。


「ふあっ」


 予想しなかったのか、舌を絡ませ始めた瞬間にサクラはそんな声を漏らし、体をビクつかせた。そんなサクラが可愛くて、少し激しめに舌を絡ませる。そのことで、サクラの甘い声だけでなく、舌を絡ませる音も聞こえてくる。

 やがて、ゆっくりと唇を離すと、そこにはとてもうっとりとしたサクラの顔があった。目と目が合うとサクラはニッコリと笑う。


「まさか、ダイちゃんにここまでのキスをされるとは思わなかった……」

「ははっ、そうか。キスしているときのサクラが可愛くて、つい」

「いいんだよ。……ほんと、昨日の夜にみんなでダイちゃんの寝顔を堪能しようって計画したときには想像もしなかったよ」

「えっ」


「声だけというのも結構ドキドキしますね」

「そうだね、杏奈ちゃん。恋愛系のドラマCDを聞いているみたいだった」

「文香さんの甘い声と舌を絡ませることが最高に厭らしかったわ! 声を抑えるのに必死だった!」

「あたしが口を押さえてなかったらバレていたかもです」


 和奏姉さんと一紗、杏奈のそんな声が聞こえると、ベッドの横と正面から3人が姿を現した。俺とサクラのやり取りにドキドキしていたのか、一紗と杏奈は頬が結構赤くなっている。

 3人の姿を見た瞬間、顔を中心に全身が熱くなっていくのが分かった。


「3人がいたのかよ……」


 サクラとの話やおはようのキスの音を聞かれていたのか。あぁ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。とりあえずはふとんを頭まで被りたい気分。


「昨日、文香さんの部屋に戻ってからもお話ししてね。その中で『せっかく泊まりに来たから、大輝君の寝顔を堪能したい』って私が提案したの。そうしたら、杏奈さんも見てみたいって言ってくれて」

「文香先輩がみんな一緒なら、大輝先輩の部屋の中に忍び込んで、寝顔を見るのはOKだって許可してくれまして」

「それで、ちょっと早めに起きて、みんなで大輝の部屋に行って寝顔を堪能することになったの」

「私は大輝君の匂いも堪能したけどね」


 一紗らしいな。そのときにとても興奮したのは容易に想像できる。


「和奏ちゃんと一紗ちゃんが、ベッドの中に私が忍び込んだら、ダイちゃんへのドッキリにもなっていいんじゃないかって言ってきて。それで、こっそりとベッドの中に入ったんだ」

「そういうことだったのか。全然気づかなかったな。見事にドッキリさせられた」


 こんなことを計画するなんて。小学生みたいだな。

 ただ、一紗と杏奈が家でお泊まりするのは初めてだし、好きな人の寝顔を堪能したい気持ちは理解できる。この程度のドッキリだったし、サクラがベッドの中にいて嬉しかったので、勝手に部屋に入ったことについては何も言わないでおこう。


「私達もドッキリさせられたわ。大輝君と文香さんが結構長めのおはようのキスをしちゃうんだもの。舌を絡ませる音が本当に良かったわ……」

「実はあたし達に気づいていて、ドキドキさせるためにわざとしているんじゃないかと思ったくらいです」

「いつも、大輝とフミちゃんはおはようのキスはするの?」

「するけど、唇を重ねるくらいだよ。こっそりとベッドの中に入っていたサクラが可愛くてさ」

「みんながいるのにこういうキスしちゃうのーって思ったけど、キスが気持ちいいから止められなかったよ。恥ずかしくて、とてもドキドキしちゃった」


 とは言いながらも、赤くなったサクラの顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。舌を絡ませるキスが気持ちいいと思ってもらえて良かったよ。


「みんなでこっそりと忍び込むのも楽しかったし、大輝君の寝顔は可愛かったし満足だわ」

「いい寝顔をしていましたね、大輝先輩。スマホで撮ったのですが、この3人に送ってもいいですか?」

「まあ、この3人だったらな。でも、その写真をあまり見せびらかさないでくれよ。どんな感じの寝顔かは知らないけど恥ずかしいから」

「了解です!」


 バイト以外でのお決まりの敬礼ポーズをする杏奈。そんな杏奈につられてか、和奏姉さんと一紗も敬礼ポーズ。

 もしかしたら、和奏姉さんが持ってきたアルバムに寝顔の写真を貼られるかもしれないな。


「写真で思い出した。一紗は夢で女性化した俺を見たのか? 昨日、アルバムに貼られていたワンピースを着た俺の写真を見たとき、そう言っていたから」

「出てきたわ。いい感じに凜々しい雰囲気のある女の子になってた。ベッドの上で文香さんとイチャイチャしているところを私は側で見守っていたわ」


 夢の内容を思い出しているのか「いい夢だったわぁ」と一紗は興奮した様子に。さっそく見られるとは。さすがは一紗である。

 サクラ達にドッキリを仕掛けられたけど、いつもに比べてかなりいい月曜日の朝になったのであった。

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