第5話『放課後デート-前編-』
4月22日、水曜日。
サクラから誘われた放課後デートが楽しみで、火曜日と水曜日の授業はあっという間だった気がする。今までよりも授業に集中できたと思う。こういう感覚を味わったのは小学生以来かもしれない。とても楽しみなことがあるのって凄いな。
今週はサクラのいる班が掃除当番。なので、デートの待ち合わせ場所は2年3組の教室を出たところ。俺はそこでサクラを待つことに。
羽柴はタピオカドリンク店でのバイトがあるので、終礼が終わったらすぐに教室を出て行った。
一紗も地元で中学時代の友達と遊ぶ約束があるそうなので、羽柴の直後に教室を後にした。一紗のことだから、俺達の放課後デートをこっそり見そうだと思っていたけど、そうなる可能性はなさそうか。
今日はバイトがないので、杏奈もバイトはなし。杏奈はクラスメイトの友人と一緒に買い物をするらしい。もしかしたら、杏奈とはデート中に会うかもしれないな。 小泉さんは今、サクラと一緒に教室の掃除をしているけど、この後はいつも通り女子テニス部の活動がある。
「それぞれ、楽しい放課後になるといいな」
明日の話題は、今日の放課後のことになりそうかな。みんな、俺とサクラが放課後デートをすると知っているし。一紗や杏奈あたりから、放課後デートのことを根掘り葉掘り訊かれそうだ。そんなことを考えながら、俺はまだ回収していなかったスマホゲームのログインボーナスを回収。その後に、今ハマっているパズルゲームをプレイしていく。
「よしっ!」
自己最高に近いスコアを出すことができた。かなり調子いいな。今日の学校も終わって、これからサクラとデートするからかな? 嬉しくて、つい声が出てしまった。
「満足な結果になったんだね、ダイちゃん」
気づけば、俺のすぐ側にサクラと小泉さんが立っていた。ゲームに集中していて全然気づかなかった。
「ああ。調子良くできた。あと、掃除が終わったんだな。2人ともお疲れ様」
「ありがとう、ダイちゃん」
「ありがと。文香ったら、ゲームをしている速水君のことを側でじっと見ていたんだよ」
「そうだったのか。呼んでくれても良かったのに」
「ゲームを邪魔したくないし、ゲームに集中しているダイちゃんの顔がいいから見ていたくて」
えへへっ、とサクラは照れくさそうに笑う。
呼ばなかった理由も、今のサクラの笑顔も可愛くて心が温かくなる。自然と頬が緩んでいって。彼女の頭を優しく撫でる。そのことで伝わってくる熱はいつもより強めだった。
「それじゃ、放課後デートしようか、ダイちゃん」
「そうだな」
「昇降口まで一緒に行くよ」
俺はサクラの手を握り、小泉さんと3人で教室を後にする。手を繋いでいるからか、好奇な視線を送る生徒が多い。中には嫉妬しているのか、鋭い目つきで俺のことを見る男子もいるけど。……気にしないでいこう。
昇降口で小泉さんと別れ、俺はサクラと一緒に学校を後にして、四鷹駅の方に向かって歩き出す。
「学校帰りに、2人きりで駅の方に行くのはひさしぶりだよね」
「そうだな。中2の始業式の日のことがあってからは初めてか」
「だよね」
サクラとわだかまりができてからの3年間。学校から真っ直ぐ帰るときや、高校に入学してからはバイトから帰る途中にサクラと会ったときは、彼女と帰ることはあった。オリオなどでサクラの姿を見かけることはあっても、声をかけたり、合流したりすることはしなかった。
「また、こうしてダイちゃんと一緒に、放課後に遊びに行けるようになって嬉しいよ。しかも、ダイちゃんとは恋人になったし。夢みたい」
「俺もそんな感覚はあるよ。距離のできていた期間が長かったからか、春休みにサクラが家に引っ越してから、夢じゃないかって思うことが何度もある」
「私もあった。幼馴染で好きな人の家に住み始めたからね。今は恋人の家になったけどね」
「……そうか」
同じような心境になっていたのが分かって嬉しい。
あと、サクラの言った「好きな人から恋人の家になった」という言葉は胸に響くものがある。俺の立場から考えると、元々は好きな人と一緒に住んでいたけど、今はその人と恋人になって暮らしていることになる。そう考えると、俺って本当に幸せな環境の中で暮らしているのだと再認識する。
きっと、これからも、夢じゃないかって思えるサクラ絡みの嬉しい出来事を、何度も体験していくんだろうな。
気づけば、四鷹駅や俺のバイトしているマスバーガーの店舗が見えていた。
「そういえば、サクラ。これからどこのお店に行こうか? 特には決めずにぶらぶらと歩くのでもいいけど」
「ダイちゃんと行ってみたいところがいくつかあるんだ」
「そうなのか。それを聞いて、俺もサクラの行きたいところに行ってみたくなるよ」
「じゃあ、今回は私の行きたいところに行こうか。まあ、最初に行くところは、ダイちゃんも行きたいところじゃないかなって思ってる」
「おぉ、そうなのか」
それがどこなのか気になるけど、最初に行くと行っているし、あと少しで分かるだろうから訊かないでおこう。
俺達は四鷹駅の構内を通って、駅と直結しているショッピングセンターのオリオ四鷹店の中に入っていく。……この時点で、サクラがどこに行きたいのかおおよその想像がつく。
入り口の近くにあったエスカレーターを上り3階へ。……もはや、あのお店しか考えられないだろう。
「ここだよ、ダイちゃん」
「……ですよね~」
辿り着いた先にあったのは、アニメイクというアニメ系専門ショップ。アニメや漫画、ラノベが大好きな俺は頻繁に来店している。サクラと距離ができる以前から、学校帰りに駅周辺に遊びに行ったときは、必ずと言っていいほどここに来ていた。
「ダイちゃんといったらアニメイクだと思って」
「……さすがは俺の恋人で幼馴染だ」
「伊達に10年以上幼馴染やってませんから」
ドヤ顔でそう言うサクラ。その姿は昔のサクラを見ているようで懐かしい気分に。もちろん、可愛らしい。
夕方という時間帯だからか、お店の中に入ると、四鷹高校や俺達の母校の四鷹第一中学校を含め、制服姿の人が多くいる。
四鷹には漫画やコミック、CDを扱っているお店はいくつもある。ただ、充実さや特典付きの商品が多いことが主な理由で、俺もサクラも小さい頃から基本的にはここに買いに来ている。
新刊のコミックコーナーを見て、次に新刊や売れ筋のライトノベルコーナーを見ていたときだった。
「あっ、『従妹達が僕にとてもウザい』のフェアやってる」
そう言って、サクラは歩みを止める。
『従妹達が僕にとてもウザい』というのはラブコメのライトノベルシリーズ。現在4巻まで刊行されている。最近始まったラノベの中では特に人気のあるシリーズの1つであり、数日前からはネット上でコミカライズの連載がスタートした。
この作品はサクラが家に引っ越した頃に第1巻を貸した。サクラも面白いと言っており、先日、第2巻をこのお店で購入していた。
「どれどれ……コミック版の連載スタート記念に、原作の既刊を1冊購入すると、全4種類のポストカードをランダムで1枚がもらえるんだって」
「なるほどな。俺は長女の
全4種類のうち、小白が描かれているイラストカードは2種類ある。そのうちの1枚でいいから欲しい。
「私、2巻しか持っていないしから最新巻まで買うよ。前にスーパーでの助っ人バイトのバイト代もあって、お金にはまだ余裕あるし。あと、1巻も買うか。ダイちゃんの借りたものを読んで、買っていなかったから。私は次女の
「いいのか?」
「もちろんだよ!」
「ありがとう、サクラ」
何て優しい恋人なんだろう。もし、小白の描かれたイラストカードがもらえなくてもいいと思えるくらいに幸せだ。
サクラは平積みで置かれている第1巻と3巻、4巻を1冊ずつ手に取る。
「じゃあ、買ってくるね」
「ああ。いってらっしゃい。レジの近くにある出入口のところで待ってるよ」
「うんっ」
サクラと一旦別れて、待ち合わせレジ近くの出入口のところに向かう。ここからだとレジの様子がよく見える。
レジの待機列に多くの人が並んでいたのか、10分ほどしてサクラが姿を現し、レジへと向かった。
サクラに接客する女性の店員さんは、フェアのことをちゃんと把握していたようで、背後にある棚へ向かい、カードのようなものを取り出していた。
会計を済ませたサクラはレジ袋を持って、俺のところにやってくる。
「お待たせ。結構並んでて時間かかっちゃった」
「この時間帯だもんな。たまに、俺も結構な時間並ぶときがあるよ」
「そっか。ちゃんとフェアのポストカードもらったよ。ただ、ランダムで選ぶから、レジでは店員さんが絵柄は見せてくれなかったの」
「後でのお楽しみってことか。あとは、公平さを保つとか」
「公平なのは理由としてありそうだね。じゃあ、お店の外に出て絵柄を確かめてみようか」
「そうしよう」
俺達はお店の外に出て、近くにある休憩スペースへ向かう。
2人掛けのベンチが空いていたので、俺達はそこに腰を下ろした。そんな何気ない行動にも嬉しさを抱く。
「じゃあ、絵柄を確認するよ」
「ああ」
ランダムに渡されるので、小白が描かれたイラストカードがない可能性もある。なので、期待と同時に緊張感も抱く。
サクラはアニメイクの袋から、3枚のイラストカードを取り出す。絵柄を確認すると、紅羽のみ描かれたイラスト。紅羽と小白が寄り添う姿が描かれたイラスト。そして、小白のみ描かれたイラストだった!
「おおっ、小白だけのイラストがある! あと、紅羽が描かれたカードも2種類ゲットできたな!」
「そうだね! 嬉しい! じゃあ、約束通り……この小白ちゃんのイラストカードをダイちゃんに進呈しよう」
「ありがとうございまーす!」
卒業式に校長先生から卒業証書を受け取るときのように、サクラから小白のイラストカードを両手で受け取った。
実際に小白のイラストカードを手に取ると感動してくる。神様仏様サクラ様だよ。何て素晴らしい人が恋人になったのでしょう。俺は幸せ者です。
「ふふっ、本当に嬉しいんだね。目がちょっと潤んでる」
「このイラストカードが手にできたのはもちろんだけど、そうなったのはサクラがプレゼントしてくれたおかげだからな。本当にありがとう」
「いえいえ。ダイちゃんを見ていると、プレゼントできて良かったって思えるよ」
「そうか。……ありがとう」
ここでできるお礼として、俺はサクラに優しく頭を撫でる。そうすると、サクラの笑みが柔和なものから嬉しそうなものへと変わっていった。
サクラからもらった小白のイラストカードは、クリアファイルに挟んでスクールバッグの中に大切にしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます