第1話『○○は口ほどに』

 現代文での一件もあり、午後の授業は集中して取り組むようにした。

 たまに、サクラのことをチラッと見ると癒され、サクラと目が合ったときは胸が温かくなり、授業の疲れが取れていく。サクラも目が合うと微笑んでいるので、昼休みに言っていた通り癒されているのだろう。

 サクラと距離ができてしまっていた期間もあった。なので、サクラとこうしていられることに幸せを感じるのであった。




 サクラのおかげで、あっという間に放課後になった。

 今日は午後7時まで、杏奈と一緒にマスバーガーというファストフード店でバイトをする予定になっている。


「ダイちゃん、バイト頑張ってね」

「速水君、バイトがあるんだ。頑張って」

「ありがとう。サクラと小泉さんも掃除頑張って」


 そう。今週はサクラと小泉さんのいる班が掃除当番なのだ。2人は既にほうきを持っている。

 当番は出席番号順で決められており、俺は羽柴と同じ班。再来週に掃除当番になる予定だ。再来週はゴールデンウィーク明けなので、登校するのは木曜日と金曜日しかない。それが分かったとき、俺達はラッキーだと羽柴とハイタッチしたっけ。


「ダイちゃん」


 俺の名前を呼ぶと、サクラは俺の目の前まで近づいてキスしてくる。その瞬間に女子達の黄色い声が聞こえる。ほんの一瞬だったけど、サクラの温もりと柔らかさが唇からしっかりと感じられた。

 唇を離したサクラの顔はとても赤いけど、やんわりとした笑みが浮かんでいる。


「ダ、ダイちゃんに今日のバイトを頑張ってほしいから。あと……私も2年生初の掃除を頑張るための元気がほしくて。正直、そっちの方がメインだったりします」

「……そういうことか」


 凄く可愛らしい理由だ。サクラの可愛らしさで、周りから注目されていることの恥ずかしさが吹き飛ぶ。

 俺はサクラの頭にそっと手を乗せる。サクラの柔らかな茶髪越しに確かな温もりを感じる。


「ありがとう、サクラ。お互い頑張ろうな」


 そう言って、俺はサクラにお返しのキスをした。まだまだ教室には生徒がいるので、さっきと同じように一瞬。

 ゆっくり唇を離すと、さっき以上にサクラの顔が赤くなっている。でも、笑みは消えていない。俺と目が合うと、サクラはニッコリ笑って首肯した。


「大輝君と文香さん、本当にラブラブね」

「甘々なラブコメのラノベを読んだときと同じような気分だぜ。口から砂糖を吐きそうだ。そういうの俺は好きだけどな」

「甘々系の小説を書きたくなってくるわ。2人がモチーフにしたら面白そう。……さてと、今日は文芸部の活動があるから、私はそろそろ行こうかしら。文香さん、青葉さん、掃除当番頑張って」

「頑張れよ」

「ありがとう! 速水君から元気をもらった文香と一緒に頑張るよ!」

「も、もう青葉ちゃんったら。でも、ありがとね。ダイちゃん、後で友達と一緒にマスバーガーに行くね」

「分かった」


 サクラが来てくれるなら、いつも以上にバイトを頑張れそうだ。

 俺は一紗と羽柴と一緒に教室を後にする。今週はこれがスタンダードになりそうだ。

 ただ、一紗は文芸部の活動があるため、特別棟への連絡に繋がる3階でお別れ。彼女も部活終わりにマスバーガーに来てくれるとのこと。

 それからは、杏奈との待ち合わせ場所である校門前まで羽柴と2人で行くことに。


「おっ、今日は校舎から校門までの間にあまり人がいないぞ」


 羽柴は上機嫌な様子でそう言う。確かに、今は校門やグラウンドに向かって歩いている生徒しかいない。

 先週までは部活の仮入部期間だったため、校舎から校門までの間に、部活やサークルのチラシを持った生徒がたくさん立っていたのだ。1年生だけでなく、2年生である俺達にも勧誘する生徒が多く、中にはしつこい生徒もいて。そのことに羽柴はウンザリとしていた。


「良かったな。平和な雰囲気に戻って」

「ああ。行こうぜ」


 俺は羽柴と一緒に校門に向かって歩き出す。

 部活やサークルの勧誘をされることなく、すんなりと歩けるのって気持ちがいい。羽柴が鼻歌まで歌うのも納得だ。


「あっ、先輩方! お疲れ様でーす」


 歩き始めてすぐ、校門の方からそんな可愛らしい声が聞こえた。

 待ち合わせ場所の校門前には、既に杏奈の姿があった。杏奈は持ち前の明るい笑顔を浮かべ、俺達に向かって元気よく手を振ってくれる。

 今朝も俺達の教室で笑顔を見せてくれたけど、彼女は昨日俺にフラれた。だから、杏奈の笑顔を見ると安心感を抱く。


「お疲れ、杏奈」

「お疲れさん、小鳥遊」

「どうもです。勧誘とかもないので、校舎の近くにいる先輩方を見つけられました。特に絡まれることなく、校門まで来られるのっていいですよね」

「小鳥遊もそう思うか」

「これがいつもの放課後だと思ってくれていいよ、杏奈」

「そうですか。良かったです」


 そう言って、安堵の笑みを浮かべる杏奈。俺達に同意を求めるほどだし、彼女も仮入部期間までの部活やサークルの勧誘が嫌だったのだろう。

 その後、駐輪場から自転車を押してきた羽柴と一緒に、俺と杏奈のバイト先のマスバーガーまで歩くことに。

 これまでと同じように、俺は杏奈と隣り合って歩いている。しかし、これまでよりも少しだけ距離が開いたように思える。


「昨日のことがありましたから……何だか、こうして大輝先輩と一緒に歩いていると不思議な感じがしますね」

「……そうか」

「でも、一歩一歩前に進む度に、嬉しい気持ちが膨らんできます。これからも、バイトが放課後にあるときには、こうして一緒に行ってもいいですか?」

「そのくらいなら全然」

「……ありがとうございます」


 杏奈は頬を赤くし、俺の目を見ながらニッコリと笑う。

 バイト先に行くからとはいえ、前日に自分を振った好きな人と一緒に歩いている。不思議な気持ちになるのも、段々と嬉しい気持ちになるのも、俺に対する好意が彼女の心に強くあるからなのだろう。今朝、一紗と一緒に俺に好意を持ち続けてもいいかと訊き、俺から許しを得たのもあるかもしれない。


「ところで、大輝先輩。今朝は詳しく教えてもらえなかったのですが……ぶっちゃけ、文香先輩とは昨日、どんなことをしたんですか?」

「俺もちょっと気になるな」


 左右両側から視線を向けられる。特に杏奈は興味津々そうな様子で。今朝、教室で一紗が同じ質問をしたときも、杏奈は目を輝かせて俺とサクラのことを見ていたな。


「サクラとのことだからな。そういうことを、俺が勝手にはっきりと教えていいものか……」


 今朝は周りにクラスメイトがたくさんいたこともあってか、サクラは顔を真っ赤にして、はっきりとしたことまでは言わなかった。だから、彼女のいない場で色々と語る気にはあまりなれない。


「確かに、速水の言う通り、お前だけのことじゃないもんな」

「それに、文香先輩がいない場ですからね。こんなことを訊いてすみませんでした」

「謝るほどのことじゃないさ。それに、気になる気持ちも理解できるし。サクラさえよければ、俺も話すんだけど」


 サクラも今頃、一緒に掃除をしている小泉さんなどに同じようなことを訊かれているのかな。もし、サクラが詳しく教えてしまっても俺はかまわないけど。


「ただ、大輝先輩と文香先輩は同居していますから、一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりしているイメージがありますね」

「分かるなぁ。幼馴染だし、小さい頃は桜井とたくさんお泊まり会をしたそうだから」

「なるほどです! 恋人になったし、ひさしぶりに一緒にお風呂に入ろうって展開はありそうですね!」


 杏奈と羽柴、見事な推理だ。昨日の夜はひさしぶりにサクラと一緒にお風呂に入って、サクラのベッドで一緒に寝たよ。

 というか、今の2人の推理を聞いたせいでそのときのことを思い出してしまう。お風呂に入ったときのサクラはとても素敵だった。昔と比べて、色々なところが成長して大人っぽくなっていたし。お風呂やベッドの中ではたくさんキスして。あぁ……ドキドキして顔が熱くなってきた。


「羽柴先輩。どうやら、あたし達の推理、当たっているっぽいですよ。大輝先輩の頬が赤くなっていますし」

「みたいだな。今朝、桜井が顔を真っ赤にしていたのも納得だ」


 小声で話しているけど、2人に挟まれて歩いている俺にはちゃんと聞こえているからな。ううっ、さらに頬が熱くなってきた。

 世の中には『目は口ほどにものを言う』という言葉があるけど、俺は頬も口ほどにものを言ってしまう体質なのかも。気をつけよう。

 その後、マスバーガーが見えるまで、頬の熱が消えることはなかった。

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