第13話『いてもたってもいられない』

 一紗はとても真剣な様子で、サクラと中村のところに向かって歩いていく。そんな一紗の姿はとても凜々しくて美しい。


「お前は……」


 中村のその言葉で、サクラも一紗が自分のところへ来たことに気付く。


「麻生一紗。文香さんの友人でクラスメイトよ」

「麻生……ああ、文学姫か。友達だかクラスメイトだか知らないけど、関係ない奴はどっかに行ってくれないか? 今、大事な話をしているんだよ」

「その大事な話の中で、友人と友人の幼馴染が貶されたから、いてもたってもいられなくなってね。その幼馴染は私の想い人でもあるから、あなたに物凄く腹が立っているの」


 落ち着いた口調で一紗は怒りをぶつける。ただ、中村は怯えたり、怒ったりするどころか、むしろ余裕のある笑みを見せる。


「ははっ、そうかよ。でも、今の俺の話を聞かなければ、お前が腹を立てることなんてなかったんだ。つうか、どっかで俺達のことを隠れて見たんだな。趣味が悪い。部外者が口挟むなよ、この野郎」


 露骨に怒りの表情を見せる中村。自分も隠れて見ているので、今の彼の言葉にはちょっと胸が痛む。

 ただ、怒った態度を取られても怖くないのか、一紗は「ふふっ」と声に出して笑う。


「あらあら、好きな人の前でそんな態度を取るなんて。きっと、文香さんの中で、あなたの評価が下がる一途を辿っているでしょうね。私から見ても、大輝君とあなたでは天と地ほどの差があるわ。もう、今からではあなたの告白を断るという決断が覆ることはないでしょうね」


 一紗、本当に容赦ない。ちょっと中村が可哀想に思えるほど。ただ、一紗が中村に言ってくれることで、心が落ち着き始めているのも事実。

 一紗の言葉に気が障ったのか、中村はさっきよりもさらに目を鋭くさせ、一紗中心に睨んでいる。


「3年前、文香さんと大輝君の間に何があったのか詳しくは知らない。中2の初め頃に色々とあって、わだかまりがあったとしか。でも、本人達から春休みの間に仲直りしたって聞いたわ」

「仲直りした……?」


 中村は疑いの目で一紗とサクラを見ている。


「ええ。一昨日と昨日、私は大輝君と文香さんと一緒に過ごしたわ。食事をしたり、ゲームコーナーで大輝君が文香さんに猫のぬいぐるみを取ってあげたり、ご飯を一口食べさせ合ったり、カラオケで一緒に歌ったり。2人は楽しそうだった。文香さんと立場を交換してほしいくらいに羨ましいわ。……中村君。文香さんも大輝君も誠実で素敵な人なのよ。覚えておきなさい。もし、知り合いに文香さんが気になっている子がいたら、今のことを教えてあげなさいね」


 一紗ははっきりとした口調でそう言った。後ろ姿だけど、部活説明会のとき以上に堂々としているように思えて。強い女の子だ。そんな一紗に救われた感じがした。あと、羨ましい気持ちもしっかり言うところが一紗らしい。

 サクラは一歩前に出る。


「……もし、ダイちゃんと距離ができた直後だったら、一緒に住むことが大きなストレスになっていたかもしれない。でも、3年近く経って距離も縮まってきたところで、父親が転勤することが決まったの。四鷹は離れたくない。だけど、両親と離れるのは寂しい。そんな中で、ダイちゃんの御両親が一緒に住むことを提案してくれて。幼馴染のダイちゃんが側にいるなら大丈夫だと思って、私は一緒に住むって決断したの」


 サクラのその言葉に、気持ちが温かくなっていく。


「一緒に住むことで喧嘩や衝突はあるかもしれない。でも、ダイちゃんは誰かが嫌がるようなことを故意にする人じゃないから。普段はストレスなんて感じない。だから、一緒に住む決断を笑われて、ダイちゃんを物凄く悪く言われて。今は凄くストレスが溜まってる! 今後一切、私に関わらないでほしいくらい! 私にとって、あなたはストレス以外の何者でもないよ」

「す、すまない、桜井さん。そういう事情を知らなくてさ……」


 サクラにまくし立てられたからか、中村はさっきまでの怒りの表情がすっかりと消えていた。顔が青白くなっているし。ここからじゃ見えないけど、もしかしたらサクラは相当な怒りを顔に出しているのかも。

 しかし、サクラはゆっくりと首を横に振る。


「……事情を知らないにしても、ああいう言い方はないと思う。だから、許したくない。あなたと恋人はおろか、友達にもならないよ。今までで最悪な告白だった。あと、このことでダイちゃんや一紗ちゃん達に何かしたら許さないからね」

「……ああ」


 げんなりとした様子の中村。一言返事をすると、とぼとぼとサクラと一紗のいる場から立ち去っていった。そんな彼の後ろ姿から哀愁を感じた。あの様子なら、報復で何かしてくる危険はないだろう。

 中村の姿が見えなくなってから、サクラと一紗はこちらに振り返り、俺達のところに向かって歩いてくる。俺達が姿を現すと、2人は笑顔を見せてくれた。


「これで終わりだね。一紗ちゃんが途中から出てくれたり、ダイちゃん達が見守ってくれたりしたから、彼にはっきりと自分の気持ちを言うことができたよ。ありがとう」


 みんなのことを見ながらそう言うと、サクラは軽く頭を下げた。


「いいのよ、文香さん。私は2人が悪く言われて凄く腹が立ったから。彼には色々言わないと気が済まなかったの」

「心強かったよ、一紗ちゃん」

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう、一紗。羽柴と小泉さんも。3人がいなかったら、俺はどうしていたことか」


 言葉だけでは済まなかったかもしれない。騒ぎになって、みんなに迷惑を掛けてしまっていた可能性もある。


「ストレス溜まっているんじゃないかって言った後の速水、かなり怒っていたからな。ここで桜井のところに行かせたらまずいと思ったんだ」

「あたしは去年、文香が断る場面を何度か見ていたから。きっと今回も大丈夫だと思ったの。そうしたら、まさか一紗が行っちゃうとは思わなかったよ。正直、ヒヤッとした。結果的に、文香の後押しになったから良かったけど」

「事実を伝えてあげようと思ってね。怒っていたから、鋭い言葉選びになってしまったわね」


 そんな一紗の言葉もあって、中村はあそこまでがっかりとした様子で立ち去ったのだと思う。一紗を敵に回すと恐ろしいと分かった。


「サクラもありがとう。サクラの言葉もあって、気持ちが落ち着いたし、むしろ温かくなったくらいだから」


 お礼を言うと、サクラは落ち着いた優しげな笑みを浮かべる。


「一紗ちゃんと同じく、私も色々言わないと気が済まなかったの。……あと、ダイちゃん、あのときに怒ってくれていたんだね」


 そっか、とサクラは嬉しそうに呟いた。


「まあ、今回のことはこれで終わりってことで。じゃあ、帰ろうか。青葉ちゃんは部活頑張ってね」

「ありがとう。何もないと思うけど、中村君関連で何か分かったら連絡する」

「分かった、ありがとう」


 今回のことで、サクラと一紗に悪い方への影響が出ないことを願う。

 女子テニス部の部室と校門は逆方向なので、小泉さんとはここでお別れ。俺はサクラと一紗、羽柴と一緒に帰路に就く。

 校門を出た際に、母親に『今から友達と帰る』とメッセージを送り、俺達は自宅の方に向かって歩き始める。うちの地域を歩くのが初めてなのか、一紗は周りの景色をよく見ていて。それが可愛らしく思える。

 4月になったから、お昼の今の時間に直射日光を浴びると結構暑いな。制服の色が黒いのも理由の一つだろう。

 途中のスーパーで、昼食の後に食べるおやつなどを買う。一紗も甘いもの好きだそうで、お菓子やスイーツコーナーではサクラや羽柴と一緒に興味津々な様子で商品を見ていた。俺は小さい頃から好きなチョコレートマシュマロだけを選び、あとは3人に任せた。

 スーパーを出てからは自宅まで真っ直ぐ帰る。中村の一件があったけど、3人と一緒に家での時間を楽しむことにしよう。

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