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 街中の一等地。

 城にほど近い場所に、ヘンドリック・バレンチアの自宅がある。

 四階建ての幅のある建物。

 3軒の空きアパートを潰して建てられたくらいだ。

 大きさも街の中では大きな方に入る。


 中には遊戯室や訓練場。

 芸術品を収めたコレクション部屋。

 ワインセラー。

 使用人や護衛の兵士が泊まる部屋。

 そしてバレンチアの家族が暮らす部屋。


 大きな建物を存分に使って、いくつもの部屋を用意している。


 サラが到着した頃には、屋敷の前には人だかりができていた。

 野次馬、憲兵。

 その中に、新聞記者の姿も見受けられる。

 人混みをかき分けて、屋敷に入る。


 屋敷に入ると、ロバートが玄関の前で待っていた。


「今日は、俺の方が早かったみたいですね」


 皮肉を叩いたつもりなのか。  

 ロバートの頬が吊り上がる。


「現場はどこ」


「遊戯室です。こちらへどうぞ」


 ロバートに連れられて、広々とした廊下を進む。

 目的の部屋は、案内されずともわかったかもしれない。

 何せ、部屋の前には兵士の人だかりができていたから。


 憲兵の間をすり抜けて中には入る。

 そこは遊戯室。

 ビリヤード台とダーツ。 

 部屋の端には酒を飲めるスペースが用意されている。


「副司令は、そこで死んでいました」


 ロバートが指差したのは、室内端にあるビリヤード台。

 緑色のラシャの上からエプロンにかけて、黒いシミが影を伸ばしている。

 殺人の形跡。死の名残。


「あそこに突っ伏して死んでました」


 ロバートは苦々しく顔を歪める。

 バレンチアの死と、彼を殺した人間への怒り。

 それが彼自身気づかぬ内に、表情に現れる。


 話をしたことも、面と向かって顔を合わせたこともない上官中の上官。

 それでも、同じ司令部の人間。

 いわば仲間だ。

 仲間が死んだとなれば、その怒りで自然と顔を変えてしまうのかもしれない。


「死体は」


「こちらに」


 部屋の奥。

 ビリヤード台からほど近いところに、布を被せられた死体がある。

 サラは布をつかんでめくりあげる。


 バレンチアは、眠っているかのようだった。

 降りたまぶた。閉じられた口。

 彼の首元についた赤がなければ、おそらく死んでいることさえわからなかった。


「手伝って」


 ジョアンナは半ば放心している様子だったが、サラが声をかけると、はっと我に変える。

 サラとジョアンナで死体をひっくり返す。

 やはり、うなじに小さな穴が開いていた。


「同じ犯人、でしょうね」


 ロバートが言う。

 連続殺人、これまでにあった死体と同じ痕跡だ。

 サラの脳裏に、アルフォンスの顔が浮かんでくる。


「発見したのは」


 アルフォンスの幻想をかき消し、ロバートに顔を向ける。


「使用人です。副司令が寝室にいなかったので探していたら、ここで発見したと」


「犯人の姿は」


「残念ながら、見ていないそうです」


「そう」


 サラは頭をかく。


「面倒なことになりましたね」


 ロバートが言う。


「面倒なのは、今に始まったことじゃないでしょ」


 布を被し直し、サラはジョアンナを見る。


「ギルモアにも報告してきてちょうだい。私がいくより、貴女が走った方が早そうだから」


「わかりました」


 ジョアンナはどこかホッとしているように見えた。

 見慣れない死体のせいか。

 それとも、部署の違う人間たちにかこまれる、居心地の悪さのせいあk。


 敬礼をすると、彼女はそそくさと走り去っていく。

 見送った後、サラはロバートに目を向ける。


「使用人はどこにいるの」


「話を聞くつもりで」


「それ以外ないでしょ」


「あいにくと今は出来ませんよ。ショックで眠っちゃってますから」


「何、気絶したの」


「そりゃそうですよ。他殺死体を見慣れているわけでもないんですから」


「あぁ。そっか」


「俺たちと同じように考えないでくださいよ。相手は普通の市民なんですから」


「悪かったわよ。ついつい普通を忘れちゃってたわ」


 自分の普通が市民の普通とはかけ離れている。 

 そんな単純なことが、少し頭の中から抜け出ていた。

 サラが頭をかいていると、1人の兵士が彼女の元へ駆け寄ってくる。


「団長、ちょっと」


「なに」


「司令部からの呼び出しです。団長から聞きたいことがあるって」


「もう小言の時間なの、いつになく早いわね」


「お偉いさんがた、カンカンでしたよ。早いとこ行った方がいいですよ」


 肩に疲労がのしかかる。

 面倒ごとが一つ増えたことを確信しながら、サラはロバートに顔を向ける。

 

「昨夜から今朝にかけてのこと。その間の副司令の動き。それと屋敷に来た連中の顔や、侵入者の痕跡も。聞けることは全部聞き出しておいて」


「団長って、大変ですね。つくづく、自分がなってなくて良かったと思いますよ」


「あんたもいつかはこうなるわよ」


 ロバートの減らず口に答えながら、サラは現場を後にした。

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