3-4
街中の一等地。
城にほど近い場所に、ヘンドリック・バレンチアの自宅がある。
四階建ての幅のある建物。
3軒の空きアパートを潰して建てられたくらいだ。
大きさも街の中では大きな方に入る。
中には遊戯室や訓練場。
芸術品を収めたコレクション部屋。
ワインセラー。
使用人や護衛の兵士が泊まる部屋。
そしてバレンチアの家族が暮らす部屋。
大きな建物を存分に使って、いくつもの部屋を用意している。
サラが到着した頃には、屋敷の前には人だかりができていた。
野次馬、憲兵。
その中に、新聞記者の姿も見受けられる。
人混みをかき分けて、屋敷に入る。
屋敷に入ると、ロバートが玄関の前で待っていた。
「今日は、俺の方が早かったみたいですね」
皮肉を叩いたつもりなのか。
ロバートの頬が吊り上がる。
「現場はどこ」
「遊戯室です。こちらへどうぞ」
ロバートに連れられて、広々とした廊下を進む。
目的の部屋は、案内されずともわかったかもしれない。
何せ、部屋の前には兵士の人だかりができていたから。
憲兵の間をすり抜けて中には入る。
そこは遊戯室。
ビリヤード台とダーツ。
部屋の端には酒を飲めるスペースが用意されている。
「副司令は、そこで死んでいました」
ロバートが指差したのは、室内端にあるビリヤード台。
緑色のラシャの上からエプロンにかけて、黒いシミが影を伸ばしている。
殺人の形跡。死の名残。
「あそこに突っ伏して死んでました」
ロバートは苦々しく顔を歪める。
バレンチアの死と、彼を殺した人間への怒り。
それが彼自身気づかぬ内に、表情に現れる。
話をしたことも、面と向かって顔を合わせたこともない上官中の上官。
それでも、同じ司令部の人間。
いわば仲間だ。
仲間が死んだとなれば、その怒りで自然と顔を変えてしまうのかもしれない。
「死体は」
「こちらに」
部屋の奥。
ビリヤード台からほど近いところに、布を被せられた死体がある。
サラは布をつかんでめくりあげる。
バレンチアは、眠っているかのようだった。
降りたまぶた。閉じられた口。
彼の首元についた赤がなければ、おそらく死んでいることさえわからなかった。
「手伝って」
ジョアンナは半ば放心している様子だったが、サラが声をかけると、はっと我に変える。
サラとジョアンナで死体をひっくり返す。
やはり、うなじに小さな穴が開いていた。
「同じ犯人、でしょうね」
ロバートが言う。
連続殺人、これまでにあった死体と同じ痕跡だ。
サラの脳裏に、アルフォンスの顔が浮かんでくる。
「発見したのは」
アルフォンスの幻想をかき消し、ロバートに顔を向ける。
「使用人です。副司令が寝室にいなかったので探していたら、ここで発見したと」
「犯人の姿は」
「残念ながら、見ていないそうです」
「そう」
サラは頭をかく。
「面倒なことになりましたね」
ロバートが言う。
「面倒なのは、今に始まったことじゃないでしょ」
布を被し直し、サラはジョアンナを見る。
「ギルモアにも報告してきてちょうだい。私がいくより、貴女が走った方が早そうだから」
「わかりました」
ジョアンナはどこかホッとしているように見えた。
見慣れない死体のせいか。
それとも、部署の違う人間たちにかこまれる、居心地の悪さのせいあk。
敬礼をすると、彼女はそそくさと走り去っていく。
見送った後、サラはロバートに目を向ける。
「使用人はどこにいるの」
「話を聞くつもりで」
「それ以外ないでしょ」
「あいにくと今は出来ませんよ。ショックで眠っちゃってますから」
「何、気絶したの」
「そりゃそうですよ。他殺死体を見慣れているわけでもないんですから」
「あぁ。そっか」
「俺たちと同じように考えないでくださいよ。相手は普通の市民なんですから」
「悪かったわよ。ついつい普通を忘れちゃってたわ」
自分の普通が市民の普通とはかけ離れている。
そんな単純なことが、少し頭の中から抜け出ていた。
サラが頭をかいていると、1人の兵士が彼女の元へ駆け寄ってくる。
「団長、ちょっと」
「なに」
「司令部からの呼び出しです。団長から聞きたいことがあるって」
「もう小言の時間なの、いつになく早いわね」
「お偉いさんがた、カンカンでしたよ。早いとこ行った方がいいですよ」
肩に疲労がのしかかる。
面倒ごとが一つ増えたことを確信しながら、サラはロバートに顔を向ける。
「昨夜から今朝にかけてのこと。その間の副司令の動き。それと屋敷に来た連中の顔や、侵入者の痕跡も。聞けることは全部聞き出しておいて」
「団長って、大変ですね。つくづく、自分がなってなくて良かったと思いますよ」
「あんたもいつかはこうなるわよ」
ロバートの減らず口に答えながら、サラは現場を後にした。
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