16話 婚約者の評価

 この国には、死んだ人間が化けて出るという発想がなく、お化けは兎も角、死者が成仏出来ないという考えが、なかったりします。神様の力で蘇ったしても、やり残したことがあるから、成仏しないでウロウロと地上に姿を現す、というものは考えられていないのですね。…う~ん。実際に前世では、そういう幽霊を見たことがあったり、奇妙な体験をしたりする例もありますし。この国には、そういう例もないみたいですね。


そう言えば…この国や他の国が戦争を起こしたのは、随分大昔であったとか。

その後は割と平和だったそうです。と言いましても、悪いことをする人は何処にでも居ると思いますが、天国とか地獄と言う考えもない様ですし。もしかしたら、噂にならないだけで、超常現象とかはあるのかもしれませんし、貴族は自分達の家に不利なことは、絶対に隠すところもありますし、噂が立たないものだから、そういう言葉が作られていない、というだけかもしれません。


そういう言葉が存在していない以上、トキ様にも実感が出来ないようでしたわ。

これから前世の転生者が増えれば、今後の考え方も…ドンドンと変化して来るのかも、しれませんね。前世の世界を目指す必要はない、とは思いますけれど、良い技術が生まれるのなら、前世の知恵を参考にしてもいいかと思うのです。

前世でも真似をすることは、悪いことではありませんし、ただ単に真似るだけの行為は、著作権の侵害の問題ですが、ここでは今のところは関係ございませんもの。そういうものが多過ぎました前世は、悪意を含んだ真似などは、軋轢を生む結果になりましたが。人間は欲が出て来ますと、碌な行為になりませんし、全く出ませんと、今度はやる気が失せますし。というのが、丁度良いのです。


 「カノは、気にし過ぎだよ。君はとても可愛いらしいのだから、もっと自信を持

てば良いんだよ。カノの可愛さには、十分魅力がある。天に召されないような死者と、君を同等に扱うなんて、君自身が言うことでも、僕は…許さないからね?」

 「………。」


…いや、いや。何を…仰っておられるのですか?…お化けや幽霊の概念のない国ということで、『天に召されない死者』と、捉えられたのですね?…う~ん。

少々違うような…。仕方ありませんわね。どちらにしましても…このトキ様の言い分から解釈致しましたら、何だかんだと…わたくしを、褒めちぎりそうな気配が致しますもの。今日だけで、何回…可愛いと言われましたことやら…。


 「カノはきっと、僕が大袈裟に言っていると思っているんだろうね?…僕は本気だよ。決して大袈裟ではないからね?…僕から言えば、カノは自分のことを全然分かっていない、と思っているんだからね!」


いや、いや…。わたくしよりも顔が良い、トキ様に言われましても。トキ様の方が余程、将来は有望でしてよ?…将来のイケメン男子で間違いないですわね。

そのようなお方から、何故にここまで持ち上げられるという、居心地の悪さと言いましたら…。今すぐに、ぐらいの気持ち…でしてよ。

正式な婚約者になられてからの、トキ様のわたくしへの評価が、過大になっているような気が致しますが、気の所為ではございませんわね…。


 「…トキ様。わたくしの事を過大評価してくださるのは、止めてくださいませ。

わたくしは別に、過小評価しているつもりはございませんのよ。自分のことは自分で、良く分かっているだけですわ。トキ様のような紳士ぜんとしたお方から、そのように仰られましても、わたくしには…身に余るお言葉なのでして、どうしたら良いのか困ってしまいます…。」


わたくしはこれ以上、トキ様のお言葉に翻弄されたくなくて、トキ様のお言葉を全否定してしまいましたの。もう…わたくしは限界でした…。わたくしはあまり顔に表情が出ないタイプですが、流石に顔がほんのりと赤くなっている気が致します。『恥ずか死ぬ』という言葉が、唐突に浮かんで参りましたぐらいで…。


これは、前世の言葉ですわね?

…今のわたくしには…なんと…よく当て嵌まる言葉なのかしら?






    ****************************






 「……カノ。ごめん…。君を…困らせるつもりでは、決してなかったんだ。本心から君が…愛らし過ぎると、思っているんだよ。だけど君には…迷惑だったんだよね。ごめんね?…そんなに困ったような顔をされると、僕もどうしたらいいのか、分からないよ…。」


わたくしは顔を少し赤く染めながらも、困った顔をしているようでした。

自分では顔に出てはいない、と思っていましたのに、微妙に出てしまっていた様ですわ?…トキ様も眉をハの字にされて、困り顔をされておられますわ。

わたくしに真摯に謝ってくださるのです。本心からわたくしを愛らしいとおもってくださるのは、とても嬉しく思いますけれど、わたくし自身は…それほどとは思っておりませんのよ。


この国には、やたらと美人やイケメンが沢山おられます。わたくしは美人でもなければ、逆に…不細工でもない、とは思っておりますわ。ただ…それだけのことなのです。日本人の感覚では、確かに今のわたくしの容姿は、それなりに整っておりますし、可愛らしい部類なのでしょう。それでも、この国にはそういう可愛らしいお顔ならば、他にもいらっしゃいますし、そういうお顔は普通レベルなのですわ。

要するに、わたくしは…この国では普通レベルなのです。


その上、わたくしは前世から幼顔でして。背丈も何故だか前世から、平均よりも低くて。今世でもその辺は、全く同じ条件ですのよ。そしてこの国では、こういう幼顔はモテない様でして。この国では、大人っぽいお顔でスタイルの良い女性こそ、モテるのですわ。前世の世界で…過去の時代では、スタイルや顔の美人は、今の基準とは異なりまして、ふっくらした人が美人だとか、眉を剃った上で更に、お歯黒はぐろと言いまして、歯を黒く塗っていた人が美人だとか、言われていた時代もございますわね。


それに比べますと、この国の時代的には、前世の西洋…ヨーロッパ辺りで、中世の時代に似通っておりますかしら?…それにしましては、そういう美人とかイケメンとかの基準が、どちらかと言いますと、前世のわたくしの時代と似たような基準ですわね。異世界だからなのでしょうか?…何となく…違和感を感じております。

日本語の発音のこともありますし、まるで…日本と西洋をミックスしたような雰囲気、と言いますか…なんと言いますか………。


トキ様とほんの少し、行違えたような雰囲気となりましたが、あの後のトキ様は、わたくしの意志を汲み取ってくださり、見事に吹っ切られまして、いつもの調子でお帰りになられました。わたくしの心の葛藤は、何でしたの?…というくらいに。


トキ様が帰られましてから、わたくしは1人で考えを色々と整理しておりました。わたくしは前世から、所謂でした。前世とは全く異なるようでいて、何かが前世と関わり合っているのだと、見え隠れしている気がしているのです。

この世界では、わたくしの前世とは何かしら、切れない糸のようなもので繋がっているのではないか、と疑っているのですのよ。今のわたくしでは、どの部分がどのようにとは、説明が出来ません。何を根拠ということでさえ、自分では理解しておりません。まだ…わたくしの勘でしか…ないのです。勘とは…不確かなもの。


今後、確かな記憶を思い出してしまえば、これからはもっと沢山の記憶を、思い出すことになるでしょう。今は王都の別宅に住んでおりますから、トキ様とも連絡して遅くとも数日後にはお会いできますが、もうすぐ11月になりますし、今年の暮れには本邸に戻ることになりますわね。それから暫くの間は、本邸に滞在することとなりますの。そうなりますと…今後は、そう簡単にはトキ様にお会いできない、ということになってしまいます。


まさか、お手紙でお知らせする訳にもいきませんし……。本来はそのこともご相談申し上げようと思っておりましたのに、あまりにもトキ様のわたくしへの評価が、高過ぎるような気が致しまして、…ご相談を申し上げるのを、すっかり忘れてしまいましたのよ。本当に…不本意でしたけれど、仕方がありませんわ。


正式に婚約してからのトキ様は、あまりにも積極的と言いますか、その…天然タラシと申しますか、今のご年齢からこの状態ですと、わたくしの方が耐えられないと申し上げたいぐらいですわ…。このようにまだ2人だけの時であれば、何とか繕えますけれども、これを社交などの場でされれば、流石のわたくしも、狼狽えてしまうかもしれません。


その後お手紙での遣り取りをしておりますが、何かあれば…トキ様は何としてでも来てくださると、お約束していただきましたわ。アルバーニ侯爵家の本邸まで来てくださると。「僕も会いたいから行くんだよ。」と。この世界には電話がないですので、直接お会いしない限りは、声だけ聞くことは出来ませんけれど、電話がなくて良かったと思っておりますのよ。お手紙に書かれておりました内容ですのに、時には、思わず…卒倒しそうでしたもの。


『リア充』という言葉を、突如思い出したわたくしは、前世でよく使われておりました言葉で、わたくし自身…今のわたくしの状況なのでは、と思いましたの。

これが…では、ないのかしら?……と。

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