93話 2界の理を唱えよ。研鑽が辿り着きし真慧。


 ノインが落ちていく。


 それを知ったココはさらに加速する。彼と系譜を繋いでいる原典者ココは、ノインの損耗を余すことなくすべて感じ取っていた。速力を上げるココに追いすがろうとする黒針を波動砲で消失させ、ココはノインを助け出したい一心で飛翔するのだ。しかし、彼女の進路を妨害するように黒母が立ちふさがった。


「邪魔すぎるっ!」


 ココは武装を形態変化させ、長砲を3つ組み合わせる。その砲からは3種の領域魔法が展開された。火・天・風属性の3属が揃った破壊の魔術。それがココの道を塞いでいる黒母を貫き、その体を3属性が燃やし尽くす。その黒母に大きく空いた穴を、ココは潜り抜けて最短の距離で進んで行く。


 もう誰も失わせやしない!と。


 それでも黒針は数多く、今度はココを上下左右から彼女の武装に壊さんと喰らいつく。そこに黒母の魔術が直下に打ち下ろされた。倒した黒母はもう千を超えているが、いまだに多数の黒母が戦場に存在している。

 ココはありったけのエーテルを魔動兵器に送り込み、全ての砲を四方八方に渦巻く漆黒の闇と化した黒母とその黒針に向かってぶっ放す。目も眩むような閃光が瞬き、巨大な爆発が空間を埋め尽くした。そして、すぐさまココはノインのいる、場所を目掛けて駆けていく。

 その闇の中にノインが取りこぼした数十の黒魔術師がいた。その黒魔術師たちは幾百の黒母を素材として練り、漆黒の魔術をココに対して撃つ。黒魔術たちは理解していた。その飛翔するモノは、聖霊の愛子あやしであり、黒魔術師が作り上げる千年の結晶を凌ぐ、つまりは智慧の実の材料となるモノであることを。だからこそ、決して逃しはしない。黒魔術師が放つ一撃は、彼らの実存強度と等しく天異界3層の力をもつ。その愛子が操る魔動兵器が、いくら多量のエーテルを貯えていようと防ぐことはできない。

 ココはさらに加速する。背後から超大な魔術の奔流が迫ってきているのは分かっている。それに飲み込まれまいと、ココは限界を超えて速度を上げていった。


 黒魔術師の一人は訝しげに思った。


 天異界を埋め尽くす闇の切れ目が徐々に拡大していることに。漆黒の闇をも黒く染め上げる程の黒針がいるのだが、その切れ目となった空間だけがいっこうに闇で塗り潰されることがない。それどころが、その切れ目が大きく裂かれているではないか!

 その切れ目の先端が、ゆらりゆらりと、魔術を放っている黒魔術師の元に近づいてきていた。

 どうしたのいうのか? 黒魔術師は自らを叱責した。なぜか、その闇の切れ目から目が離せず体の震えが止まらないからだ。これは恐怖? いや、違う。これは恐れだ。何万もの戦場を潜り抜けてきた精鋭であるはずが、ただの揺らぎを恐れるのか。

 その切れ目の戦端に、一体の人形が目に止まり、その黒魔術師は失笑した。

 ああ、なんたる醜態をさらしたことか。ただの魔動器人形に恐れを抱くとは。人形は人形らしく人間の手足となって動けばよい。それが刀を振っているとは、あまりにも滑稽すぎる。

 だから、魔術でその魔動器人形を放ち消し去ろうとした。

 その黒魔術師の視線の先で、あろうことかその滑稽極まりない農作業用の魔動器人形が刀を鞘に納めて剣技を放とうとしているではないか。被造物の人形が造物主たる人間に憧れ剣技を真似る事、仕草を模倣するのは可能だ。しかし、そもそも人形が剣技を放てるなど不可能であり、しかもふざけたことに修久利を放とうとしている。黒魔術師は激情に駆られたように、魔術に力を込めて打ち下ろす。人形如きが人間のみが扱うことを許されている修久利を扱おうなどとは、言語道断である。


 ただ、その人形は静かにその修久利の技を天に向けて放った。その胸の中心に黒紫色の樹枝が不気味に輝きながら。


「界域を惑い、留まりし子らよ

 天慧の理を開きて、蒼黄の道を拓くべし

 無道に至りし我が魂

 六道真慧の淵源えいげんに従え

 大天慧即自則アマツマガチのコトワリ・『万羅ノバジラ』」


 すべてが消し飛んだ。

 その全てが存在の根を空間から剥ぎ取られ、輪廻に還る。

 天を埋め尽くしていた漆黒の暗雲たる黒針も黒母もそこには無く、宙を閃光で光らせていた魔術も無く、黒魔術師の存在さえも、その全てが無となり輪廻に還った。

 六律真慧を現す大天慧即自則アマツマガチのコトワリは、この世界の法則を体現するもの。何人もその前で抗うこと叶わず、輪廻の飛沫となった。





 天異界の空間を激震させる2匹の巨大な幻帝は、一つは竜であり、一つは蛇。

 竜は黒炎を顎からほとばしらせ天異界に炎の大海をつくり、蛇はその身から雷撃の大波を撃ち出し炎の大海を打ち消す。その激震の真下にファディはいた。


「六律をも圧す力。人間の可能性は、やはり研鑽の末に到達し得る真慧に他ならない。この六道真慧の技を人が手にする時が来たのです。邪霊に隷属する日々はここで終わるのだ」


 ファディの足元では、悪霊に染められた魔術師が苦悩に歪められていた。彼は静かに言葉を落とした。


「我ら人よ。惑うことなかれ」


 その投げかけられた言葉によって、黒魔術師たちは悪霊によって染められた者の心臓を穿ち、それを素材として魔術を練り上げていく。完成された魔術が悪霊を光の球に閉じ込めたはずだったが、なおも悪霊は気狂きちがいのように自身の歓喜に包まれていた。


「なにやら戦場に異変が生じているようです。これも悪霊が原因ということか?」


 攻撃部隊の黒魔術師が爆発的にエーテル含有量を上げ、しかも実存強度までもが跳ね上がってきている。そしてファディも例外なく実存強度が大きく上昇していた。原因不明の実存強度の増大は悪霊が関係しているのか?それとも何か別の要因であるのか‥‥‥やはり悪霊は危険な存在だ。今のうちに消し去っておかねばならない。

 ファディは傍らに控えている黒魔術師の部隊に漆黒の制御式を表し、発動した魔術が彼らの頭部を切り刻み、人間の『凝縮』を行った。彼の手のひらに凝縮された赤黒い球体を一飲みにすると、


「悪霊は消し去っておかなければなりません」


 胸に手を当てファディは目を瞑る。漆黒の糸により突き刺された黒魔術師たちの魂がファディの身に集約されていく。それらの魂を濃く練り上げて、魔術を練り上げる。


 宵ノ典礼・聖遺物『火口に堕入る断崖』


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