92話 六道真慧。人の行く末。


「どういうこと? 黒魔術師が気味の悪い姿に変形してんだけど、ランドウ何とかして!」

「いや、俺も分からん」


 ミケが動揺してランドウの服の裾を掴む。ランドウは変化していく黒魔術師の動きを見ながら、周囲の者たちに指示を出す。「今のうちに攻撃魔術を放て! 切り込み部隊は俺に続け。黒魔術師の集団変化なんてのは、今まで聞いたこともない、お前ら気を引き締めろよ!」ランドウはくっつくミケを引っぺがす。「ミケ、お前も得意の攻撃魔術を編んどけ! ここが踏ん張りどころだ」

 異形と化していった黒魔術師の力が天井知らずに跳ね上がり続けているのは事実だ。ランドウはニベの大剣を構え直して、その大剣の聖霊魔術を稼働させる。とりあえず、敵の力を推し量るべきだ。


 精霊術法・高位制御式『水の樹』


 超圧縮された水流の柱が数百の束になって黒魔術師を的確に射止めていく。明らかに致命傷を負わせたはずだが、攻撃は通らずに異形化の姿に戻っていく。


「おいおい、天則ノ者ってか! ふざけてんじゃねえぞ。こちとら実存強度を跳ね上げたばっかなんだぜ?」


 ランドウは部下たちを見渡す。このまま戦いを挑んでも、黒魔術師の素材えさとされる結果は見えている。ランドウの攻撃が無効化されるほどの敵を、部下に相手させるわけにはいかない。「俺が殿しんがりになるしかねえか」ランドウは覚悟を決め、ミケに部隊の撤退を任せようと振り返った。


 ランドウは視界の隅をゆらりと動く影を見た。


 飛空艇の小さな稼働音と、金属音が響いている。


「舟はありがたく貰っとくべ。だが、駄賃がねえ。すまねえべよ」

「‥‥‥おい! そっちは黒魔術師どもがいる。早くこちらに戻ってくるんだ!」


 ランドウの静止の声も届いていないのか、その金属の人形体は、体の関節音を奏でながら刀を抜く。ペルンの視線の先には、迫りくる異形の黒魔術師たちが数百体ある。


 修久利・大慧斬だいえら


 ペルンの剣技が三面六臂の黒魔術師を砕いた。

 その流れるような太刀筋に、ランドウはぞっと身の毛がよだつ。完成された修久利。剣を学ぶものが心血を注いでさえも、その技を完成させることすら、いや手にすることすらできない神に至る剣技。それを目の前の魔動器人形が繰り出していた。その美技に、心が震え目頭が熱くなっていく。


「あれってさ。黒魔術師をぶっ殺せる剣技って修久利しとめだよね? なんかノイン君の修久利よりも、威力が凄いんじゃねえの? でも、なんすかね、あの人形って胸に枝が突き刺さって不気味じゃん?」


 呆気欄としたミケが、ランドウを見上げて聞いてきた。ミケの言っていることは、おそらく魔動器人形の胸に突き刺さり絡みついている黒紫色の樹枝のことだろう。体中に根を張っているであろうソレは、黒魔術師の異形さと同様に不気味さを醸し出していた。

 ゆらり、ゆらりと、小舟の上で修久利の技を放ちながらペルンは進んでいく。

 異形となった黒魔術師の突進も、その魔術さえも完成された修久利の前では意味を為さない。ただ、剣技を振るうたびに、その樹枝の蝕みが進行しているのか時折その動きが滞る。


「彼は、その魂を削っているのだ」


 思わず声が出てしまった。「え?」とミケが驚きの声を上げたのが分かる。

 ペルンの胸の連樹子を観察していたランドウは確信に至った。そもそも人形の実存強度自体がどうしようもなく小さすぎる。実存強度が小さければ、保有するエーテル量も少なく、何度も修羅久利を放つことはできない。だからこその連樹子なのだ。その少なすぎるエーテル量を連樹子によって自らの魂から無理矢理に汲み出している。

 その魔動器人形の向かう進路の先を見た。その先には六律リヴィアタンが戦闘を繰り広げる黒魔術師の本拠。弥覇竜ジダと災呪の穢れがいる場所に他ならなかった。

 その魔動器人形はゆらりゆらりと陽炎が揺らぐように、敵陣の中心に向かって小舟を進ませていく。



 弥覇竜の眼前にリヴィアタンはいた。幾つもの杭が捻じり込まれている姿をリヴィアは痛々しそうに見つめる。


黒糸杭くろしえを穿たれ、黒魔術師に頭を下げるのか? 弥覇竜よ」

「いくら呼びかけても無駄です。弥覇竜となった時点で人格は消え失せてしまうもの。邪霊の理はそうでなかったですか? それを今更に人格に訴えるとは情緒的すぎるというものです」


 黒魔術師ファディが弥覇竜を伴い、リヴィアと対峙する。リヴィアはファディに問うた。


「災呪の穢れ程度が、よく吼えるものじゃな。貴様ごときが六律に手を出すことその身をもって知れ」

「確かに私程度の存在、六律に敵うことではないこと十分に承知しています。しかし、我が手には六律を噛みちぎる歯牙があるのですよ。人間がいつまでも邪霊に従属する存在でないことを砕ける血肉をもって味わうがいい!」


 ファディは両の手を打ち鳴らし、それに呼応するように弥覇竜の咆哮が鳴った。その鋭い唸りがリヴィアの纏うエーテルを引き剥がしていく。

 続けざまに巨大な竜の顎が大きく開かれ、リヴィアの体を砕こうと襲い掛かった。それに対してリヴィアも人間の姿形を解き放ち、本来の六律守護者の姿を見せて、竜に対峙する。竜と蛇が互いに咆哮し合って天異界1層の宙が軋み、歪んだ空間から衝撃破が始終に爆ぜて、天異界1層が砕かれているかのよう。

 その2つの互いにぶつかり合う光景を目を細めて見つめ、ファディは深くうなずいた。


「竜とは人間が手に入れし六道真慧の力。そう、まさに人間と邪霊との戦いだ。邪霊の力を人間の手に戻し、この世界を人間が自由に歩けるように事為す。それこそが我ら黒魔術師の喜びなのです」


 ファディの傍らに立ち並ぶ幾千もの黒魔術師に、眼下に浮かぶ都市エーベを攻略するよう指示を出した。その来訪者ネキアが築き上げた都市を見やり彼は「聖女の手を振りほどきし、愚鈍なる逃亡者ネキア。しかし、そのうちに聖女の残滓を隠し持っているとは盲点でありました。確かに感じますよ、その浮島から聖女の鼓動を。それに邪霊どもの愛子もいるとは、素材の宝庫ではないか。その愚鈍さから邪霊とままごとを始めたかと思っていたが、ここにきて役に立つとは、まさに僥倖である」

 その言葉を背にしていまだ残る黒魔術師たちが都市エーベに襲い掛かっていく。


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