90話 輪廻の拒絶。己の道は自らが拓く。


 ノインは、迫りくる黒魔術師たちを新たな生に目覚めさせるため、祝福の連樹子を杭として射出する。その放たれた一本の杭は、一つから二つ、二つから四つとその数を倍増させながら、黒魔術師がノインに向けて穿つ魔術すらも噛み砕いて、黒魔術師の体に突き刺さった。いくら黒魔術師の実存強度が強大であっても、悪霊の放つ連樹子の前では為す術もない。幾百人の黒魔術師はその頭蓋に連樹子を打ち込まれ、彼らは体を悶絶させ、痙攣しながら、新たな生の芽吹きを迎え初めていくのだった。ノインはパチパチと拍手を送る。


「良きことです。それこそがより良く生きるということに他ならない」


 連樹子に浸食され堕ちていく黒魔術師を、正気の魔術師が背後から手刀によって心臓を穿つ。


「連樹子を操る邪霊の人形か。その紅き樹枝によって人間を貶めようとしても、人間の気高さをくじくに至らぬ事を知れ!」


 連樹子の浸食を受ける幾多の黒魔術師の心臓を、正気の黒魔術師たちが抉りだし握り潰す。その心臓は素材。より強大な漆黒制御式を編み上げるための良き素材として、連樹子のない黒魔術師の力となり、実存強度を高めていく。黒魔術師にとって人間の存在意義とは、人はよりよき人のために自らの生を使うこと、つまり弱者は強者の為の素材となり素材に身を成すことが至上の喜びのある生なのだ、と。

 実存強度を上げた黒魔術師たちが、さらなる黒魔術の制御式を多重に天に織りなす。その制御式から放たれた黒魔術の奔流が、ノインの全方位から彼を砕かんと巨大な光となった。


 その光が再び静寂を呼んだ。

 この景色、この空間には見覚えがある。


『力とは、行使してこそ意味があるというものだ』

 ノインよりも背丈のある青年の姿が光に包まれて見えていた。その青年の顔を窺い知ることは出来なかったが、存在を確かめることはできた。

 青年の言葉にノインは応えた。


「力とは自らの歩みを前に進めるためにつかうもの。力のみに意味はなく、力とはより良く生きるため在るのです」

『より良き生に、力は宿るのか?』

「この命が正しき道を歩んでいるならば、力はそれであり、それこそが世界に生まれ出でる意味なのです」

『世界は連綿と続く輪廻。力の循環そのものであり、それが幸福である。力へ進むことこそが祝福なのだ。しかし、君の力の祈りは、断絶を謳う。全ての終わりを望むのか?』

「輪廻からの消滅、それがどうしたというのです。輪廻を無限に繰り返そうとも正しき道を行くことができねば悲しみしかありません。虚無を前にしても揺るがず、己が命で善きことを為す。それこそが歓喜というものです」

『輪廻こそが来世への歓喜であり、力のこそが輪廻を望む渇望を呼び寄せる。汝に問おう。汝が喜びは誰が祝福する?』

「私が私を祝福するのです。そこに偽りなどあるでしょうか。いやあるはずがありません。僕は知っているのです。これこそがまさに歓喜なのですよ」

『ならば、己が自身で示してみよ』



 爆音がノインの鼓膜を貫き、衝撃波が体を砕いていく。

 先ほどの静寂は既に消え去り、黒魔術師の攻撃魔術が体を焼き続けているのだった。ノインは自分を焼く魔術の存在を滅失させようと、連樹子を紡ぐ。連樹子ならば、魔術を消し去ることが可能だからだ。

 しかし、どういう訳か連樹子は一向に生じる気配がない。いや、連樹子を創り出すことが出来なくなっていた。

 ”青年”を否定したノインには連樹子を持つことなど有り得ない。ノインは燃え尽きてゆく体で黒魔術師に対峙する。ノインの連樹子を穿たれた黒魔術師はその存在ごと消失していて、彼はただ一人敵陣の中にいた。



「めちゃくちゃだよー」

「ミケ、戦場はいつだって混乱するものだ。泣き言など全てが終わってから言え」


 都市エーベの大門である宙港にて黒魔術師との攻防が続いていた。都市エーベを包む強靭な防護魔術の唯一の穴が宙港であり、防衛ラインの最奥。既にここまでの侵入を許してしまっていることが黒魔術師の力の大きさを表している。

 火の海が広がる宙港で、エーベの部隊がなおも理性的に動いているのはランドウの手腕による。それでも、ランドウ率いる部隊は混乱に陥るギリギリのところで耐えている。そのか細い糸は何時切れるとも知れずに。 


「ランドウ! 右側奥から黒魔術師が来てるっ!!」


 ミケの探索魔術で敵の位置を確認したランドウは、素早くミケの索敵した黒魔術師に向かって駆ける。

 と、

 ランドウが大剣を振るう前に、それら数人の黒魔術師は霧となって砕け散った。


「誰だ?」


 資材が積み重なっている死角に、ランドウは一瞬の油断はしまいと声を投げかけた。しかし反応はなく、機材を動かす金属音が微かに耳に届く。大剣を構えて、じりじりとその資材山の奥に近づいて、その死角を覗いた。


「あ~、やっぱし機械は分からねえべ。すまねえが、そっちの部品を取ってくれねえべか?」

「あれえ? ペルンさんじゃないっすか! ネキア様のところに来てないなあって思ったらこんなとこにいたんじゃん」


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