62話 加護せよ、聖霊の愛子。

「そうであれば悩むこともなかったのだがな。吾と契約せし連樹子の使い手はすこぶる元気に動き回っておるよ。‥‥‥ふむ。理解したと思うが、こちらは汝に『連樹子』に繋がる情報を与えた。浮島の中心核に乗り込んだ非礼は十分に賄えよう?」

「脅しの間違いじゃないかしら? いつでも私の都市を消滅させられるぞって言いたいわけかしら。でも、連樹子の信憑性の有無は別にして‥‥‥そうね。六律属性水属序列2位であるリヴィアタン様の言葉として受け取っておくわ」


 ネキアはそこで言葉を切る。それはリヴィアタンが発した幾つかの事実を受け止めなくてはならなかったから。私と同じ来訪者が現れたという事実。そして、『連樹子』は眉唾だとしても来訪者の力を使っても廃人とならないという事実。しかも、来訪者を絶対的に否定するはずの六律系譜が、その来訪者との聖霊契約を交わした事実。これが真実だとしたら、これまでの常識が覆る異常事態だ。ネキアは眩暈を覚えてしまう。一体何が起こっているというのだろうか。


 ただ、リヴィアタンの柔和な表情を見る限り彼女に攻撃の意思がないこと。六律の者は来訪者である私を消したがっているはずだが、現在こうして会話が出来ている。もし攻撃する意思があれば、浮島もろとも全てが一瞬にして灰塵帰しているはずだから。

 ネキアはリヴィアタンが示した聖霊契約の契約印をもう一度見定めると、蝕甚に関する見解を述べる。


「蝕甚によって生じるのは『黒針くろぬい』であり、それは黒魔術師の活性化を意味するわ。今回の蝕甚が引き起こす黒針くろぬいの規模は天を覆い尽くすほどのものとなるでしょう。これを契機として魔女の下僕である黒魔術師が天異界の浮島を次々と破壊し、そのエーテル中心結晶石と共に何十万何百万もの聖霊を喰らうでしょうね。もしかすると、手に入れたエーテルで階層跳躍を行うかもしれない。考えただけで頭が痛くなるわ」


 黒魔術師の名を聞いた途端にリヴィアは明らかに不機嫌になった。ネキア自身も黒魔術師に対しては憤りと不安を抱いている。かつてのネキアは黒魔術師に囚われていたのだから。


 遥かな昔。何も知らずにネキアがこの世界に降り立ったとき手を差し伸べたのはネキアと同じ来訪者であった魔女だ。その黒魔術師のあるじたる魔女の手を握ることが自らに呪いの首輪を嵌めてしまうとも知らずに。それを振り払うのにどれだけの辛酸を舐めたことか。ネキアは自分の首を手でさする。そこに呪いがないことを確認して、ほっとする。


 リヴィアは浮島のエーテル核を眺めている。聖霊と黒魔術師は対立する者同士であり、相容れぬもの。お互いにとってお互いが邪悪なのだ。リヴィアは多少の苛立ちは残るものの、口を開く。


「お主の言う通りであろうよ。蝕甚は黒魔術師の活動を招く。その先駆けとしての黒針くろぬいじゃ。黒魔術師、そして魔女は焼き払わねばならぬ。だが―――、吾がこの地に訪れたのは黒魔術師の殲滅が目的ではない。吾の用件は一つのみじゃ。この自由都市に暫くの間やっかいになる。無論、自由都市エーベには危害は加えん。そして、もし都市エーベに不測の事態が―――黒魔術師が来るような事態が生じたならば、吾がいる限りはそ奴らを焼き払おう」


 リヴィアはネキア、それからランドウと彼の傍に来ていたミケを交互に見ながら提案した。ランドウはリヴィアタンの申し出に深く最敬礼をとり、それに遅れてミケも同じく最敬礼した。


「破格の提案だわ。なにか裏でもあるのかと心配になってしまうわね。リヴィアタン様の力添えがあるというだけでも、この浮島の守護が増大するのは事実。それに対して私は何を用意すればよいのかしら?」


 ネキアはリヴィアタンの意図を測りかねているような仕草をする。もう少し情報が欲しいといったところなのだろう。


「別にどうということはない。来訪者の浮島に六律系譜がいるとなれば疑心が生ずるだろうと思って挨拶に出向いたまでじゃよ。それに、魔女と敵対する限り利害は一致するのも事実。吾ら一行には手出しは厳禁じゃ。それさえ、守ってくれるのであれば吾ができる範囲で協力はしよう。そうじゃな。口約束というのも不安が残るであろうから、吾の言葉を証するものとして、ネキアよ、汝にこれを預けようぞ」


 リヴィアは身に着けているアクセサリーの一つを取ると、解除の制御式を展開させる。

 現化されたのは『ニベの大剣』で、水属の恩寵が形を成したものだ。リヴィアはその大剣をネキアに手渡す。


「この剣を契約の証として貸し与えよう。汝の配下であるランドウに使わせればよかろう。まあ、気楽に使うがいい」

「気楽にって言うけれど、ニベの大剣は神話級の代物。それを貸し与えるなんて、貴方と一緒に同行している者がよほど大事なのね?」

「当然じゃ」


 はっきりとリヴィアタンは言い放つ。その言を聞いてネキアは一礼をとった。


「分かったわ。リヴィアタン様と御一行のご滞在を歓迎いたします。自由都市エーベでの食事や文化、そして聖霊たちとの交流を楽しんで頂きたい」


 ネキアは恭しくリヴィアタンに歓迎の挨拶を奏で、ニベの大剣をランドウに手渡した。「はっ、拝借いたしたます」ランドウは片膝をつき、大剣を受け取っている。

その隣でミケが物欲しそうにその大剣を見つめているが、ランドウの一睨みで口をつぐんだ。リヴィアは片目でその様子を眺めていたが「では、さらばじゃ」と言葉を残して、転移魔術で姿を消したのだった。

 残されたランドウは、ネキアにリヴィアタンの転移先とその周辺について探るか否かの判断を仰ぐ。


「干渉をするなと釘を刺されたばかりだけど。様子を見守るぐらいなら構わないでしょう。リヴィアタンの大事な人の存在が何者であるのかが確認できれば、それで良いわ」


 ネキアはリヴィアタンとの会話の中で一つの答えを導き出していたが、確信が持てない。「六律系譜が異常なまでに愛を注ぐ存在は『聖霊の愛子あやし』に他ならない。でも、聖霊の愛子はことごとく魔女の供物とされ現存はしないはずだわ」その呟きを捉えたランドウがネキアの言葉を拾う。


「聖霊の愛子。それが本当であれば聖霊である我々にとって―――」

「そうね。貴方たち聖霊にとって愛子は母であり娘であり全てである。そうだったわね。なら、すべきことは一つ。あらゆる危険から『聖霊の愛子』を守らなければならないわ。でなければ、聖霊の可能性が一つこの世界から消えてしまうことになる。はあ~、とんでもないことが起こりそうな予感がするわ。いえ、既に始まっているのかもね」


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