61話 理の外。来訪者ネキア。


「六律系譜が水属リヴィアタン様、此度はお目にかかれて光栄でございます。私はこの自由都市エーベの守護をネキアより命じられているランドウと申します。リヴィアタン様、此度のご来訪はどのような用件でいらしたか承りたいと存じますが?」


 その男―――筋骨隆々の黒髪短髪の20大後半の容姿をした剣士がリヴィアに問いかけてきた。リヴィアは無言のまま男を見据える。蜥蜴人リザードマンの器を持つ眼前の聖霊―――その男は両腕に堅い鱗と長い尻尾を律儀に縮こまらせて、リヴィアに片膝を付けて頭を垂れている。だが、リヴィアは自分の背後で気配を押し殺している者の名乗りを待つ。その態度から、瞬時に伏兵がばれた事を察したランドウは脱力したように声を上げた。


「非礼をお詫び申し上げます」

「よい。浮島のエーテル中心結晶域に侵入されれば、迎撃の態勢をとるのは妥当といえる。むしろ兵が少なすぎるのが問題なくらいじゃ」

「あちゃ~、やっぱしバレちゃいましたね。ランドウさんも畏まってるし、もうこれはお手上げってヤツじゃね?」


 リヴィアの背後の空間にセミロングの髪に猫耳を生やした少女が忽然こつぜんと現れた。その少女は空間魔術により姿を消していたのだ。リヴィアはその少女を横目で見やるなり、軽く指弾の魔術を放ち、その少女を後方に吹き飛ばした。ランドウは、その様子を表情を一つ変えずに眺めながらリヴィアに応えた。


「総ての兵力をかき集めたところでリヴィアタン様には敵うはずがございません。その娘の首一つで、この島を見逃して頂ければ幸甚こうじんでございます」

「あ~~っ!ランドウさん、それは酷すぎますよおーーー!!」


 ひっくり返った姿勢のままランドウに抗議をする少女。ランドウは自らのこめかみを押さえながら、その少女を睨む。そのひと睨みで少女は土下座し、尻尾を丸めた姿勢でリヴィアに土下座した。


「申し遅れました。私はミケと申します。次元階層『選別の都』に属する者です!」


 顔を上げてミケは、所属次元階層を誇らしげに語る。それを、はあ~とため息を顔にためたランドウが手で頭を押さえていた。


「申し訳ございません。ミケはつい最近『選別の都』に次元跳躍したばかりで‥‥‥」

「良い、血気盛んなことは良い聖霊の証じゃ。して、ランドウ。お主はネキアと同じ次元階層『骸の冠』に属する者よな?」

「はい。その通りでございます。私がこの都市を預かっているのは、都市エーベが下天の入口となる重要拠点であるため。最下層は下天するには効率の良い場所でありますから」

「最下層からの下天はエーテル量が少なくて済むからな。では、ランドウ、お主に問おう。此度の蝕甚しょくじん、どのように見ておる?」


 リヴィアの問いかけに、ランドウは暫し沈黙する。数カ月前に狭間を震源として生じた蝕は、その規模の大きさから蝕甚に相当するとの報告を受けている。観測された蝕甚の範囲は最下層から第3層までを貫いたことは確認されていた。ただ、予測数値では第4層にまで達しているとも言われている。


 ランドウはリヴィアタンの問いかけを今一度反芻はんすうした。もしかすると予測は的を射ていていたのかもしれない。蝕甚はリヴィアタンが属する第4層をも巻き込んだと判断してもいいだろう。ランドウは包み隠さず、リヴィアタンに答える。


「今回の蝕甚は過去に例を見ないほどの強大であると報告を受けています。通常の甚蝕は3日程度でおさまるのですが、今回の蝕甚は5日ほど続き、それが上位階層に被害を及ぼしたのだと判断していおります」

「なるほど、お主の見解は分かった。では、もう一人の見解も聞きたいところじゃ。見ておろう? は汝に問うているのじゃ」


 上方を睨み、冷たく言い放った。その横では「あたしに問われたんじゃねえの?」とミケが辺りを見渡しながら騒いでいる。そのミケの口をランドウは無造作に手で塞いで、リヴィアタンの邪魔にならないところに移動していくのだった。

 リヴィアの言葉が空間に響き、消えようとした刹那に転移魔術陣がエーテル結晶石の前に浮かび上がった。

 転移してきたのは柔らかな服装をした一人の女性。丸眼鏡を鼻の上に乗せ、胸まで伸ばしたストレートの黒髪。その髪の間から上半身の肌が露わに見えている。研究者の白衣を一枚だけ申し訳程度に羽織った20代前半と思わしき女性が降り立った。


「まあ、そうよね。リヴィアタンなら私が観えていて当前だわ」


 その女性は、リヴィアタンの紅い目を見据えて対峙する。


「お初にお目にかかります。私はネキア・ハノーヴァー。来訪者であり世界の理を解明せし者。六律系譜を現すその一人である貴方が、このような辺境の地に現れた理由をお聞かせ願いたい」

「ふむ、こうして互いに顔を見合わせるのは初めてよな。だが、質問をしているの誰ぞ? それを忘れたか?」


 睨み合いが続くと思ったが、すぐにネキアが肩をすくめて答えた。


「私は貴方に勝てる術を持っていない。だから素直に答えるわ。でも、私の浮島を傷つけるのなら、それなりの覚悟をしてもらう」

「小者風情がよく吠えるものじゃ。汝の自信の源は連樹子の亜種『紫刹瞬破しれせぎ』であろう。そのような脆弱なモノに吾が恐れをなすと思うのか? 一つ、面白いことを教えよう。汝の紫刹瞬破しれせぎの完成形たる『連樹子』が吾を捕えて契約を成した。汝もその紫刹瞬破をもって、他の六律系譜序列2位と聖霊契約でもしてみたらどうじゃ?」


 そう言ってリヴィアタンは聖霊契約の契約印をネキアに見せた。


「‥‥‥にわかには信じ難い。真なる『連樹子』―――悪霊が現実に存在することはないはず。その連樹子の片鱗を一瞬でも使おうものなら、その反動で来訪者自身の魂が焼き切れることは確実。もし貴方の言うように連樹子の使い手がいたとしても、既に滅失して、この世に存在などしていないのではなくて?」

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