51話 鍛え上げし打刀。真慧を歩め!

 リヴィアは「ふむ?」とソラを見つめる。そのリヴィアの眼差しに射貫かれたソラは窮鼠のように命の終わりを覚悟し、口元から泡を吐いてしまった。


 ソラは白目をむいて気絶したのだ。


 その一部始終を観察し終えたノインは「ああ!そうか」と理解した。あの金切声は命の終焉を感じた魂の断末魔そのもの。確か書物にもそのような事が記載されていた。その本に照らして言えば、目の前のソラは自分よりも遥かに強い天則者あまつことわりのものであるリヴィアに面と向かって対峙してしまい命の終わりを感じたのだ。だから奇声を発した。それは至って至極まともな反応だ。何せリヴィアの存在強度は4.833で、目の前に現れれば、誰だって常軌を逸した行動をとることは当たり前なのだ。ペルンのように尊大な態度の方が異常といえる。だから、普通の反応を示したソラは偉いのだとノインは腕組みをして深く頷く。


「あのリヴィアさん。多分ソラさんは、リヴィアさんの実存強度に驚いたのだと思います。だから、もう少し実存強度を隠すようにした方が、ソラさんも安心するんじゃないかと思います」

「これでも、かなり抑えては入るのじゃがな。先程、挨拶した者どもに圧を掛けていたからその残滓でもあったのだろうよ」

「まったく、ウナギはいつでもどこでもエーテルば、だだ漏れしてやがっからなあ。ほれ!魚類でも謝る口ぐらいはついてっベ?幼気なトサカ娘に謝っとくんだべ」

「ああ、そうじゃな。少女よ、気にすることはない。吾も無作法であったようじゃ、すまぬ」


 リヴィアは身動きすらしないソラに軽く頭を下げて、それから自身のエーテル量をさらに隠すように調整を施した。


「ソラちゃんの部屋に連れてこう~。安静にすれば、すぐに目を覚ますはずだよ」


 ココの言葉にペルンは白目を向いて口から泡を吹いているソラを背中に抱え上げると、そのまま店の奥に向かって歩いていく。そのペルンの前をココが先導していく。

 店内に残されたノインは資材の搬入作業を再開し、リヴィアはソファに腰を掛けて増改築の作業を見守るのだった。





 ソラの鋼を打つ音が響く。

 ソラの鍛冶兼雑貨店の奥の部屋には、大型の鍛冶設備が備え付けられている。その炉が煌々と燃え上がり、金床に乗せられた鋼が小槌によって打ち据えられている。ソラはノインの鋼棒を打ち、素延べされた平たい棒状になったそれを小槌で叩きながら形状を整えていた。その鍛冶の姿は先ほどまでの気絶していたソラの姿は微塵も感じられない。


「素延べまでされているっスから、あとは形を整えて焼き入れを行っていけば立派な打刀になるっスね」


 ソラは、自分の隣で興味深げに鍛冶の工程を見学しているノインに説明している。そこには泡を吹いて気絶した面影は見えない。

 あまりの恐怖に記憶を失ったソラは程なくして目を覚ました。彼女は暫し考え込み、何をしていたのか尋ねてきた。ノインはリヴィアに会って気絶したのだとだけ伝えた。それで納得したソラは、それ以上は聞き返してこなかったのだが。

 ただ、ノインとしてはソラの素晴らしさについて多々述べたかった。リヴィアという次元階層の遥か高みに存する天則者あまつことわりのものに出会って恐懼きょうくに打ち震えることは至極真っ当なことである。ただ、ペルンから「仔細について聞かれてから、話せばいいべよ」と言われていたために、概略を話すだけで収めた。



 ソラはノインの鋼棒を鍛えていた。

 浮島への素材採取の準備をしている段階で、ソラはノインの持ち物にあった鋼棒を見つけた。その鋼棒が素延べの段階で魔術封がされているのを不思議に思い、ソラはココに問う。ココの返事は簡潔明瞭で「刀に鍛え上げてね!」だった。だから、ソラはその完成形である打刀に鍛え上げている。ノインはその光景をしげしげと眺めて、鍛冶職人としての腕に感嘆していたのだった。


「ノインっち。今は簡易的に打ってるスけど、この鋼棒に組み込まれた制御式に特定の解除式を通せばもう一度素材に戻すことが出来るっスよ。だから、これから行く浮島で素材が多めに手に入ったら、そのときはもう一度、鍛え直すことも考えて欲しいっス!」

「はい。そのときはお願いします」


 ソラは制御式を小まめに調整を繰り返しながら鍛冶を進めていく。小槌を振り下ろすごとに制御式が輝き魔術が発動して、鋼棒が刀の形に整えらている。ノインはその工程をつぶさに見学しながら、思う。この鋼棒はペルンがくれたものだ。そうであるなら、最終的に打刀となることを考えてくれていたと判断していいのだろうか。うーんと悩むなかで、ソラの鍛冶作業は進んでいき、ついに研ぎの工程に入った。


 打刀の形が見え始めていく光景にノインは胸が高鳴っていくのを感じる。それは刀鍛冶を見るのが初めてだということもあったかもしれないが、それ以上に自分の刀が

出来上がることに少なからず興奮を抱いてしまう。ペルンと同じ様な打刀を自分も持つという事実が、自らに対する自信と熱情を引き起こしていたのだ。


「腹減ったんべー。ノイン、何か食いもんないべがよお?」

「あっ、ペルン。これは、その、刀を打っているところで・・・」

 背後から掛かったペルンの声に、思わずどきっとした。ノインは状況を早口に説明していく。

「あー、打刀ば打ってんのか。いいんでねえの?トサカ娘も腕は良いからな、自分の腕に合うように注文ば付けて、鍛えてもらうのがいいべした」


 そう言ってペルンは炊事場の方に向かって、姿を消す。ノインも炊事場に行った方が良いのかと迷っていると声が掛かった。


「打刀の調整はもう少し後になるっスから、ノインっちはペルンに昨日の残飯でも食わしておけば大丈夫っスよ~」

「ソラさん、ちょっと席を外します」


 ノインはその場を後にする。ノインたちが素材集めに要する見込み日数は一週間程度。その期間中にココたちが食べる食事の下ごしらえをしている最中だった。だから、ペルンがつまみ食いする前に、彼に何か軽食を作ろうと考えた。頭の中でレシピを探して、調理の段取りを組み立てていく。これが終わったら今度は素材採取のための荷造りだ。「やることは、盛りだくさんだ」ノインは独りごち、まずは炊事場にと足を速めるのだった。


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