50話 立ち上がれ!小さき者よ。

「いえ、ごめんなさい。なにか困っているみたいだったんで、気になったんです。だから―――」


 ノインは「手伝いますよ」と、口を開きかけた途端に、ソラはノインの手を握り矢継ぎ早にまくし立ててきた。


「聞いてくださいっス、ノインさん。確かに素材集めはオイラの仕事であることは重々承知してるっス。だけども、毎回毎回、素材の調達難易度が高すぎなんスよおおおっ。命が幾つあっても足りないっス。確かにココっちは天才魔動技術師で、その腕と技術に惚れ込んで弟子入りしたのは事実っス。だけど、ココっちが来る度に高難易度素材を要求してくるし、しかもオイラの鍛冶設備を使うのは良いんスけど、あまりにも設備に無理をさせすぎるっスから毎回設備が木っ端微塵に吹き飛んでしてしまうんス!だから、どうかノインさん。貴方からもココさんに言ってやって下さいっス~。あと、ココっちが天才過ぎて言っている内容が全く理解不能なんすよ。『ぐるぐるして、むっとする』だけじゃ、分かんないっス。愚鈍なオイラに懇切丁寧な説明をよろしくお願いします、ノインっち」

「えっ?僕が教えるんですか―――?」


 ノインの手を両手でぎっちりと掴むソラが美少女然とした瞳をうるうるさせていた。何とかしてあげたいけど魔動器については門外漢もいいところだ。どうすればソラさんの助けになるだろうか、とノインが考えを巡らせていると、背後からノインたちにペルンの声が当てられる。


「天才じゃなくて、天災に弟子入りしたってことだべな!」


 がはははっとペルンが陽気に笑っている。

 その言葉にソラはますます涙目になってしまう。ふぅと大きく息を吐いてノインが、ソラの持つ羊皮紙を手に取った。


「素材が不足しているんですよね。一緒に素材集めに行きましょう!」

「ノイン様、それは良い案です。是非に私もご一緒いたしましょう」


 ユリもノインの意見に同意を寄せる。それらの言葉がソラの涙腺を決壊させた。


「なあああんんてえええ!!いい人なんだあああーーーーっ!ココっちの家族なのに、系譜従者なのにッ、ペルンの弟子なのにッ!いい人すぎっるスよおおおおお」


 ノインがペルンの弟子だということは会話を聞いて判断したのだろう。鼻水を垂れ流すソラは、それでも美少女だったが故に絵になっていた。


「あれ?そんなに感動することなんでしょうか。一体ココたちは、今までソラさんに何をさせてきたのだろう・・・」


 ソラは自分の腰に下げてある布で鼻水をちーんとぬぐっている。愛らしいつぶらな瞳が未だ涙で潤んでいた。

 ノインはソラが持っていたココが書いた羊皮紙の文面を思い出し、ソラに問いかける。


「その不足している素材って、市場では手に入らないのでしょうか?」

「ココッちが求める素材は市場には出回ってはいないんスよ。あまりにもユニークすぎて誰も取り扱わないんっス。しかも高難易度素材っスから……。だから、毎回毎回毎回、オイラが採りに行ってるんスよおお。まさに、命がけっス!自分、技術者なのにっ―――、命がけの素材採取なんスよおおおお」


 ソラは魂を削る過酷な採取風景を思い出したのか鼻水が止めどなく溢れて出ている。その鼻下に垂れ下がった鼻提灯を、ノインの上着でちーんと鼻をかむ。そして、自分の懐から綿布を取り出しノインの服に着いた鼻水の塊をごしごしを盛大に拭き延ばした。


「ソラさん、大丈夫です。一緒に素材採取に行きましょう」


 ノインは自分の上着に広がった鼻水を気にする様子もなく、ソラの頭を撫でながら素材の採取場所を聞く。


「ココッちの今回の素材は、ここから少し遠い浮島に行けば手に入りそうっス!あの……本当に手伝ってくれるんですよね?ノインっち~」


 すがるような瞳でノインに目を合わせると媚びるような美少女の眼差しで拝み倒してくる。「お願いしますお願いしますお願いしますッスーーー!!」と言いながら、鼻水で汚れた綿布をノインの手に握らせた。「ノインっち。洗って返して下さいっス」と。

 ノインは膝をつきソラの手を取り、彼を立たせた。


「ソラさん、もちろんですよ!」

「ふむ!話は聞かせてもらったぞ!!」


 ココが店のカウンターの上で仁王立ちで現れていた。

 腕を組み、ニヤリと笑って告げる。


「必要素材の追加です!エーテル変性体31個、緑星屑3個と羅果の実を17個。きっちり耳そろえて持ってくるようにっ!」


 魔動器造りのスイッチが入ったココは、ソラをじろりと見下ろし有無を言わせぬ眼力だ。ペルンは根元まで灰になった葉巻を未だに持ち続け「よす二人とも、ああなったココの言うことは、聞くしかねえべよ。ほれ、とっとと行ってこい!」と斜に構えて、がはははと笑う。


「ペ、ルッーーーーン!!貴方も素材探索をしてくるのだ!羅果の実のカタチを知っているのはペルンちゃんだけだもんね」


 その言葉に固まるペルン。彼の手に持つ葉巻の灰が指の間から、すーっとこぼれていく。「今回の素材探索は、一人じゃないっス!みんながいるっス!!一緒に来てくれる仲間がいるなんて本当に頼もしいっスぅ~」とソラの声が店内の隅々にまで広がった。


「何やら、楽しいことになっているようだの」


 店の扉の前に転移の魔法陣が現れ、その中から姿を見せるリヴィア。彼女の長い髪がふわりと揺れ、店内に陳列されている武器類、そして嗜好品にさえ厳かな印象と神々しさ与えていく。その威風堂々とした姿は、やはり六律系譜・水属序列2位のリヴィアタンなのだと否応なく感じてしまう。


「ぎょっっええええええええええええああああああああああっっっッツ!!!!」


 店内に金切り声が響き渡った。鳥の断末魔のような、それでいて悪夢を煎じて美少女に無理矢理に飲ませて、それでも足りずに逆さづりに縛り上げられたようなひっ迫感があった。


「あっあががああっッツ!な、なあああぐああはあれれあぁぁぁ・・・」


 その声を発した主はぶるぶると脚を震わせ、涎を垂らし瞳の瞳孔は明後日を見つめている。その主はソラだった。あまりの変貌ぶりにノインはぎょっと驚き、一体どうしたのだろうとソラとリヴィアを交互に見やる。ソラに異変が生じたのは明らかにリヴィアが店内に転移して現れてからなのだから。

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